古筆君はそっけない

望月かれん

始まり

  「本当についてこなくていいのね?」


 念押しのように言う母の目を見て私はゆっくりと頷く。母とはテーブルを挟んで座っていて、その隣に父が申し訳無さそうに体を小さく丸めていた。


 父が、仕事の関係で半年間家を離れることになった。出張先は国内だが新幹線か飛行機を使わないといけない距離だ。

 そこまでは良かったのだが、母がどうしてもついていく、とゴネて、その結果私も一緒に来ないかと誘われたのだった。


 「うん。半年でも学校変わるの嫌だし、手続きも面倒だもの」


 「そう言われると何も返せないわね。実際めんどくさいし……」


 「私ももう高校生。日頃のお母さんの特訓のおかげで一通りの家事はできるから、心配しないで。

 いざというときはスマホもあるんだから」


 私は小学生の頃から何かと家事をやらされてきた。最初は風呂掃除や食器洗いなど簡単な事ばかりだったが、学年が上がるごとに洗濯や買い物、夕食作り(もちろん毎日ではない)とハードルが上がって

いった。当時は嫌で嫌で仕方がなかったが、結果的に一通りの事はできるようになったので、その点では母に感謝している。

 母はやれやれといった感じでため息をついたが、どこか嬉しそうだった。


 「わかったわ。

 えっと、今週の土曜日に出発だから、

何か必要な物があるならそれまでにね?」


 母の言葉を聞きながらカレンダーを見る。

今日は4月8日水曜日。あと3日猶予がある。

 すると父が遠慮がちに声をかけてきた。


 「ごめんな、志織」


 「お父さんが謝ることないよ。仕事なんだから。

それに、ずっとってわけじゃないから大丈夫」


 「やっぱり志織は神だー」


 拝むポーズを取りながら父が言った。

娘ながら持ち上げすぎだと思う。ごく普通の返しでも今のように持ち上げるのだ。


 (前の時は「志織様」って言われたっけ。

相変わらず大げさ……)


 呆れながら母に向き直った。


 「じゃあお母さん達が出発するまでに、必要な物がないか、考えておくね」


 「うん。まぁ揃ってるとは思うけど」


 母の言うことは最もで我が家にはだいたいの消耗品にストックがある。不安があるとすればシャンプーやコンディショナーだろうか。

 今まで、約1日の留守番は何度も経験したが、

長期間を過ごすのは今回が初めてだ。


 (そんなに不安にならなくても大丈夫だよね)


 まさかこれから予想外の出来事が待ち受けているなんて、私は思いもしなかった。

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