あいつの骨を拾うなんて

@redhelmet

あいつの骨を拾うなんて。

 

 あいつの骨を拾うなんて。焼きたてのまだ熱を持ったあつあつの骨を拾う。骨上げ箸を使って崩れないようにつまむ。力を入れすぎるとぱっと軽石が粉砕するみたいに骨の形を留めなくなる。力が弱いと箸の先端に動力が伝わらず何も掴めない。思いを込めすぎても、さりげなくてもいけない。なんというかあたりまえのように自然体で骨を拾う。

 私ひとりではないのだ。骨上げ箸は横に並んだ喪服着た人たちに順々に渡さなければならない。私ひとりのあいつではないのだ。

 あいつは女の部屋で死んだ。最低である。私という人間がいながら、別の女の家で死ぬなんて。もちろんそれが法律にかなってないとか、倫理的にどうのこうのとかそんなことを言うつもりはない。あいつにも繰り返し言っていた。人との付き合いは自由でいいのだ、束縛されてはいけない、日常に埋没してはいけないと。でもね、悔しいじゃないの、私が最期を看取れなかったのは。

 あいつとは、そうね、7年のつきあいになるかしら。ははは、今から思えば私たちはうぶだったな。初めて会った日から、手を触れ合ったのは3日後、くちづけを交わしたのはそれから1ヵ月もあとだった。仕事帰りにあいつのところに通い、気軽に言葉をやりとりするのは何よりの楽しい時間。ほどなくして私たちは同棲することになり、蜜月というのかしら、それはどこにでもある平凡な関係だったのだろうが、私は仕合わせだった。おそらく世界の恋人たちが心から望むこと、この世界がこのままずっと続きますようにと私は毎日祈っていた。と同時に、あいつとの生活が日常に埋没することに物足りなさを感じるようになった。私という人間は束縛が心から嫌なのだ。

 あなた、自由に生きていいのよ。ずっと家に閉じこもっていなくたって、たまには外に出て遊んできなさい。そのほうがあなたの生き方にふさわしいのよ。

 あなたは夜遊びの後、たまに家に帰ると水をがぶがぶ飲んだ。そして酔ったような青い顔をして「苦しい。助けてくれ。怖いんだ」決まったようにそんな陳腐な言葉を吐いた。

 あなたはこの自由さを持て余していたのね。自由が負担を強いていた。好きなように生きろと言われるとわからなくなる。何をしていいのだろう。朝、昼、晩の営みが自由であればあるほど、選択肢が増えて自分から選べなくなる。解放されたことが不安になる。いっそ縛られる方が仕合わせなのだ。

 たぶんあなたは逃げ込むでしょうよ、この日常というルーティンの世界に。自由から逃走する。ふん、いっちょまえのことばかり言っても、しょせんあなたは凡庸な男よ。

 私は繰り返し言ったはず。ひとりの女に飼いならされているだけじゃ、あなたの無限の可能性を塞ぐことになってしまう。羽ばたいていいのよ、だけど、だけどね、最後には私のところに帰ってきて。他の人のところじゃイヤ。ましてや他の女の家で息を引き取るなんて、そんなこと、ぜったいに許さない。

 あなたが最後にうちに帰ったときに言ったのもおなじみの台詞だった。「僕は寂しいんだ。孤独なんだよ」

 私が悪かったのね。私の愛読書、無頼派作家のお決まりの台詞。私は気に入った小説を声に出して読む。だからあなたが自然に覚えて喋るようになったのはそんな言葉ばっかり。ふふふ、もっと違う言葉を教えてあげればよかった。ぴーちゃん!とか、おはよ!とか。ごめんね、ぴーちゃん。


ペット葬儀場で火葬された小鳥の骨はまだ熱いままだった。私は箸を隣の母に手渡す。母は明るい顔をして喋った。

「この子の骨、意外と骨太だね。隣のあんたの家からときどき飛んできてたけど、いくつだったの、そう、8歳、そりゃ、大往生よ、天寿をまっとうしたんだわ。変な言葉しか喋らない鳥だったけど、ま、きれいな青い羽してさ、かわいかったよ。私ん家で死んだっていうのもなんか運命だったのかねえ。なんまんだぶ、なんまんだぶ……」

 同じ敷地に二世帯住宅を建てて住んでいる母の家がセキセイインコぴーちゃんのお気に入りだった。

 私が看取れなかったぴーちゃんの最期、私は母にけっこうジェラシーを感じていたが、でもこうして骨になった小鳥を骨上げ箸で掴むにつれ、だんだん心が軽くなっていった。

 ぴーちゃん、ありがとう、7年間、と合掌し、その小さな骨を骨壺に入れた。

 天国ではもっと自由に羽ばたくんだよ。生まれてすみません、なんて言っちゃだめだからね。さようなら、ぴーちゃん。安らかにお眠りなさい。


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