第5話 二人の仲がいいと、俺が嬉しいってこと

 その日は屋上ではなく中庭で弁当を食べようという話になった。

 ジャンは先生に用事を頼まれて少し遅れるそうで、俺の買い出し中はアカリちゃんが一人で待つことになったのだ。


 念のため場所をシエルが出現したらしい屋上から変えたものの、早く合流するに越したことはない。

 俺は食堂でサンドイッチを受け取るや否や、ダッシュで中庭に向かった。


 俺も寮生だったら弁当を持たせてくれたものを、我が家が学園から馬車で5分という超好立地にあるせいで自宅通学だった。


 家でシェフに頼んだら弁当くらい作ってくれるのかもしれないが、友達のいないデフォルトルーカスが弁当なんて頼んでいるのが知れたら、すわ便所飯か不登校かと心配されやしないだろうか。

 結局それが心配で尻込みして今に至る。


 せっかく魔法が使えるのだから、もっと早く移動できたらいいのに。瞬歩みたいな。

 中庭のベンチが見えてきた。アカリちゃんのほかに、もう一人いる。

 あのふわふわした白い頭は……シエルだ。


 2人が並んでいる様子を見て、気づいた。

 緑の溢れる背景にベンチ、アカリちゃんとシエル。

 今回デッキに編成しているシエルのサポートカード「SSRまどろみの誘い++」のイラストとよく似ている。

 カードはアカリちゃんがシエルに膝枕をしている絵柄だった。


 「眠たくなった」とか何とか言うシエルに流されるまま膝枕をしてやった結果、熟睡するシエルを起こせないまま授業が始まってしまい、一緒にサボる羽目になるのだ。


 男は膝枕って嬉しいものだけど、女の子側はどうなんだ。男の頭を太ももに載せて嬉しいのか。

 やっぱりそのあたり、男に都合の良い展開に思えてならない。


 かと言って逆に男が膝枕したとしてそれはお互い嬉しくない気がするから、どうすれば互いに得なのか、もう分からない。

 好き同士ならなんだって嬉しいんだろうけどさ。


 シエルはアカリちゃんの隣に座って、肩に頭をもたれかけている。

 膝枕秒読みだ。


 アカリちゃんは完全に困惑しきった顔をしていた。それはそう。

 たいして親しくもない相手に肩に頭を載せられた時点でその顔になるのはやむを得ない。電車じゃないんだぞ。


「ふぁあ。ボク、ますます眠たくなってきちゃった。アカリちゃんのせいだよー?」

「え、え? あの、私……ご、ごめんなさ」

「いやアカリちゃんのせいなわけあるか」


 すぱんとシエルの頭を叩き落とした。


「いたた、もー、何するのー?」

「冤罪の防止」


 不満げな顔でこちらを見上げるシエル。

 さすが女性向けゲームだけあって、目が覚めるような美形だ。

 最近ルーカスの顔面にはやっと見慣れてきたが、見慣れないイケメンは眩しさに目がチカチカする。ブルーライトカットの眼鏡を掛けたい。


 限りなく白に近い金髪をふわふわした三つ編みに結わえている。瞳の色は金色だ。睫毛にまでツヤツヤのハイライトが煌めいていた。

 隣にいる普通の女の子のアカリちゃんが霞んでしまうキラキラ具合だ。

 ヒロインなのに、いいのか、それで。


「眠いのを他人のせいにするなよ、1人で寝ればいいだろ」

「ボク、お気に入りの枕がないと眠れないんだよねー」

「じゃあ起きてれば?」

「えー」


 俺の言葉に、シエルが頬を膨らませる。


 そもそも、まだお前アカリちゃんの膝枕で寝たことないだろ。

 お気に入りかどうかの判定はどのタイミングでするんだ。

 予想に反してめちゃくちゃ硬かったらどうする気なんだ。


「だいたい、どうしてそんなに昼間っから眠いんだよ。夜ちゃんと寝てるのか? 朝ちゃんと決まった時間に起きてるか? 起きて太陽の光浴びてる? 寝る30分前にスマホいじったりしてない? 適度な運動してちゃんと湯船に」

「うーん、むにゃむにゃ」


 ごろんとベンチの空いている部分に横になるシエル。

 都合が悪いからって寝て誤魔化そうとしやがった。枕はどうした、枕は。


 叩き起こそうかと思ったが、ふと良いことを思い付いた。


「いいか? 睡眠欲というのは確かに人間が生きるうえでは必要な欲求だ。だがそれを適切に管理できてこそ人間は人間足りうる。欲求に振り回されるだけではただの動物と同等。すなわちそれを管理できないということは人間ではなく自らが動物的欲求をコントロールするに足らない存在であるとかなんとか云々かんぬん」

