第18話 ちょっとメテオが打てるだけの庶民の女の子
寮の食堂で夕食を食べ終えのんびりしていたところ、ジャンがふと思い出したように、内ポケットから封筒を取り出した。
何だろう、とぼんやり眺める。何やら大仰な封蝋がしてある。
「そういえばこれ、アカリに」
「なぁに、これ」
「ヘンリー殿下の『お茶会の招待状』っす」
何でもないことのように言うジャンに、俺は目を剥いた。
差し出された封筒を、アカリちゃんが今にも受け取ろうとしている。
「どうも話してみたい相手を呼びつけて、お茶会してるらしいんすよ。ま、お貴族様の道楽っすね。オレもこの前呼ばれて、次はアカリにって」
「ちぇすとぉ!」
アカリちゃんが受け取る一瞬前に、ジャンの手から招待状をひったくった。
「ジャン! 馬鹿お前、何で渡しちゃうかな!」
「え?」
小声で怒鳴るという今以外いつ役に立つか分からない謎技術を披露する俺に、ジャンはきょとんとした顔で首を傾げた。
お前、馬鹿、そういうとこだぞ、ほんと。
「何でって、預かったんで」
「預かったからって」
「逆に聞くっすけど。何でダメなんすか?」
「そりゃ、……」
ジャンに言われて、ちらりとアカリちゃんの様子を窺う。不思議そうな顔でこっちを見ていた。
さすがにアカリちゃんの目の前で「アカリちゃんとお前をくっつけるためだよ!」とは言えない。
「ほら、俺たちアカリちゃんのセコ○としてこれまで一緒にやってきたじゃん。王子様がアカリちゃんの魔力目当てだったらどうする、って、前にジャンも言ってたろ」
「大丈夫なんじゃないすかね。オレも呼ばれたし、オレ以外にもいろいろ呼び出して話を聞いてるらしいっすから」
「でもさ、」
「そもそも、オレみたいなしがない庶民には王子様のおつかい断るなんて無理っす」
くそ、都合のいいときばっかり庶民ぶるな。
ここに編入するときに見せた――と思われる――ガッツはどうしたんだ。
「ま、ルーカスが止めたいなら、それは自由っすけどね」
言われて、手元の招待状に視線を落とす。
「SSR 王子様のお茶会++」のイベントは、他のイベントに比べればアカリちゃんが理不尽な目に遭うものではない。
王子様に呼び出されて、好きな人はいるのかとか、そういうちょっと甘酸っぱいトークをするだけのイベントだ。
ちなみに体力が回復するし全パラメータの上昇率が満遍なく上がる。
これ以上アカリちゃんのパラメータが上がることに若干思うところはあるものの――この前はついに、最難関とされる光属性の回復魔法を修得していた。自分でメテオ打って、自分で穴を塞いで、自分で怪我を治せるマッチポンプが完成してしまって、完全にゲームバランスがおかしなことになっている――それ以外には、俺が必死で止めなくてはならないような理由はない。
王子様はルーカスとも古い知り合いらしいし、ぼっちで名高いデフォルトルーカスとそれなりにうまくやっていたところを見ると、お茶会で2人きりになった途端にいきなり切りかかるような奇人変人ではないはずだ。
……たぶん。
俺は間違いなくあの王子様には「何かある」と踏んでいるけど、ゲームで明らかになっていない以上、推測でしかない。
もしかしたら本当にただのやさしいイケメンという可能性だって――いや、それはなさそうだけど。
たとえばアカリちゃんのことが好きで好きで仕方ない系というか、溺愛しちゃう系の特徴のキャラクターなのかもしれない。
それならアカリちゃんが粗末に扱われることはないわけで、むしろヘンリーの方が「都合のいい男」になってくれる可能性だってある。
ていうかアカリちゃんと無理くり恋バナしようとした男にすごく心当たりがある。俺ですね。
やってること一緒じゃんか、俺。
ヘンリーを怪しめば怪しむほど、ブーメランになって俺に帰ってきてしまうことに気づいてしまった。気づかなければよかった。
ジャンもジャンで怪しい。
何となく、自分で止めるんじゃなくて俺に止めさせようとしている気配を感じる。
あれかな? ヤキモチかな?
