終わる話

橋津 真

晩夏

 喫茶店のレモンスカッシュの底には濁った蜜が澱になっていて、赤い縦縞のストローで搔きまわすと風鈴の音を立てながら四角い氷が溶けていく。それを見るたび脳裏には氷山に沈んだ豪華客船の最期と、同じように水底にゆっくりと落ちていく男の白い顔が浮かぶ。

 落ちていくのが浮かぶ、という文字がくるくると頭の中で小さな渦を巻いて、疑問というのはいつも螺旋の姿をしているのだと気付く。

 話し声のしない店、けたたましい蝉の叫び、内緒話をするようにくもった有線のメロディ、夏の終わりはひとつひとつの音が死んでいく。今夏は特に、これまでに過ごしたどの夏よりもしんとしている。本当にまた夏は来るのだろうかと一抹の不安を覚える。

 窓の外で木の葉が揺れて、澄んだ音色がどこまでも遠くまで響いていく。軒先に吊るされた錆びた南部風鈴が、死んでいく蝉たちの代わりに次の夏までこうして鳴くのだろう。

 りいん、と鼓膜を震わせ続ける音に脳が軋み、ストローを摘んでいた指先を離し、こめかみを押さえる。冷えた肉がぬるい骨に触れたようで、鋭い痛みがはしる。視界が僅かに揺れて、濁ったグラスの中でひらひらと落ちていく蜜に苛立つ。ぞわりと粟立つ肌に眉根を寄せる。

 夏の終わりはひやりとして、怖いくらいに静かで虚しい。グラスの影が一際濃くなり、空を見上げる。灰色の雲がぞろぞろと流れ、青空を食い尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る