ソシャカス姉ちゃんがプレイしてるゲームのヒロインが(都合の)いい子過ぎるので我儘を教えたい
岡崎マサムネ
プロローグ ソシャカス姉ちゃんと俺
「姉ちゃん、行儀悪ッ」
「一分一秒が惜しいのよ! 呑気に朝ごはん食べてランキング入れなかったらどうするつもり!?」
スマホ片手に菓子パンを齧る姉ちゃんに、俺は呆れてため息をつく。
本来休みのはずが休日出勤する羽目になったらしく、いつもに増して機嫌が悪い。
くわばらくわばら。触らぬ神に祟りなし。おとなしくソファに座ってテレビを眺めることにした。
姉ちゃんと違って、俺は自主休講と言う名の休日だ。
だらだらスマホとテレビを往復しながら、ソファで二度寝でもするかな。
あくびをしたところで、姉ちゃんの刺すような視線が俺を捉えた。
「何、怖っ」
「そうだ。いるじゃない、手ごろな労働力が」
手を打った姉ちゃんは、俺の方にぽんと自分のスマホを投げてよこした。
落としたらキレられる予感しかしないので、慌ててキャッチする。
「あたしが会社行ってる間、イベント走っといて」
「は!?」
その言葉に姉ちゃんの顔を見返すが、至って真剣そうな顔をしていた。
なお悪いわ。
「弟にスマホ預けるか、フツー!」
「妙なことしたら殺す」
「じゃあ預けんなよ!」
「イベント爆死しても殺す」
「姉ちゃんにとっての俺って蚊か何かなの?」
気軽に殺すな。
弟の命を何だと思っているんだ。
だが弟の命など虫けらのように扱うのが姉という生き物である。「やさしいお姉ちゃん」なんてものはファンタジーでしかない。
「だいたい何のゲーム? これ」
「女性向け恋愛シミュレーションアプリゲーム」
「俺にそれやれって!?」
「脳死周回しといてくれたらいいから」
「恋愛シミュレーションの脳死周回って、何」
そこから姉ちゃんの姉ちゃんによる姉ちゃんのための――そう、間違っても俺のためではない――女性向け恋愛シミュレーションアプリゲーム「恋と魔法のセカイで約束を」の講釈が始まった。
姉ちゃんによると、今回は姉ちゃんの「推し」である「ルーカス様」のカードが報酬となったイベントが開催されているらしい。
イベント期間内に得たルーカスの親愛度ポイントの累計を競うというシステムで、ランキングで2000位以内に入ると「上位報酬」であるルーカスの限定のカードが獲得できるという趣向だ。
限定カードを手に入れると特殊ストーリーが読むことができるほか、カードをホーム画面に設定したときに特殊ボイスを聞くことができるらしく、それを目当てに姉ちゃんは躍起になっているようだった。
残念ながら姉の命令に逆らう権利は弟にはない。
姉ちゃんのスマホの画面に視線を落とす。
画面がキラついている以外、UIは育成ゲームでよく見るような感じだ。感覚でも何となく進め方は分かりそうだった。
ぽちぽちとタップして画面を進める。
やたら髪の毛のハイライトがツヤツヤの金髪の男がべらぼうに良い声で話している。そういえば姉ちゃんはこの声優が好きだったな。
画面を連打してゲームを進めるが、長い。台詞が長い。
一人で延々と話している。
「スキップは?」
「ないわよ」
「ないの!?」
「画面を押してる間は早送りになるけど」
「その機能実装するよりスキップ機能の方が簡単な気が」
画面を長押しする。確かに姉ちゃんの言うとおり早送りになった。
だが指を離すとすぐさま通常速度に戻ってイケメンがええ声で喋り出す。
何だこれ。
「最初のうちは好きな台詞は飛ばさずに聞くとかやってたんだけど。だんだん無我の境地というか……単なる作業と化したわね」
「楽しいの? そのゲーム」
「楽しいか楽しくないかじゃない。やるかやらないかよ」
「見失ってるよ、ゲームの本来の目的」
早送りより、画面を連打する方が早い。だが画面をタップし続けるのもなかなか面倒だ。
選択肢が来たときに間違ったものをタップしたりする可能性があるから、連打するだけではなく、ある程度画面を見なくてはならない。
某ゲームより手間のかかる周回ゲー、初めて見たわ。
あのゲームはいい加減に必殺技演出をスキップさせてほしい。
「じゃ、あたしが帰るまでよろしくね」
「いいのか? 他人の力で手に入れて。それが本当の愛なのか?」
