祝迷

lampsprout

祝迷

 雪が深く降り積もる中、学院の卒業試験が迫っていた。身を切るような寒さが、無性に私たち学生の緊張を煽っていく。

 ここでは、卒業試験の結果で取得できる階級が決まるのだ。試験は3段階に及び、中でも最終試験に1番重きを置いている。


「貴女なら特級よ」


 周りから、私はそう言われ続けてきた。1番の成績で、最高位の階級を得て卒業するものだと思われていた。

 術師の階級は、卒業直後から始まる成年としての人生に大きく影響してしまう。どの職場でも優遇される特級は、それを得ることが出来ればもう安泰だと考える者も多い。

 そんな位を得られるほどの実力だと、私は考えられていた。自分でもそこそこの成績は得られるだろうと思い、余り緊張はしていないつもりだった。……思えばそれこそが、慢心だったのかもしれない。



 来たる最終試験の日、私は有り得ないミスを犯した。全く予想しなかった、これまでの成績が吹き飛ぶほどの大失敗だった。

 試験時間中、使用していた魔具が目の前で音を立てて砕け散り、驚愕に固まる人々の視線が突き刺さった。冷たい静寂に却って耳鳴りがする。自分に何が起こったのか、暫く把握出来なかった。


 さらに運の悪いことに、偶然この年は試験が易化しており、周りは高得点で通過していった。


 ――そうして、私は特級どころか3級で試験を終えた。



「……お疲れ様」


 実技試験でのミスを見ていた友人が、労ってくれる。それ以上言葉が見つからない様子だった。


「私が頑張らなかったから失敗した、それだけだよ」


 私は軽く笑い飛ばし、友人を労い返した。それ以上の言葉は見つからなかった。


 ……何もかも、無駄にしてしまった。一体今まで何をしていたんだろう。手段も過程も覚悟も全て間違っていたんだ。

 怠惰だった。ゆっくり気長になんて、正しくなかった。死ぬ気でやらないと、できるはずなんか無かったのに。



 家族には学院の卒業者がおらず、そもそも圧力などは一切かけられていなかった。試験結果が出てからも、落第や事故が無く無事に卒業できて良かったと、あっさりと祝ってくれた。

 実際に学院は入学も卒業も難しく、留年したり退学したりする者が一定数いるので、その祝福も当然だった。だけど何となく釈然としない。


 特級に拘って修行をしてきた訳では全く無かった。勿論学んだことをしっかり身につけるに越したことは無いし、それを目標には考えていたけれど、周囲から言われることで何となく意識していただけのはずだった。

 だというのに、この虚無感は何なんだろう。



◇◇◇◇



 そういえば友人が1人、私と同じように最終試験で失敗して低い階級になっていた。彼女にそう報告されたとき、明るく卒業を祝うべきか、それとも境遇を汲むべきか、私は分からなかった。正しいと思える発言を知らなかった。

 ……数秒迷った挙句、私は後者を選んだ。


「おめでとう、良かったね」


 淡白に一言伝えるだけに留めて、気付かれないように様子を窺う。

 ありがとう、と朗らかに笑った彼女は、私には何も気にしていないように見えた。

 私なりに明るく祝ったほうが良かっただろうかと、それを見て少し複雑に思ったのだった。



 漸く雪が止み、太陽光が鋭く反射する銀世界をとぼとぼと歩く。


 ――目標も誇るべき地位も、何も無い、まっさらになってしまった。これからどうしようか。

 宿命なんてものがあるかは分からないけど、畢竟自分の力じゃあどうにもならないのかもしれない。


 祝福は妥当だと思いながら、まだしっかりと受け入れるほどには納得がいかなかった。


「……難しいな」


 呟いて薄雲の残る冬空を見上げると、遮るものの無い陽光が瞳を焼いた。


 満たされない伽藍堂を抱えたまま、私は新雪を踏み締めて跡を残していった。

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