第52話 お侍さん、変人扱いされる

 詳細を話し合ったあと、代官邸で昼食を共にすることになった。


「島亀のおかげで大したおもてなしはできませんが、近海で採れた魚介を取り揃えております。是非ご賞味ください」


 案内された部屋には趣向を凝らした料理が所狭しと並べられ、何とも言えない良い匂いが充満している。実に美しい色とりどりで、まるで食卓に花が咲いているかのようだ。


「しっかし、驚いたぜクロス。レナルド様の従者だったとはよー。冒険者は世を忍ぶ仮の姿ってヤツか?」


 向かいの席からタイメンが話し掛けてくる。


 レナルドの意向で昼食には護衛も同席することになったのだ。ピナだけは断固として断り、ボレロ家の使用人と給仕をしているが。


「いや、俺は従者ではない。傭兵として護衛依頼を受けて同行しているだけだ。俺はEランク冒険者だが、Cランクの傭兵もやっている」


「はぁ!? 掛け持ちかよ! ってか、Cランクなら中位じゃねーか。そっちがメインなのか?」


「冒険者の方が本業だ。パーティーにも入っているからな。話せば長くなるが────」


 黒須はCランク傭兵になった経緯を簡単に説明した。


「お前、思ったよりヤベー野郎だったんだな…………」


「こちらこそ驚いたぞ。お前が貴族の息子だとはな。引越したいなどと言っていただ─────」


 小魚の揚げ物をつまみながら何気なく話していると、タイメンは慌てた様子で両手をわたわたと動かした。


「おいッ、声がデケーって! ……親父にゃ言えねーが、田舎に住んでると都会に憧れるもんなんだよ。別にナバルのことが嫌いってワケじゃねーんだ。けどよ、オレは生まれてから一度もこの町を出たことがないんだぜ? このまま十年もすりゃ代官になってナバルから離れられなくなる。それまでに、一回くらい他所の街を見てみてーんだよ。……分かるか、この気持ち?」


「何となくは分かるが……。俺は生家を出てから十年ほど旅をしているからな。郷愁きょうしゅう────というような洒落たものではないが、故郷を想う気持ちの方が大きい」


「お前ってヤツはつくづく変わった野郎だな。それこそさっさと帰りゃーいいだろ。けど羨ましいぜ、そーゆう生き方もよ」


 力のない笑みの中には嫉妬や羨望でなく、諦観の気持ちが含まれているように見えた。


 腹に一物を隠してじっと抑え込んでいるような表情が、彼と似た境遇にある自身の長兄を想起させる。いつも飄々と軽薄に振る舞っていた兄上も、時たま寂しげな瞳で山頂から他領の景色を眺めておられた。


「そんなに言うなら、一度アンギラに遊びに来ればいい。俺の住んでいる家に泊めてやる」


 タイメンと二人でボソボソ密談していると、それまでレナルドと男爵の会話に相槌を打っていたラウルが話に混ざって来た。


「クロス殿は宿暮らしではなく、家を借りて住んでおるのか?」


「仲間たち四人と借家で暮らしている。目抜き通りからは遠いが、のどかないい場所だ。民家も少ないから好きなように鍛錬もできる────……どうした?」


 話している途中で、ラウルの視線がこちらの口元を凝視していることに気が付く。


「…………貴殿、今、何を口に入れた?」


 仰天したかのように見開かれた双眸。何か妙な物でも食ってしまったかと皿を見るが、これと言って特に変わった物はない。


「これだが……食っては駄目だったか?」


 黒須が示したのは刺身の盛り合わせだ。いかにも新鮮そうな魚や貝が氷片を入れた鉢に贅沢に並んでいる。


「……それ、オレと親父用の料理だぞ。人族って生魚食えねーんだろ?」


「馬鹿なことを言うな。味付けもなしに食うのは初めてだが、俺とて刺身は好物だ。故郷では港町でしか食べられない料理として大人気だったぞ」


 そう話しながら刺身をフォークで突き刺す。


 透き通った綺麗な白身。腹の辺りの少し脂が乗っている所を口に放り込めば、柔らかくひんやりとした舌触り。厚めの身は噛み締めるほどに旨味が広がる。鯛に似た淡白そうな見た目だが、似ても似つかぬ力強い味わいだ。