「ぐー」


 よし。小難しげな話をすることで寝かしつけに成功した。

 俺も後半自分が何を言っているか分からなくなって来てたけど。危ないところだった。


「さ、行こうアカリちゃん。」

「え? でも、こんなところで寝たら風邪引いちゃうんじゃ……」

「天気がいいから大丈夫、大丈夫。屋上に避難しよう」


 猫だってそのへんで昼寝をするんだから、シエルだって平気だろう。たぶん。


心配そうにシエルの方を振り返るアカリちゃんの背中を押しながら、俺は中庭を後にした。



 ◯ ◯ ◯



「アカリちゃん、あんな意味の分からない言いがかりに惑わされちゃ駄目だよ」

「ま、惑わされて、っていうか……」


 二人でお弁当を食べながら、俺はアカリちゃんに切り出した。


 今日はハムとチーズのサンドイッチだ。味は良いのだが、パンがやたらフワフワしていて食べごたえがない。

 育ち盛りの男の子なので、正直もうちょっと量が欲しい。

 今度急いでいない時に食堂のおばちゃんにボリュームアップを頼んでみよう。


 アカリちゃんは手元のパンに視線を落として、ぽつりと呟く。


「私が悪いのかもしれないし」

「いやだから、悪いわけあるか」


 間髪入れずに否定した俺に、アカリちゃんが目を丸くする。

 思わず強めな言葉になってしまったが、心底そう思っているのだから仕方ない。


「だってアカリちゃん全然悪くないもん。俺が保証するね」

「保証って何、もう」


 あまりに強く言うのがツボだったらしく、アカリちゃんがくすくすと笑う。


 アカリちゃん、普段は目立たないのだが、笑うとすごく可愛い。

 イケメンがアカリちゃんみたいな子と付き合ったら、どうして付き合ってるのか理由を聞かれたときに「笑顔が素敵」とか「一緒にいて落ち着く」とか答えるんだろうな。

 イケメンめ、これ以上好感度を上げてどうするんだ。


「悪くないのに謝る必要ないよ。百歩、いいや百万歩譲って謝るとしたら、相手が何を悪いと思ったのか聞いてからでも遅くないと思うわけ」

「でも……」

「でももへちまもありません」


 アカリちゃんのパンと俺のサンドイッチを勝手に交換する。

 アカリちゃんが食べているパンの方が噛み応えがしっかりしていそうで、お腹が膨れそうだったからだ。


 流されやすいアカリちゃんは、一瞬視線でパンを追いかけたが、されるがままだった。

 ほら、そのままじゃこうやって、俺みたいなやつに搾取されちゃうよ。

 いや、するなって話だが。


 パンを千切って口に放り込みながら、続ける。


「だいたい、何が悪いか分からずに謝るのって、それはそれで不誠実じゃない? アカリちゃんだって『え? 俺また何かやっちゃいました? よくわかんないけどすみませーん』って言われたら腹立つでしょ?」

「それは……そうかも」


 アカリちゃんにも腹が立つという感情があってよかった。

 もしかしてイライラしたりとかしないのかと思っていたところだ。


「ね? だからすぐ謝るんじゃなくて、分からないことは聞けばいいし、嫌なことは嫌って言えばいいんだよ」

「……ルーカスは」


 アカリちゃんが、サンドイッチを手に取った。

 小さな口で一口、かぶりつく。


「ルーカスは、どうして私に優しくしてくれるの?」

「アカリちゃんに幸せになって欲しいからだよ」


 俺もパンを食べながら、答える。


 このパン、噛みごたえがあるのは良いがめちゃくちゃ口の中の水分を持って行かれる。

 乾パンしかり、腹持ちのいいものは水分を持って行くのが世の常なんだろうか。


「だって、めちゃくちゃいい子だし。いいヤツが幸せになった方が、なんかこう、希望があるじゃん。だからアカリちゃんには幸せになってほしいわけ。分かる?」


 アカリちゃんが不思議そうな顔で俺を見ている。

 分かっていなさそうな表情に思わず笑ってしまった。


 まぁ当然だ。まだ出会って間もない人間に幸せを祈られたら、普通はその反応になるだろう。

 仲のいい友達にだって、「幸せになってね」なんて言うのは結婚式ぐらいだし。


 パンを食べ終わって、膝の上のパンくずを払う。うーんと伸びをした。


「そんでさぁ、ジャンにも幸せになって欲しいんだよね。ああいう、なんていうの、当て馬的な? ずっと1番近くで見守ってきたのに、報われないとか。無いでしょ、フツーに」

「あてうま……?」


 アカリちゃんが首を傾げた。

 都合の良い時だけ耳が遠くなるところを見ると、本当に「ヒロイン」なんだなぁと実感する。


 俺はへらへら笑いながら、答えた。


「二人の仲がいいと、俺が嬉しいってこと」

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