第16話 相談するのか、俺以外の奴に!!
「SとかMとか、すーぐそういう話しようとするのよくないと思うわけよ、俺は。そういう気軽なもんじゃないからね。下手なこと言うと本物の人たちに怒られちゃうからさ」
「何の話をされてるんすか、オレ」
寮のジャンの部屋でクダを巻く。
冷めきった目で睨まれるが、最初にこの話を始めたの、ジャンだからね。俺は忘れてないからね。
平手打ちで赤くなった頬に、アカリちゃんが魔法で出してくれた氷をタオルで包んだものを押し当てた。
いやもう平手で済んでよかったなと思う。
たとえ俺がドMの謗りを受けたとしても、これでソフィアちゃんやそのお友達の怒りが鎮まるなら安いものだ。
ちょっとはルーカス父母の胃痛も収まりますように。
でもジャンは最初に言い出した身としてちゃんと責任を取ってほしい。一緒に謗られてほしい。
「男子って嫌よね」って言われる側に回ってほしい。
名誉のために言うけど、俺はMでもSでもないよ。至ってノーマルだよ。
足が細い女の子が好きなだけのごく一般的な男子だよ!
枕を抱えていじけている俺にため息をつくと、ジャンが急に真剣な顔をした。
「ルーカスは……アカリのこと、どう思ってるっすか?」
「どうって……幸せになってほしいなって思ってるよ」
「そうじゃなくて、……女の子として、どう思うかって話で」
ジャンの言葉に、俺は顔がにやつくのを止められない。
ははぁ、これはアレだな、ヤキモチだな?
俺にアカリちゃんが取られるんじゃないかって不安になってるな?
安心して欲しい。俺はこの学園内の誰よりもジャンの恋を応援している男だ。
だがいい傾向だ。これをきっかけに、もっとアカリちゃんに積極的にアプローチをしてくれるようになれば儲けものである。
2人で幸せになってもろて。パン屋とかやってもろて。屋根裏付きの家に住んでもろて。
「何だろうね。危なっかしくて、目が離せなくって、可愛くって……妹みたいな感じ?」
「…………」
「ていうか最早、娘?」
「む、娘?」
目を剥いたジャンに、頷いて見せる。
「うん。あ、自分で言ってびっくりするくらいしっくりきちゃった。もう俺がアカリちゃん産んだかもしれない。お腹を痛めて。そんな気すらしてきた」
「……はーぁ」
どうしよう。大学生にしてもう父性に目覚めてしまった。
アカリちゃんの結婚式とか泣くかもしれない。最後の両親への手紙で号泣するかもしれない。
ていうかちゃんと呼んでね、2人の結婚式。
言ってくれたらスピーチするし。受付とかやるし。余興で「乾杯」とか歌うし。髭男でもいいよ。
「じゃ、ルーカスがアカリに、我儘言ってほしいとか、幸せになってほしいとか……そういうこと言うのも、『娘みたいだから』なんすか?」
「うん」
「……本当に?」
「うん」
俺が頷くと、ジャンの視線が一層に冷たくなった。
なんだよその顔。自分で言っといて、俺が肯定したことに納得していなさそうな顔だ。
そもそも俺が何て答えても納得しなさそうだった。恋は盲目ってやつだ。
アカリちゃんは皆にやさしいから、不安になる気持ちも分かるけどさ。
やれやれと軽く肩を竦めて見せる。
「じゃあ聞くけどさ。実は俺未来が見えて、2人が幸せにならない未来を見ちゃって。それを阻止するために言ってるんだよね~とか言ったら、信じる?」
「信じないっすけど……」
「ほらぁ~!」
俺は口を尖らせた。
何言っても信じないやつじゃん。俺がアカリちゃんのこと好きって言わない限り納得しないやつじゃん。
悲しい。恋の前では友情って無力なのかな。
「だから俺は言わないの。別に友達だからって、何でもかんでも打ち明けなきゃいけないって決まりはないだろ」
「それは、……」
「誰だってあるじゃん、言いにくいこととか。たとえば『○○ちゃんがアナタの悪口言ってたよ』みたいな話とかさ。知りたくなかった~ってこともあるかもしれないし。仮に真実だとしても、正直に言うことだけが友情じゃないと思うわけよ」
俺の言葉に、ジャンは納得したような、していないような。心当たりがあるような、ないような。微妙な顔をしていた。
構わず、続ける。
「俺はね。アカリちゃんみたいないい子には、幸せになってほしいわけ。それでジャンみたいないいヤツにも幸せになってほしいわけ。そんだけなの」
笑いかけると、ジャンが戸惑ったように視線を泳がせる。
「何で、オレのことそんな、いいヤツだなんて思うんすか?」
「ん?」
「オレは……ルーカスが思うほど、善良な人間じゃ」
ジャンの言葉に、俺は首を捻った。
確かにジャンはまだ、アカリちゃんに嘘をついている。
