閑話 ヘンリー視点
「楽しそうだねー、ヘンリー」
「うん。すごく楽しい」
魔法石を通してシエルに声を掛けられた。
僕は笑顔で肯定する。
「最初は、ルーカスとジャンがアカリ嬢を取り合うような展開になるのかと思っていたんだ。1人の女性を取り合う男たち。友情と恋愛の間で揺れ動く感情。渦巻く愛憎劇。そういうの、皆大好きじゃないか。例に漏れず僕も好きでね。まるで歌劇の題材みたいな恋愛模様が楽しめそうだなと思って近づいたんだけれど」
「その話、まだかかるー?」
「ここからが本番だよ」
「早口すぎて聞き取れないよー」
「別に聞かせようと思ってないからね。僕が話したくて話すだけだ」
手に持った地図を畳む。
今頃ソフィアに愛の告白をしているだろうジャンを思い浮かべると、勝手に口元が緩んだ。
後でソフィアに詳しく聞かせてもらおう。
僕は他人の恋愛事情を見聞きするのが大好きだった。
趣味を通り越してライフワークと言っていい。
残念ながら、一応とはいえ王族の末席に位置する僕には、惚れた腫れたを自由に楽しむことはできない。
だからこそより一層、他人のそれが面白いのだ。
まるで演劇でも見るように他人の恋愛模様を眺めて、どきどきや切ない気持ちを疑似体験して。
それが僕にとっては、何よりの娯楽だ。
「他人のすきとかー、きらいとかー。そんなの眺めてて何が面白いのか、ボクにはよくわかんないなー」
「僕は自由に恋愛を楽しめる立場じゃないからね。こうして他人の恋愛模様を眺めて楽しむしかないのさ」
興味のなさそうなコメントを寄越すシエルに、苦笑いする。
「他人の恋愛模様」のところでちらりとユーゴとスタークに視線を送ると、彼らは気まずそうに明後日の方向に目を泳がせた。
気づいていないとでも思ったのかな。
僕は君たちも含めて、応援しているんだけど。
「それで、応援するーとか言ってるの、ほーんと、趣味わるーい」
「否定はしないけど、応援の気持ちがあるのは本当だよ。僕は喜劇が好きなんだ。最後はハッピーエンドでないと、寝覚めが悪いもの」
僕が肩を竦めると、シエルがふぅんと相槌を打つ。
僕の表情や動作は見えていないはずだけれど、どうにも信用していなさそうな声音だった。
「恋愛をする上での山あり谷あり、楽しいこと悲しいこと、嬉しいこと、ときめくこと、切ないこと、つらいこと。そういう当事者にしか経験できないような些細なことから深刻なことまで僕にしっかり聞かせた上で、最後はハッピーエンドの大団円を迎えて欲しいって思っているよ」
「やっぱ、趣味悪ぅ」
「君だって分かるでしょう? 誰だって、自分に出来ないことをやってのける人間というのは――輝いて見えるものさ」
「ボクは興味ないなー。そんなのより、寝心地のいい枕を考えるほうがずーっと楽しいよ」
シエルが独り言のように言う。
どこかうきうきとした声音は、先ほどまでとは大きく違う。
自分の興味のあることを語る時には、人と言うのは皆こうなるらしい。
「風魔法で速度を上げて、時速80km前後で走っている馬車から手を出したときの空気抵抗が、とーってもいい感じなんだよねー。あれを再現した枕、作りたくてー」
「楽しそうで何よりだよ」
シエルの話を適当に聞き流す。
興味のない話をされたときの反応もまた、皆同じのようだ。
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