本当はアカリちゃんを止めたいけど、それだと自分の気持ちがバレそうで恥ずかしいし、付き合ってるわけでもないしで、意地を張って「いいんじゃない、別に」みたいにわざとツンケンした態度取っちゃうやつかな?
だとしたら俺を媒介にしないで直でやり取りしたほうがいいと思う。
まぁ、お茶会だもんね。他のイベントと違って平和だし。
アカリちゃんが嫌じゃないなら、一旦放置でいいか。
ジャンよ。止めたいなら、ちゃんと自分で止めるんだ。今が男を見せるときだ。
俺は心を鬼にして、アカリちゃんに招待状を差し出した。
しかし、アカリちゃんはなかなか受け取ろうとしない。
招待状と俺の顔を見比べて、やがて胸の前でぎゅっと手を握り締めた。
「ル、ルーカスは」
「ん?」
「いいの? 私が、王子様のお茶会、行っても」
「え?」
小さな声で問いかけられた。
一瞬首を捻ったが、アカリちゃんはちょっとメテオが打てるだけの庶民の女の子である。
王子様とマンツーマンのお茶会とか、尻込みして当たり前だ。
ついゲームのイメージから行く前提で話を進めてしまったが、断りたいと思っても不思議はない。
むしろ「断りたい」と思って行くのを躊躇うようなら大進歩だ。
都合のいい子からの脱却も目の前かもしれない。そうなれば俺もお役ごめんだな。
少し背を屈めて、アカリちゃんの顔を覗き込む。
「もしかしてアカリちゃん、行きたくない? 」
「あ、」
アカリちゃんが俯いてしまう。
あれ。どうしたのかな。アカリちゃん、結構人の目を見て話すタイプだと思ってたけど。
よっぽど行きたくないのだろうか。
「えっと、そういうわけじゃないけど」
「断りたいなら、俺手伝うよ? 無理しないで」
出来るだけやさしく話しかける。
アカリちゃんががばっと顔を上げた。
至近距離で目が合う。急な動きに驚いて、俺はぱちぱちと目を瞬いた。
真っ赤な顔で俺の目を見つめていたアカリちゃんが、勢いよく招待状をひったくる。
「も、もういい! お茶会ですっごくおいしいお菓子が出ても、ルーカスには教えてあげないんだから!」
「え、ちょっとアカリちゃん?」
「ごちそうさま!」
俺はぽかんとしたまま、走り去ってしまうアカリちゃんの背中を見送った。
背中があっという間に見えなくなる。足が速い。
「……アカリちゃん、ついに反抗期かな……?」
「アカリがかわいそうっす」
助けを求めてジャンに視線を送ると、ものすごく呆れた顔で俺を見ていた。
何だよ、お前が意地張ってるからアカリちゃん怒っちゃったんだぞ。
俺に止めさせようとしたのが悪い。他力本願はよくない。
「反抗期かぁ……感慨深いなぁ」
ジャンのことは無視して、俺はどこか遠くへ視線を投げる。
「ほら、嫌って言えない子だったじゃん、アカリちゃんって」
ゲームの中のアカリちゃんがフラッシュバックする。
シエルの枕兼パシリをさせられるアカリちゃん。
クラスメイトの喧嘩に巻き込まれるアカリちゃん。
教科書を捨てられてもおろおろするだけのアカリちゃん。
ルーカスに冷たい態度を取られても文句ひとつ言わないアカリちゃん。
雨の中でルーカスを3時間待ち続けるアカリちゃん。
列挙するともう完全に怒っていいやつだもん、これ。かわいそう過ぎる。
今のアカリちゃんなら、3時間待つ前に怒って帰ってくれるような気がした。
俺も高速移動を手に入れたし、万一待たせてもダッシュで行ってスライディング土下座をかます準備は万端だ。
「ちゃんと反抗できるようになったなら、前進だよねぇ」
「……ルーカス」
呼びかけられて、ジャンの顔を見る。
さっきまでの冷たい視線ではなく、何だか不思議なものを見るような顔をしていた。
「ん?」
「ルーカスは、本当に……」
ジャンは何か言いたげに口を開け閉めしていたが、やがて大きなため息をついた。
そして苦笑いをして、いつもの調子で言う。
「馬鹿っすねぇ」
「しみじみ罵倒しないでくれる!?」
馬鹿は傷つくよ、馬鹿は。普通に悪口だよ。
いじける俺を見て、ジャンは今度はおかしそうに笑った。
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