 懐かしい薬味や調味料の味を思い出し、僅かに舌の根がうずく。振る舞い料理に文句をつける気はないが、茗荷みょうがと辛子醤油か、生海苔と酢味噌を合わせればさらに味は昇華するだろう。


「旨い」


 満足げに舌鼓を打つ黒須に、他の面々の反応は様々だった。


「うーわ……。マジで食いやがった。なんだコイツ、人間じゃねーのか?」


「せ、先生……っ!?」


「クロス殿、それ以上は止めておかれよ。腹を壊してしまうぞ」


「じ、自分も試しに一切れ────」


「よせッ、オーリック! 死ぬ気か!?」


「生魚を食すのは我ら蜥蜴人だけの特性と思っておりましたが……。いえ、お気に召したのならもっと持って来させましょう」


 変人を見るような目線が少々癇に障ったが、気前のいい男爵に黒須は感謝の言葉を伝えた。


「先生は胃袋までお強くいらっしゃるのですね……」


「レナルド様、その"先生"とは? 彼は何者なのでしょうか」


 訝しげな男爵に、レナルドは満面の笑みで応えた。


「クロス殿は護衛依頼を受けていただいた傭兵なのですが、僕の人生観を変えてくれました。まだお会いして三日しか経っていませんが、僕が全幅の信頼を置いている先生でもあるのですよ。ボレロ卿」


「我ら騎士にも大変教訓になるお話を頂戴しましてな。空き時間には訓練もつけていただいております。私や騎士見習いたちも彼には心服しておる次第でして」


「左様ですか……。……おい、タイメン」


 男爵は食器を静かに皿の上へ置き、頭の中で何かを計算するように数秒虚空を睨んだかと思うと、神妙な顔で息子の名を呼んだ。


「んー? なんだよ親父」


「構わんぞ」


「はぁ? 何がだよ?」


「先ほど言っていただろう。代官になる前に他の街を見てみたいと。レナルド様や騎士の皆様がここまで仰るお方だ。クロス殿が預かって下さるのなら、私としても心配がない。一度、アンギラを見て知見を広げてこい」


 その言葉に、タイメンは床を蹴るようにして椅子から立ち上がった。


「きっ、聞いてたのかよ! いや、それよりホントにいいのかっ!?」


 詰め寄るようにテーブルにバンッ!と両手をつく。その巨躯の振動によって、艶やかに盛り付けられていたいくつかの料理が倒壊した。


「フン、私がお前の考えに気が付いていないとでも思っていたのか? お前がいつもギルドでくだを巻いているのは、よそから来る冒険者に他の街の話を聞くためだろう。どのみち、あの忌々しい亀がいる間は代官としての業務も少ない。帰ってからは仕事を学んでもらうが、これもいい機会だ。若いうちに他所の土地で揉まれてくるといい」


「マジかよ!? やったぜ、クロス! オレもアンギラに連れてってくれっ!」


 男爵からの許しを得て、タイメンは興奮を抑えきれないように尻尾をブンブンと振り回した。どうやら蜥蜴人の尻尾にはいぬと同じで感情が表れるようだ。


「……代官殿、どこの馬の骨とも知れん冒険者や傭兵などに、大事な跡継ぎを預けて本当にいいのか? 俺たちは迷宮にも潜る。常に危険が伴うぞ」


 一家一門いっけいちもんにとって、跡継ぎは当主の次に死守すべき存在。兄上がそうであったように、好むと好まざるとに関わらず、その行動は大きく制限を受けるものだ。


「クロス殿、私も愚息も根っからの海男です。ナバルの海は我々に多くの恩恵を与えてくれますが、決して人に優しくはない。船乗りにとって、危険は日常茶飯事なのですよ。中でも遠洋漁業は命懸けの船旅に近く、冷静さを欠いた者から命を落とします。私は息子に、何があっても動じない強い男になって欲しい。どうか、よろしくお願いします」


 その眼差しにはひとかたならぬ決意がみなぎっていた。思い付きの判断と考えたこちらが愚かだったらしい。


「代官殿がそう言われるのならば、俺も責任を持ってタイメンの命をお預かりしよう。必ず生かして帰すとお約束する」


 こうして、帰路の旅路に仲間が一人加わった。

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