緑の国の王子
ム月 北斗
始まりは苔むした城下町
冷たい風が吹きつける。
海沿いの崖の道を私は歩いている、時々風に乗って細かな波飛沫が顔に掛かる。
夜ということもあり、余計に寒い。
沖の方に目を向けると、見慣れてるとはいえ奇妙な風景が海の上に浮かんでいる。
煌々と煌めく無数の明かり、風に乗って聞こえる陽気な声—――
『
港にはいくつもの商船や観光船、中には海賊船も泊まっている。海賊と言っても名前だけが独り歩きした印象を付けられているだけで彼らは『悪』ではない、とある国によって管理された『海上警備会社』—――らしい。
そんな貿易島をめぐって30年前、戦争があったと私は祖父から聞いた。10歳の頃だ。
祖父から聞いたこの話がどうしても気になって国中の文献を読み漁った、しかし有益な情報は何一つとして存在しなかった。
祖父に詳しく戦争のことを聞くと、どこか虚しさを感じさせる表情で祖父は語ってくれた。
「あぁ、大きな戦争だったよ、4つの国と1つの国の戦いさ。私たちの住む『赤の国』と『連合国』の戦いだ。」
「どうしてそんな戦争が起きてしまったの?」
そう聞くと祖父は暫しの沈黙の後に重い口を開けて続けた。
「欲をかいたから・・・いや、『後悔』かな。かつてのこの国の王子と近衛騎士団長のね。」
後悔?戦争を起こすほどの後悔とは何なのか。それ以上のことを聞くも、その先は知らないらしい。
「どうしても知りたいのなら行ってみるといい。」
「行くって・・・どこへ?」
「ブレイルより東、大自然に囲まれた大陸『緑の国』へ。」
緑の国・・・戦争のことを調べていた時に見つけた歴史文献にそんな国の名前が載っていた、でも・・・かの国は30年前に滅んだと記述されていたはず・・・
気になる・・・そこに行けば何か分かるかもしれない、私は急いで港へと向かった。
赤の国から緑の国へ向かうには船を使う必要があった、というかどこの国へ向かうにも赤の国は船が必要なのだが。
緑の国行きの連絡船のチケットを買い、私は今こうして緑の国の地を歩いている。
本当に名前の通り自然が多い、生い茂る木々、足元には色鮮やかな花々が咲き乱れている。道沿いを歩くうちに広い農園が見えてきた、この大地は不思議なことに季節に関係なく野菜や果実が育つ、そのため各国の食料品の大半は緑の国産の物ばかりだ。
今、私の前に広がっている光景は一面の小麦畑。大きな風車の羽が独特な木材の軋む音を立てて回っている、もしもここにベッドがあったならきっと気持ちよく眠ることが出来るんだろうなぁ。
小麦畑を後にして道を進む、その後も続々と色んな畑が目に飛び込んできた。リンゴ畑、芋畑、花畑・・・風が吹くたびに鼻腔の奥が色んな『幸せ』でいっぱいになった。
やがて私の歩く道が変化した、砂の道に所々に苔の生えた石畳が現れだした。
頭上を行く木々はトンネルのようにアーチを描くように枝を伸ばしている、石畳が続く方へと歩み続けるとそれが見えてきた。
「これが―――」
苔の生えた石の壁、壊れてしまった大きな木製の門・・・間違いない、ここが・・・
「緑の国の城・・・」
壊れた門に開いた隙間から私は入って行った、そこに広がっていた光景を見て衝撃を受けた。
そこはかつての城下町だったのだろう、もはや人っ子一人住んでいないゴーストタウンと化していた。30年たった今でも家屋はそのまま、風に運ばれてカビのにおいでもするかと思ったが、そんなものは少しも感じなかった。
通りだったと思われる道を歩いていると一際大きな建物を見つけた。看板には『9月の葡萄』と書かれ、その横にジョッキの絵が描かれていた、どうやら酒場のようだ。
中へ入ってみるとこの店の店主の性格が垣間見れる店内だった。綺麗にテーブルに逆さまに置かれた椅子、きっちりと棚に置かれたたくさんのワイングラスとジョッキ。埃まみれの店内をぐるりと見ていると、棚の一部が壊れて床に割れた瓶が散乱しているところもあった。
一通り見たので店を出る、通りの向こうの大きな城を見る。
「今度はあっちへ行ってみよう。」歩みを城の方へ向けると、海側の方に煙が昇っているのが見えた。
誰かいるのだろうか?もしかしたら緑の国の人かも!?
高まる心を抑えきれず私は走り出していた、町の地理が無いので煙を目指して路地から路地へ、途中で行き止まりにあったりもしたけど何とか辿り着いた。
海の見える崖、焚かれた焚火の側には車椅子に座った人物がいた。私に気づいていないのか、海の方をじっと見ている。
何とも声の掛けづらい状況ではあるが、私はどうしてもこの国の過去について知りたい、その欲が勝り私はその人に声を掛けた。
「あの—――」
それしか言ってないのに、車椅子の人物の方から返事が返ってきた。
「こんばんわお嬢さん。文字通り何もないこんな場所に何の用事かな?」
顔をこちらへ向けることなく、ただ声だけが返ってきた。
「あ、私はこの緑の国について調べているんです。30年前について・・・何かご存じありませんか?」
「あぁ、そのことか。他に誰かに聞いたかい?」
「はい、祖父に聞きました。かつてブレイルをめぐって戦争が起きたことも・・・」
そう言うと車椅子の人物は「ふむ」と小さくつぶやいた。
「それを知って、君はどうしたいんだい?」
どうって・・・ただ、私は知りたいだけなんだけど・・・
「こんなこと知ったところで何の得にもなりはしないよ。」
得・・・その話ってそれほどの大きな真実が隠されているんだろうか?
「それは・・・誰かにとって不都合な話だったりします?例えば・・・権力者、とか?」
「ははは、いや?そんなことは無いさ。」
「その・・・私はただ知りたいだけなんです。誰も、どんな本にも載っていない『真実』を。」
そう言うと車椅子の人物は自身の側の焚火を指差す。
「わかったよ、お嬢さん。話してあげるから焚火の側にお座り、いくら暖かい気候の国とは言え、海風を浴びていては体が冷えてしまうからね。」
優しい心遣いを受け、私は焚火の側に座る。
「さて…じゃあ、話してあげようかね。誰も、何も得をしない30年前の話。」
焚火の中で炭となった枝が音を鳴らす。
「色んな人物が抱えた、『後悔』から生まれた話を・・・」
私の知りたかった真実が、語られ出した―――
緑の国の王子 ム月 北斗 @mutsuki_hokuto
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