彼はずっと、自分が公爵家の落とし胤であることを知っていた。だけどそれを、アカリちゃんには隠したままだ。
つい最近知ったと言う嘘をついたままだ。
嘘をつくことが悪いことだとすれば、隠し事をするのが悪いことだとすれば、そりゃあ善行とは言えないかもしれない。
そのことを後ろめたく思っているのだろう。
だが俺からしてみれば、それこそ「別に言わなくったっていい話」だ。
だってジャンがそれを隠しているのは、アカリちゃんとの間に距離ができるのが嫌だったからだ。
アカリちゃんと気兼ねなく一緒にいるための嘘なんだから、それだけピュアなハートでアカリちゃんと向き合っていたという証拠にしかならない。
しかも庶民としてアカリちゃんと一緒にいる間、ジャンは公爵家の落とし胤としての立場を利用しなかった。
そんな彼が初めてその権力を行使したのが、アカリちゃんと同じこの学校に転入するため、である。
本来魔力の強くないジャンは、アカリちゃんのように庶民の身分のままではここに来られなかったからだ。
嘘をついていたから何だ、という話だ。プラスにこそなれ、マイナスにはならない。
何だよ、やっぱお前いいヤツじゃん、としか思わなかった。
それをそのまま、口に出す。
「お前はいいヤツだよ、ジャン」
「そんなこと、分かるわけないっす」
「分かるよ。お前が知らなくっても、俺が知ってる。お前はついつい応援したくなっちゃうぐらい、いいヤツだ」
俺の言葉に、ジャンが目を見開いた。
俺は知ってるんだよ。お前がアカリちゃんの幸せのために身を引いちゃうことも……お前が一緒に行動するだけで、体力5回復してくれることも。
まだ文句ありげな顔をしているジャンの肩を、ぽんと叩いた。
「だいたい『自分がそんなに善良な人間じゃない』なんてことで悩むやつは、善良な人間だって相場が決まってんだよ」
「そ、うすか?」
「うん。だって俺、そんなことで悩んだことないし」
俺が胸を張ると、ジャンが「あー……」と頷いた。
これで腑に落ちられるとちょっと俺が納得いかない気もするが、乗り掛かった舟だしな。開き直ることにした。
「俺が善良じゃなくても誰も困んないからな!」
「それは困ってほしいんすけど」
ジャンが呆れたように笑う。やっと俺の応援の気持ちを分かってくれたようだ。
せっかくジャンの方からそういう話を振ってくれたので、俺も恋バナを振ってみることにする。
「そういうジャンはどうなんだよ! いや待て、皆まで言うな。空気の読める俺にはばっちりしっかりくっきりはっきり分かってるぜ」
「こんなに一言一句信用できない台詞初めてっす」
ひどい。言ってて俺もちょっと言い過ぎかなとは思ったけど。
出来るだけ信用されそうな真面目な顔を意識しながら、ジャンににじり寄る。
「何でだよ、見ろよこの顔。イケメンだろ」
「はぁ」
「一回ちょっと中身のことは忘れて! フラットな気持ちで見て!」
「いやもうフラットな気持ちでは無理っすよ」
無理とか言うな。
正直俺がルーカスをやっている間に表情筋が発達しすぎて、もはやデフォルトルーカスの仏頂面ができなくなっている気がする。
自分でも鏡見て「あれ? ルーカスってこんなへらへらした顔だっけ?」ってなることがあるくらいだ。
でもまだ、まだイケメンと言って差し支えない顔面偏差値、のはず。
「イケメンってことはモテるってことだよ! もうモテモテよ! 恋愛経験豊富なルーカスさんには何でもお見通しなんだよ!」
「悲しい嘘はやめるっす」
静かに諭された。
やめろ。もっと悲しくなるから。
「その顔でモテてない人間から学ぶことはないっす」
「ええ……急に辛辣なこと言うのやめろよ……傷ついちゃったよ……」
世間のイケメンはルーカスを反面教師にして、顔面に慢心せず内面も磨いて生きていって欲しい。
あと世間のイケメンじゃない男子諸君も、内面を磨けば内面クズのイケメンには勝てるかもしれないので腐らず頑張って欲しい。
……あれ? 今の俺はルーカスフェイスのおかげでかろうじて「内面クズのイケメン」だけど、それじゃあ現実の俺って……
やめよう。考えても悲しさが止まらないだけだから。
泣いちゃうから。
「何だよ、親友じゃん。相談してよ、乗るよ? 超乗るよ?」
「……ルーカスにはしないっす」
「え、俺以外にはするの!? 相談するのか、俺以外の奴に!!」
「急にうるさくしないでほしいっす! 俺が隣の部屋の人に怒られるんすよ!」
最終的に部屋から追い出された。
恋愛相談してもらうには、ジャンの俺への好感度はまだ足りないらしい。
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