4 んー? 分かんない! デジタル産とか?

「――はぁい、と言うことでね。みなさんおまちかねの、プリンスナイトについてお勉強していきましょう」


 教師の声の後、クラスメイトは教科書を黙々と開いていく。ユリオスと恋子も周りに合わせて、開けていく。


 ノートと錯覚するほど汚れひとつない、白紙の見開き。


「みなさん開きましたね? 今日はこのページを埋めていきますね」

「「「お願いします」」」


 この学園で授業に必要なものは、白紙の教科書のみ。

 教師が口頭と黒板で説明したことが白紙の教科書に自動的に書き込まれて、生徒は黒板を写す作業が減るため効率良く知識を得れる。ゲームならではの、合理的勉強法。


「では〜? プリンスナイトの誕生について説明していきますので、私の説明を聞きつつチラッと教科書を確認してくださぁい」


 甲高く、記憶に残る特徴的なイントネーションで説明を開始する。


「まず男子生徒のみなさんは、来週から剣術の授業が始まることは知ってますね?」

「はい、把握してます! 楽しみです!」


 教卓の前に座る青髪の男子生徒が、ワクワクとした表情で返事した。


(しらねぇんだが)


 知ってて当たり前。そんな空気感で話が続いていくが、ここに1人、何が何だか理解できていない人物がいた。


「(ユリオス様、このゲーム剣術なんてあったっけ?)」

「(いや僕にも分からないんだ)」


 2人に訂正するべきか。恋子は隣に座るユリオスにヒソヒソと話す。正規のプリ学では剣術なんてものはなかった、そもそもプリンスナイトという単語自体なかった。


「剣術は、プリンスナイトになるなら非常に重要……いえ、必須と言うベきですね」


 必須とまで言われる剣術についての重要性を熱弁する教師の話は、授業の終盤まで続いた。肝心のプリンスナイトについては一切の説明がされていない。


「え〜授業の終盤になってしまいましたのでザーッと説明していきますね」


 言った教師は、黒板に箇条書きでプリンスナイトが今に至るまでの時系列を書いていく。


 ――我が学園に対抗する別学園登場

   1人の女子生徒をめぐる決闘

   とある生徒が圧勝

   強さと美貌で、『プリンスナイト』と称えられる

   毎年各学年でプリンスナイトを選出することが決まる――


「と、言うふうにプリンスナイトが誕生しました」

(雑……)


 悠貴が心の中で呟いた感想は、きっとこの空間全員の総意だろう。

 雑な説明でも、白紙の教科書にはしっかりと詳細が記録されていく。必然的に後から見返さないといけない状況を作り出す、これがこの教師のやり方というものだろうか。



 ♡♡♡



「ユリオス様〜! 恋子すっごく疲れた〜! ご飯にしよ♡」

「ねぇそれいつも思うけど、自前?」

「そうだよ? 私が愛を込めて登校前に数分で作った愛妻弁当です!」


 パカっと弁当箱の蓋を開けて、満足げに笑う恋子。


 数分で作った。と言うのは、この世界での料理は少しの動作で全てが完了してしまうからだ。


 包丁を握れば食材が切り揃えられ、フライパンを持てばレシピ通りに調理が終わっている。ゲームの世界ならではの時短料理と言うやつだ。


「ほら食べて食べて?」


 本人は幸せそうに笑うが、悠貴は気がかりなことがあった。それは……。


「食材ってどこ産なの?」

「んー? 分かんない! デジタル産とか?」


 特に気にする素振りも見せない恋子は、丁寧に巻かれた玉子焼きをユリオスの口に運ぶ。


「ほんのり甘くてすごく美味しい――」


 口に入れられた玉子焼きを、しっかりと咀嚼する。日本人の味覚にあった出汁の風味や、ジュワッと口内でほどける繊細な調理を、つい悠長に味わってしまうユリオス。

 

「じゃなくて! 恋子、危機管理って知ってる? 恋子は生きてるんだよ!? なのにこんなどこ産かも分からない物食べちゃダメでしょ」

「でも……ユリオス様に喜んで欲しくて……」


 潤んだ瞳に弱い。それは全国共通の男子あるあるだろう。


「……体に異常は?」

「ないよ? 健康そのもの! 逆に毎日ユリオス様に会ってるから以前より健康!」


 腰に手を当て胸を張る恋子に視線が釘付けになるが、なんとか平然を装うユリオスは。


「ならいっか……恋子の手料理は美味しいし、嬉しいしね」

「きゅん♡」


 素を出さず完璧にユリオスを演じる悠貴の王子様スマイルで恋子はトキメキを隠しきれなかった。

 

