Night23:ラスト・ウェット・ワーク②

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 ずしん、


 ず し ん 


 ず  し  ん


 ず   し   ん!



 大地が揺れた。揺れる、揺れ、揺れ、揺れ揺れ揺れ――揺れ続けている。

 周囲から轟音が響き、臨海公園の街路に駐車されていた車からアラームや叫び声が多重奏のように漏れ聞こえてくる。

 地響き。砂浜から急激に水が湿潤し、辺り一帯が湿地のような景色に変わりつつある。液状化だ。この臨海公園の地盤は埋立地だ。

 航くんは、たぶん――地盤に対して『軟化』を用いて、この区域そのものを陥没させているのだ。でも、あいつはそれを可能とする能力の深度も、それをよしとする倫理観も持ち合わせていない。

 そのはずだ。


「夜嘴さんの〈超能力〉の仕様は理解しました。恐らくは、煙草の『副流煙』。それが浸透した事物を、初めて能力の支配下に置ける――」

 航くんは、揺れなど意に介さず、まっすぐ夜嘴へと近づいて行った。

「おいッ! ちょっと待て、何なんだそのふざけた〈代数能力アルゼブラ〉はッ!」

 夜嘴が声を荒らげる。初めて目にした光景だったが、航くんは全く動じず――まるで感情が籠っていないような、平坦なトーンを崩さない。

「ふざけた? ふざけているのはどちらですか」

「な――」

「感じるんです。これは、おれの欲望を叶えるための力だ。なら、おれの欲望がより強大になったらその出力はどうなるんですかね」


 揺れはますます勢いを増していく。

 全身を砂にぐちゃぐちゃに擦り混ぜられそうで、あたしは動くことさえままならなかった。夜嘴も同様に、スーツと髪を振り乱し、とっくに地面に這いつくばっている。

「思ったよりも強欲だったみたいです、おれは。母が死んでから、よく考えたら自分の感情というものにあんまり無頓着だったんですが。そういえば、これが怒るってことでしたね。何だか忘れてました」


 航くんの掌からは、書字の嵐が横溢し、散乱している。

 いや――そんな生易しいものではない。


「ねえ。なんでおれなんかのために、先輩を、殺そうとしたんですか」

 これは、災害そのものだ。

「おれなんかのために、誰かが傷つくなんて、在り得ないんだよ」

〈超能力〉によるわざわい

 誰かの願いを背負い続けてしまった成れの果ての、怪獣。

「――終わらせてやる。あんたを」


 一人の人間の持つ欲望が、これほどまでの力を持つものなのだろうか。

 そうではない。あたしは、有動航という人間を知っている。


「代数、なんだ……」


 あたしは航くんの作ってくれた不格好な肺で、気付けば呟いていた。

 普通の人は、あんなに歪な欲望を抱いたりしない。

 あたしは昔、夜嘴に言った。


『理由がなきゃひとに何かを期待して映しちゃいけないわけ?』


 そうだ。

 普通の人はみんな――いいや、そもそも、あたしだって。

 航くんに優しさを、愛を、期待してしまったように、誰かに何かを望んで、映して生きている。彼の友人の尾武くんは――航くんにむかし返しきれないほどの恩を負ってしまって、そこから一生追いつけないとそう語っていた。

 きっと航くんみたいに、他人のためにしか動けない人は、その欲望を人一倍受け止めて、そして壊れずに呑み込んでしまう。


 でも――この力が、人の欲望を叶えるための力なら。

 私達の欲望が、形となって力を持つなら。


『みんな』の欲望が。

 航くんに呑み込まれた、『みんな』の大きな願いが、かれの〈超能力〉に影響を及ぼさないとどうして言える?

 確かに航くんには、怪獣になれるぐらいの欲望がある。

 でも、あたしは知っている――彼だって、迷ったり悩んだりする普通の人間だ。

 そして彼が、誰にもなりふり構わず、普通の人間みたいに、全部を叶えようと……『利他的』であることをやめたら? 

 “正義の味方”であることを、やめてしまったら?


「こんな……こんなのは」


 夜嘴は、呆然と目の前の光景を眺めてつぶやいた。

「気持ち、悪いなあ……きみは!」

 その口許は、どこかおそれを孕んでいて――しかし、あたしがこれまで目にした彼女のどんな顔よりも、愉快そうに歪められている。

「そうか。だから、“正義の味方”は現れるのか……うふふ! 解ったぞ……きみはlorem ipsumなんだ! レイアウトを評価するためのダミーテキストのように、自分の欲望を、ことばを持たずに、まるで人生の形ごと決まっているかのように――強固な“正義の味方”という器で、欲望を受け止め続ける! きみは最早、”正義の味方”さえも超越した、怪物なんだ!」


〈超能力〉――いや、〈代数能力〉を発現するだけの、夜にしか行き場のない欲望。

 そしてどれほど心が砕けようと、他人の欲望を呑み込む海辺のような善性。

 彼は、夜と海辺のロレム・イプサムなのだ。


「これからは、接続症例ではなく……その名を、君の名前を」

 夜嘴がそう叫んだ直後、

やかましい」

 航くんが夜嘴に手を触れている。

 そして、


 夜嘴の全身が、純色の黒に染まった。

 あれは、

 文字だ。

 蝟集した文字が、彼女のからだを侵蝕している――そう理解した次の瞬間、


 ご きききききききききききききききききききききききききき――


 擂鉢で牛骨をすり潰して打ち砕くような、フードプロセッサーでひき肉を拵えるような、人間の体から決して鳴ってはならない音が響き続ける。


「『硬化』と『軟化』を、細胞単位で切り替え続ける。からだの全部に制御できない発条が埋め込まれて暴れ回るみたいな感じだ。先輩を治さないなら、おれはいつまでも続けるし、いつまでも続けられる」