「いい? そんなことを気にするような人間はね、ガチャなんて引かないのよ」
真理だった。金の力で推しを手に入れることに躊躇がない人間は面構えが違う。
開き直るな。
「帰るまでって……8時間とか? そんな時間あったら何出来ると思ってんだよ」
「イベントが8時間走れる」
ダメだこいつ。
完全に目が据わっている。
こちらに身を乗り出した姉ちゃんは、スマホのボタンに指を当てた。ピロン、と指紋認証が完了した音がする。
「とりあえず3万円分回復アイテム買ったから」
「とりあえず3万円分!?」
ぎょっと目を剥いて姉ちゃんを見る。姉ちゃんは俺を放置して洗面所へと歩いていった。
「3万あったら何買えると思ってるんだよ!」
「ガチャが10回引ける」
「10連ガチャを1回って数えるのやめろよ!」
「3万ぐらいで大袈裟ね。この前の限定ガチャは9万使って天井したわよ」
歯ブラシを口に突っ込んだ姉ちゃんが、しれっとした顔で答える。
一か月必死で働いてもバイト代が9万に満たない俺は、思わず悲鳴を上げた。
「9万あったら何できると思ってるんだよ!!!!」
「ガチャが天井できる」
「悪いこと言わないから病院行ってくれ」
姉ちゃんの金銭感覚がぶっ壊れていた。もう手遅れだ。
いい歳して実家暮らしで、普段はキャリキャリのバリアウーマンである。彼氏もいないし、ゲーム以外にさしたる趣味もない。
お金の使い所がここしかないのだろう。寂しいことだ。
俺は絶対にああはならないぞ。某ゲームの福袋にしか課金しない人生を生きていくんだからな。
「やだよ俺、姉ちゃんの廃課金の片棒担ぐの」
「一万円あげるから」
「やる」
居住まいを正してスマホをしっかり握りしめた。
お金をもらえるなら話は別だ。スマホ連打で時給1000円越えはそこそこおいしい。
真剣に画面をタップする。やっと金髪男以外の台詞が出て来た。
どうやらプレイヤー、というか
「……本名じゃん……」
「本名以外にどうしろってのよ」
「普通に嫌だよ、姉と同名。気まずいよ。あとこれランキングとかで名前出るだろ。個人が特定できるような名前にするのは情報リテラシー的に」
「あーもーうるさいうるさい」
姉ちゃんが横から手を伸ばして、オプション画面をポチポチ操作する。
主人公の名前が「アカリ」に変わった。どうやらデフォルトネームらしい。
金髪男は「ルーカス」とかいう洋風の名前なのに、主人公の名前は妙に和風だった。そのあたり結構適当なのかもしれない。
「じゃ、頑張ってね」
「へいへい」
「サボるんじゃないわよ」
どすのきいた声で言い残し、姉ちゃんはジャケットを羽織って出て行った。
万が一爆死したら俺が爆死させられる。ぼちぼち真面目にやるとしよう。
連打しながら、自分のスマホで「恋と魔法のセカイで約束を」の攻略情報をググる。
親愛度ポイントを稼ぐメインの手段は、今回のイベント報酬でもあるルーカスのストーリー周回だ。
主人公が魔法学校に転校してきてから、ルーカスといい感じになるまでの1年。これを繰り返す。
ターンを消費してパラメータを上げ、3ヶ月ごとにある足切りのイベントをクリアしながら、ルーカスの親愛度ポイントを貯めてBestエンドを目指す。
Bestエンドを迎えると親愛度ポイントにボーナスがつくからだ。
そしてストーリー周回には、メインであるルーカスの他に4枚のサポートキャラクターカードを編成したデッキが必要になる。
デッキに編成するカードはパラメータ上昇率を上げたり、サブイベントを熟してパラメータを上げたりなど、周回の効率を考えるとかなり重要なファクターだ。
調べたところによると、姉ちゃんのデッキは予想通りと言うかなんというか、廃課金デッキであった。
現環境の理想編成らしい。人権とか言われているカードはほとんど持っていた。
そう思ってみると並んでいるイケメンたちの顔が途端に諭吉に見えてくる。
何諭吉分なんだ、これ。考えるだに恐ろしい。だって突き詰めたらJpegじゃん? これ。
恐ろしいことは考えないようにしながら、無心で画面を連打する。
連打しているだけだが、テキストくらいは目で拾えるのでメインストーリーとサブイベントの流れは何となく理解できた。
そして思った。
これ、ヒロインいい子過ぎじゃね?
