第33話 お侍さん、仰天する

 眠りについた仲間の寝所ねどこを眺めつつ、黒須は背を預けている迷宮の壁を手の甲で一撫でして、今日聞いた内容を思い返していた。


「…………………」


 お節介な冒険者どもが口々に説明するところにると、ここは巨大な魔物の腹の中だとか。異国を知る前であれば一笑に付していた所だが、いまだ全容の見えないこの国においては、笑止千万、笑い草と断じるのもいささはばかられる。


 幼い頃、母上が寝物語に語ってくれた御伽草子おとぎぞうしに今と似たような話があった。身の丈一寸いっすんの男が武士をこころざし旅に出て、出会でくわした鬼に呑み込まれながらも腹の中で暴れまわって退治する、そんな物語。

 耳にした当時でさえ、幼心おさなごころに下らぬ婦女童幼ふじょどうようの読み物だと感じていたが、よもや自分が同じ状況に立たされるとは。"見ぬは極楽知らぬは仏"と言うが、まことに人の一生とは何が起こるか判らぬものである。


 武の本体は破邪顕正はじゃけんしょうの道を歩み、大義を明らむること。己の常識を何度も覆した国にいる以上、ことの真偽はこの眼で見極めねばなるまい。


「…………………」


 何にせよ、こんな奇怪な場所で。それも武器を持った冒険者に囲まれた状況で眠る気には到底ならず、黒須は脈動を探る医師のように壁を撫で回しながら一夜を明かした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 安全地帯を出発してしばらく、ようやく四階層の門番の間に辿り着いた。扉の前に人影はなく、今回は順番待ちをせずともよさそうだ。


「えーっと、ここの門番は小鬼頭ホブゴブリンが三体だね。上の階層と違って武装してるみたいだ」


「前と同じ作戦でいきます?」


「俺、教わった手裏剣術を試してみてぇんだが、いいか?」


「構わないよ。……俺もせっかくだから寸鉄と袖鎖を使ってみようかな」


「では、儂とパメラで一体引き受けよう」


「小鬼頭なら腕試しには丁度いい相手だと思うが……。俺の獲物がいないな…………」


「なら、クロスには俺の代わりに指示役を頼むよ。今回は訓練ってことで」


「そういうことなら……。承知した」


 扉を開いて中へ入ると、広間の中央にいた三体がこちらに気が付いて駆け出した。


「パメラとバルトは棍棒、マウリは槍、フランツは剣をやれ」


 黒須の指示でそれぞれが相手に向き合う。


「バルト、豚鬼オークの攻撃を防ぎ切ったお前なら小鬼頭など相手にならん。パメラは攻撃だけに集中しろ」


 バルトの盾は相手の棍棒を易々と弾き返し、その隙にパメラの杖が爪先つまさきを強襲する。小鬼頭は鎧兜を装備していたが足元は素足だったため、悲鳴を上げて蹲った。

 パメラが相手の棍棒を杖で打ち、遠くまで転がす。丸腰になった所でバルトが全力の盾強打シールドバッシュを顔面に叩き込むと、ゴキリという鈍い音と共に相手の頭部が引きちぎれるほどに横を向いた。


「マウリ、お前の腕力であの兜は貫けん。狙うなら顔面、胴、脚だ。近付かれる前に仕留めて見せろ」


 マウリは両手に二本ずつナイフを構え、腕を思い切り後ろに振り上げると、力いっぱい放り投げた。一本目が太腿に刺さり、動きを止めた所で二本目、三本目が続けて胴に突き刺さる。小鬼頭は皮鎧を着ていたが、マウリのナイフは根元まで食い込んでいた。

 相手は口から血を吐き膝をつく。最後の一本を顔面に投げ込むと、小鬼頭は猫が伸びをするように突っ張った手足を震わせ、グゥと喉を鳴らして倒れ込んだ。


「フランツ。袖鎖で武器を奪い、寸鉄でとどめを刺せ。相手はお前よりものろいが、指を斬られないよう注意しろ」


 フランツは相手が近付くのを待って数撃を盾で防ぐと、上段からの振り下ろしを両手で持った鎖で受け止めた。素早く鎖を刀身に巻き付け引っ張ると、相手の手から剣がすっぽ抜ける。鎖を剣から解き、至近距離から端についたすいで頭部を殴打。遠心力の乗った強烈な打撃は鉄兜越しでも相手を昏倒させるに十分な威力がある。