 もはや夜嘴は肉の塊ですらない。

 そもそも、形というものが留められているのかが怪しかったからだ。

 彼女を構成する全ての単位は液体になり、固体になり、擦り混ぜられて再び構成され、体細胞一つ一つの破壊と再生を無限に繰り返される。


 ――ごきごきごきごきごきごき、めぎぎぎぎぎぎぎぎ


 もう、『巻き戻し』も追いついていない。

 航くんが言っていた彼女の「条件」――全身に染み込んだ煙が、彼女自身の血液と体液で攪拌され、洗浄されつつあるのだ。

 やがて、航くんは〈代数能力〉を止めた。


「……」


 かちん。

 夜嘴の身体が巻き戻り、そして、

「お、うげえっ……ェぼっ、」

 砂浜に勢いよく嘔吐する。

「げ、がぼっ……ふふっ、ふ、ふふふ……! す、凄まじいな、これは! きみに一対一でェっ、うげっ、か……勝てる奴なんて、いないだろ、これ……」

 航くんはそれを、無感動な目つきで眺めていた。

 たっぷり一分ほど胃液だけを吐き戻したところで、夜嘴はやっと、

「わかった、降参だ、降参する――きみの、勝ちだ。わたしは、きみたちを、見逃すから……海嶋円果、きみは、有動少年の記憶を消せ。そうしたら、私もきみの身体を治す」

「まだ、対等な取引を試みるつもりですか」

 航くんは夜嘴さんに手を伸ばすが、

「だァから! 私を殺したら、彼女が治せなくなるだろ!」

 夜嘴の一喝で、その腕は止まった。

 ……正直な所、あたしも、もう今みたいな航くんは見たくない。

 何より、彼が明らかに無理をしていた。

 分けて考えろと、彼に言ったのは私自身だ。

 怪獣の才能があることと、それが苦にならないことは別だから。

「……ごめんね。一度しか言わないから、よく聞いて」

 あたしは肘から先の無い両腕を使って何とか立ち上がり、

「あんたのこと、好きだよ。大好き」

〈代数能力〉を励起する。


 振り向いた航くんが、目を見開くのがわかった。

「ねえ、航くん」

 ばちんと、脳内の回路が灯る感覚。


 l■rm ■■sum do■ar si■ amet.


 一人きりの海でしか生きられなかったあたしは。

〈代数能力〉の刻まれた舌を出して、最後に一度だけその力を誇った。


「先輩。だめだ!」

「――〈超能力〉って知ってる?」

 航くんが耳を塞ぐより前に、あたしは彼の『海域』に入る。

 一瞬のことだ。航くんは、いつもあたしの言葉を蔑ろにしない。

 だから、あたしの言葉をきちんと聞いて、考えてしまう。

 そういうところも愛していた。


 ■■■■


 あたしが再び現実の世界に戻って来たときには、もう航くんは倒れていた。

 過去に何度かある『昏倒』の記憶を今の認識に接続して、気絶させている。

 とたんに、呼吸が重く、苦しくなるのを感じた。

 航くんの〈代数能力〉が急速に消えかけているのだ。

 どのみち、こうなった時点であたしは詰んでいた。

 最後に彼が助けに来てくれただけ、きっと得したのだろう。

 

 ……かれはこの先、この女に玩具にされる。

 それをかれが受け入れるのか、それとも抗い続けるのかはわからない。

 だから、あたしはかれが“正義の味方”で居続けることに賭けた。

 夜の海を進み続けるのなら、かれはあたしにもう一度巡り合うだろう。

 そこに、本物のあたしがいなくても。

「なんだ。きみ、それで良いのかい」

「どのみち……治すのが、あんたな時点で、まともな結末なんか期待してない」

 ごぼ、と呼気に血が混じる。

 何とか歩いて、航くんのいる所まで辿り着き……そして、あたしも倒れた。

 もう、視界が暗い。夜の海に溺れるみたいに、全てがただ重く感じる。

 これがあたしの最後の汚れ仕事ウェット・ワークだ。


 海の音が聞こえる。懐かしくて、心がほんの少し安らいだ。


「Cause……may……be……」


 なぜだか、いまわの際にOASISの『Wonderwall』を口ずさんでいる。

 航くんも、あたしにとってのそれWonderwallだということを伝えそびれていたのを思い出したのだ。そんな自分がひどく滑稽に思えた。

 夜嘴はスーツをしとどに濡らしたまましゃがみ込んで、あたしの顔を覗き込む。


「きみ、恋敵としちゃ、骨のあるやつだったぜ」


 鼻で笑おうとしたが、息の仕方がわからなくて、風の通るような音しか出せなかった。夜嘴は煙草に火を点け、そしてあたしに手を伸ばす。


「安心しな。きみの築いた仮初の平和ピースは、私が守ってやるさ」


 ぱしゃり。


 ガキんちょ、と返そうと思った矢先には、

 みずが弾ける音が全身に振るえて、

 あたしはもう全部崩れて、

 それで、


 ■■■■

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