「このきゅんの気持ちのまま寝る……! ちゅーしよ?」

「ログアウトだね。お疲れ様」


 ずいっと唇を近付ける恋子。顎に触れ、顔を少し持ち上げるユリオスは、そっと優しく口付けた。



 ☆☆☆



 翌日、夕方の出来事。


 いつも通り蓮がゲーム機悠貴を使用している。


「いつもありがとね!」

『おう! 気にすんなよ!』


 そんなやりとりが、スマホの通話越しに行われる。電話の相手は蓮の友人、いつも悠貴が深夜に集めた素材を騙し取っていく子だ。


 騙し取られている本人は、疑いもせず呑気に感謝を告げる。


(こいつバカじゃね?)


 当然、素材を集めた悠貴本人は苛立ちがカンストしていた。


(大体呪われた素材ってなんだよ!? んなもんねぇだろ。ったく蓮もまんまと騙されて共通のアイテムボックスに放置するしよ! 今度恋子にそれとなく蓮の友達をどついてくれって言うか)


 プレイヤー同士の交流の場、ギルド。そこでキャラが止まっている。プレイヤーは、通話しながらクエストを受注していた。


 恋子から、蓮が使用中の時は参戦を禁止されている。


 なので見守っているしかない。自分の体内(?)での出来事をただただ見守ることしかできない。


 この虚しさは、カップ麺の容器の底に穴が開いていた時と同じくらい虚しい。と、思いつつ悠貴は、強制スリープを実行した。



 ☆☆☆



「……ねぇ、わざと電源落としたでしょ?」

「……し、知りません」


 見慣れた、部屋着の恋子。そんな恋子は、画面を鋭い眼光で凝視していた。そこに映るのは、ラフな服装のユリオス……というよりは悠貴そのもの。


「説教するけどユリオス様に説教は気が引けるから素でお願い」と言われていた悠貴は、抵抗してもどうせ無駄だと感じたのか大人しく指示に従っていた。


 そして転生前の私服モードのデータとして、ホーム画面をジャックしている。


「本当に?」

「…………」


 事実、意図的に落としたのでこれ以上反論するとボロが出る。そう判断した悠貴は、黙るしかなかった。


「へー? 黙るんだ?」


 ニヤリと口角を上げる恋子は机に立てるようにして、手に持っていた悠貴ゲーム機を置く。


 そして、自由になった手にはクロスタイプの液晶クリーナーが。


「せっかく丁寧に拭いてあげようとおもったのに……正直者じゃないとなぁ――」

「――俺がやりました!」


 求めるものが目の前にある時、人の思考力は著しく低下する。


「蓮が、『壊れたかも〜』って心配してたよ! ゲームに参戦してなくても、変なことしちゃだめでしょ?」

「うす」


 実際、悠貴が強制スリープを実行した時の充電は98パーセント。これが何度も続けば故障を疑い、カスタマーセンターへお問合せされるのが当然。


 そして修理と言う名の、悠貴にとっては手術が行われる。健康体に手術は悪の組織しか許されないし、悠貴にとっても体を弄くり回されるのは避けたいものだ。


「君が修理されたり買い替えられたらもう一生、私は王子様に会えないかもしれないんだよ? 1人の乙女を悲しませちゃうんだよ! 王子様的にそれはNGでしょ!?」

「……はい、善処します……」

 

 はぁ、とため息をひとつこぼした恋子。

 仕事のストレスを解消する場がなくなるのは、よほど避けたいのだろう。悠貴はそれを察したように、今後は大人しくすることを誓った。


「よろしい!」


 満足げにムフッと笑みをこぼすと、手に持ったクロスをゲーム機にあてがった。


 右から左へ、左から右へ。繰り返しながら画面の下へとずらしていく。

 細い指に込められた最低限の力がゲーム機悠貴に伝わる。


「どう? 気持ちいい? ピッカピカだよ」


 左右に腕を動かし続ける恋子。必然的に中央に君臨する双丘も腕に合わせて揺れる。

 

 画面の先で、胸と腹の間にできた生地の張りを見ながら悠貴は。


「ぜんっぜん、気持ちよくねぇ……正直、蓮の方がいい」

「えぇ……」

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