第43話 騎士さん、傭兵に敵対される

「南西に二人と南東に一人、弓士が隠れている。アクセルとオーリックにも事情は伝えた。勘付かれぬよう、ラウル殿の合図があるまでは自然に振る舞えと言ってある」


 傭兵は偵察から戻ると、敵を油断させるためか敢えて馬から降りて報告した。


「うむ、苦労を掛けた。貴殿は今しばらく待機しておいてくれ」


 ラウルは頭を動かさないよう気を払いながら、目線だけで見習いの様子を確認する。


 ────……まずいな。


 不運にも二人はヘルムを被っておらず、蒼白い顔でチラチラとこちらに何度も目を向けている。それは主を心配しているというよりも、どうすればいいのか分からず、助けを求める仕草に見えた。初陣のため仕方のないことではあるが、どう見ても挙動不審。あれでは盗賊どもに察知されるのも時間の問題だ。


 しかし、北東七、南西二、南東一か…………

 戦力をどう振り分ける?


 ただでさえ少ない護衛人数で三方向を敵に囲まれる。状況としては最悪だ。レナルド様には馬車へ避難していただくとして、業腹だが、護衛全員で一か八かの勝負に出るしかないだろう。


 やむを得ない事態とはいえ主の守護を捨てねばらならない状況に、ラウルは騎士として針を呑むような呵責かしゃくに駆られ、罪を犯す直前のような気分だった。


「北東に私とクロス殿、南西にアクセル、南東にオーリックを配置しましょう」


「アクセルに二人相手は荷が重いよ。役に立たないかもしれないけど……。僕も南西に行く」


「それだけは絶対になりません! 我らはレナルド様を守るための騎士であります。この命ある限り、主に剣を握らせることなど許容できません」


 レナルドは腰に刺突剣レイピアを吊っているものの、それは貴族男子としての装飾品、刃の付いていない真鍮製の模造剣だ。それに、剣術の指導をしている自分が言えた義理ではないが、紅茶を飲みながら優雅にやるような稽古は、詰まるところ実戦を想定していない。


「でも、それじゃあアクセルが────」


「奴も見習いとはいえ騎士の端くれ。このような場合の覚悟はできております」


「僕なんかのために未来ある若者が死ぬ必要なんてない。それなら、僕も含めて全員で一斉にピナの所に向かおう。一塊になって集団戦に持ち込めば…………」


「論外です。我らはともかくとして、レナルド様は鎧をお召しになっておられないのですぞ。弓士に囲まれた状態では自殺行為としか言いようがありません」


 火に身を灼く虫のように、叶いもしない理想を追って主に危険を犯させる訳にはいかない。


「じゃあ────」


 主君の安全を最優先に考えるラウルと、誰一人犠牲にしたくないレナルド。二人の意見は中々折り合いが付かず、しばし小声での押し問答が続く。


「そんな作戦じゃ、結局僕しか助からないじゃないか!」


「御自身のお立場を弁えてください。レナルド様の身に万が一があれば、どのみち我らは閣下の手によって処刑されるのですぞ。であればどうか、主のために栄誉の死を遂げる我儘をお許しいただきたい」


 堂々巡りの口論はいつしか場にそぐわない喧嘩腰となり、気が付けば野良犬の噛み合いのような様相を呈していた。


「だから────!」


「割り込んですまんが、質問してもいいか?」


 目を瞑って大人しく傍観していた傭兵が、主従の緊迫した会話を不躾に遮った。本来ならばその無作法に苦言の一つも言いたい所だったが、レナルドはクロスの雰囲気が先ほどまでと違うことに気付き、思わず首肯してしまう。


「何やら深刻な様子だが、ここらの野盗はそんなに強いのか? 有名な賞金首か何かか?」


「は……? いえ、そんなことはないと思いま────」


「では、武芸者が四人も揃って敵前で、一体何をもたもたとしている? これが"騎士"とやらの戦法なのか? 相手はたかが野盗、素人の集まりだぞ」


 彼は組んでいた腕を解き、こちらに大きく一歩近づいた。その気迫に押され、無意識にレナルドは後ずさる。


「先ほどから黙って聞いていれば、まるで窮地にでも立たされたかのような会話だな。……俺を試しているつもりなのか?」


 クロスは徐々に威圧感を放ち始め、こちらを恫喝どうかつするかのように語気を強めた。


 これまで経験したことのない迫力に恐怖を覚え、レナルドは完全に閉口してしまう。ラウルも何を言っているのか理解が追いつかず、返答できずにいると、彼は突然ふっと表情を消した。


「…………もういい、面倒だ」


 その顔は何故か深い失望感で満ち満ちているように見えた。


「ラウル殿、俺は責任者たる其許そこもとに従うよう仲間たちから言われているが、この状況だ。依頼を引き受けた以上、いつまでもお遊びには付き合えん。レナルド殿、俺が攻撃したら馬車に入って大人しくしていろ。ラウル殿は馬車を護れ。では、行くぞ」


 クロスは矢筒から三本矢を引き抜くと、即座に弓を構えて連射しながら大声で叫んだ。


「アクセル、オーリック! こちらに戻って矢から馬を護れ! いいか、絶対に怪我一つ負わせるな! ピナ殿はその場から動くな!」


 茂みからギャッ!と言う悲鳴がいくつか聞こえ、別の方向からは大勢が飛び出した。クロスは弓を投げ捨てると剣を抜き、猛然と集団に突撃する。


「────ッ! レナルド様、こちらにっ!」


 二人は事態の急変に唖然としていたが、我に返ると傭兵の指示通りに行動した。レナルドが馬車に飛び乗りラウルが扉の前で槍を構えると、見習いたちもこちらに合流する。


「隊長、これはどのような状況でありますか!? 何故クロス殿が一人で特攻を!?」


「わ、我らも加勢すべきでは!?」


 見習いたちはせきを切ったように畳み掛けるが、ラウルとて混迷を極めている。


「いや……。私にも分からん。彼が突然、独断で指示を出したのだ」


 こうしている間にも馬車の向こう側からは激しい剣戟と叫喚の声がひっきりなしに上がっているが、混戦の騒音からでは敵味方の区別は付かない。


「お前たちは馬車を守っていろ! 私が援護に向かう!」


 その場を二人に任せ、ラウルは馬車を迂回してクロスの援軍に向かおうとした。しかし、馬車の向こうの光景を目にして足を止める。


「ラウル殿、説明してくれ。先ほどの振る舞いは何の真似だ? 俺を舐めているのか?」


 そこにはすでに息絶えた盗賊たちの死体の山と、剣を握ったまま、こちらに明確な敵意を向ける血塗れの傭兵の姿があった。

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