何3時間待たされて素直に待ってんの?
帰れよ。帰っていいよ。
雨に濡れながら待つなよ。
帰りなよ。あったかくしてなよ。
おかしい。女性向けゲームのはずなのに、なんでヒロインがこうも男に都合のいい女の子なんだ。
これ、果たしてプレイヤーはちゃんと感情移入出来るのか?
うんうん、待つよね3時間! ってなるのか? ならないだろ。
だって姉ちゃん、3時間待たないもん。
絶対帰るもんあの人。
それに比べて男の方、そんなに尽くしてやりたくなるほどいい男か?
確かにイケメンだよ、そりゃ二次元なんだから当たり前のようにイケメンだよ。
髪の毛のハイライトめちゃくちゃツヤツヤだよ。ハイライトのレイヤー5枚くらいあるよ。
声だってそりゃあイケボだよ。
でも全く魅力的に思えない。いや僻みとかじゃなくて。
雨の中3時間も待たせた挙句開口一番のセリフが「馬鹿だな、こんなに冷えて……」って何なんだお前。
馬鹿はお前だ。まず土下座だろ。謝れや。
世間の女子は、現実で3時間待った相手にこれ言われてもキレないのか? 本当に? 既読無視は怒るのに? ただしイケメンに限るのか?
男のパラメータを教えてくれる友人ポジションの男キャラ「ジャン」のほうがよほどいい男に思えてならない。
だってあいつ一緒に行動するだけで体力が5回復するし。失敗イベント踏んでも確率でパラメータの下降防いでくれるし。
なんて良いやつなんだ、ジャン。
だがこういう幼馴染の「いいヤツ」は所詮当て馬なのだ。
助けるだけ助けて、優しくするだけ優しくして、最後は他の男に持っていかれる。
そしてヒロインの幸せを祝福する。いいのかそれで、お前は。
焼肉で育てた肉を他人に食われるようなものじゃないか。気の毒でならない。
結局顔か? 顔なのか?
「いい人」は「都合のいい人」でしかないのか? 「いい人なんだけど、……それだけなのよね」とか言われるのか、結局。
結局そういうアレなのか、女の子は。
いやそれで言ったらヒロインのアカリちゃんだって相当に都合のいい女だと思うけど。
最初ツンケンした態度だった男たちにちょっと優しくされたくらいでキュンキュンしてしまうとか、そのうち壺とか買わされそうな騙されやすさだ。
ジャンの方が結婚したとき絶対いい旦那になると思うよ。皿とか風呂とか洗うと思うよ、こいつは。
ルーカスは洗わないだろ、絶対。モラハラ夫の気があるよ、あいつは。
脳死周回とか言われたけど俺はあと何回アカリちゃんを雨の中3時間待たせたらいいわけ?
アカリちゃんは何回教科書をゴミ箱に捨てられたらいいわけ?
こんなに良心が咎める周回があってたまるか。
と思っていたが、だんだんただ画面をタップをするだけのマシーンと化してきた。
脳って簡単に死ぬんだな。慣れって怖い。
徐々に視界がぼんやりしてくる。
いかん、寝たら確実に殺される。
間違いなくプチっといかれる。蚊のように。
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