 兜が吹き飛び倒れ込んだ相手に歩み寄ると、左手に隠し持っていた寸鉄を剥き出しの頭頂部に振り下ろした。


「全員、見事な戦いだった。文句なしだ。よくやった」


「なんつーか……。自分で言うのも何だけどよ、思ったより楽勝だったぜ」


「俺もだ。前よりも相手の動きを見る余裕があるというか、動きがゆっくり見えるというか……」


「気持ちにゆとりが生まれたということかの。殴られながら次の手を考えるヒマさえあったわい」


「私も最近は敵に近づかれてもぜんぜん焦らなくなりましたね」


「然もありなん。お前たちは日々の訓練で技を眼に焼き付け、体感し、身に付けるに至った。もうあのような素人の棒振りなど児戯に見えるはずだ」


 フランツたちが互いの健闘を称え合うのを微笑ましく思いながら、黒須は宝箱を探し始める。この宝箱というのもよく分からない代物だ。これまた御伽草子に登場する玉手箱や葛龍つづらのように、開けて年寄りになったりしなければいいが。


「あったぞ、マウリ」


「おう、ちょっと待ってろよ……。げっ、罠つきだ」


「罠のある宝箱は初めてだね。解除できそう?」


「たぶん、振動で作動するタイプだ。全員離れてろ」


 少し距離を空けた位置からマウリがナイフをぶつけると、宝箱の蓋から刃物が飛び出した。


「よし、これで問題ねえはずだ。開けるぜ」


 刃物に気をつけつつ宝箱を開くと、そこには薄汚れた皮袋が入っていた。


「また外れか」


「いや……。これって、もしかして────バルトっ!!」


 フランツがどこか興奮した様子で皮袋を手渡すと、バルトはじっくり時間をかけて調べ、満面の笑みを浮かべた。


「大当たりじゃ!!」


 皆が一斉に歓声を上げる中、黒須だけが意味が分からずポカンとした表情のまま取り残される。


「こんなものが貴重な品なのか?」


「そうですよっ! これは魔法袋マジックバックと言って、迷宮からしか見つからない超お宝です!!」


「この袋は見た目と違って、大量の荷物を入れられる凄く便利な道具なんだ! 冒険者なら皆が憧れる貴重品だよ!」


「浅い層で見つかるのは相当レアなはずだぜ! これだけで最低でも金貨二十枚は間違いねえ!」


「詳細な性能は鑑定してみんと分からんが……。とにかく、容量を試してみようぞ!!」


 バルトはそう言うと、持っていた大盾を袋に入れて見せた。明らかに袋より大きいはずの物が、吸い込まれるように収納される。さらに、背負っていた荷物を地面に下ろし、次々と袋へ仕舞っていく。


「これは────……驚いた。信じられん、何だこれは」


「おいおい、容量もそこそこデケェんじゃねえか!?」


「まだ入りそうだね! 手持ちの荷物、全部いけるかな?」


 各自が持っていた荷物を次々に放り込むが、袋は全く膨らむ気配すらない。


「全部入っちゃいましたねー! すごいですっ!」


 すでに全員分の荷物を入れたにも拘わらず、袋にはまだ余裕がありそうだ。黒須は魔法袋を指でつまみ上げ、何か仕掛けがないか、念入りに観察する。


 以前、小屋掛けの寄席よせで似たような奇術を見たことがあるのだ。あの時は巾着袋に入れた卵を消して見せるという演目だったが、手妻師てづましが明らかに不審な動きを見せたため、『袖を振って見せろ』と無粋を言って場を白けさせてしまった。あとから知ったことだが、手妻とは見物人も仕掛けを分かった上で楽しむ趣旨なのだそうだ。


「あれだけの荷物を入れたのに、重さはほとんどないような物だ。本当にこの中に入っているのか?」


「そうですよ。試しに手を入れてみてください」


 言われるままに手を差し込むと、確かに、色々な荷物の感触がある。確実に袋の底まで手を突っ込んでいるはずなのに、全く底に手が触れない。


 感触を頼りにバルトの大盾を取り出してみると、ずるりと引っ張り出すことができた。


「凄いな……。いや、それ以外の言葉が思い付かん」


「これで探索もずっとラクになりますね!」


「野営の時に湯を入れて、時間経過の有無も試してみんといかんな。もし時間停止の魔法袋なら金貨百五十枚は下らんぞい」


「時間停止とは何だ?」


「魔法袋にも善し悪しがあってね。高性能な物だと中に入れた物の時間が経過せずに、そのままの状態で保たれるんだ。つまり、お湯を入れておけばいつまでも冷めないし、食べ物だって腐らずに持ち運べるんだよ」


 黒須はあまりのことに驚天動地、眼を剥いた。長い旅暮らしをしてきた身としては、その有用性は嫌というほど理解できる。


「学のない俺でも無数に使い道が思い浮かぶ。商人どもには垂涎すいぜんの代物だろうな」


「"商人の格は魔法袋の格と同義"と言われるほどじゃな。一般に流通するモンじゃないからの。何時でも何処でも取り合いじゃわい」


 大興奮の仲間たちと魔法袋についてワイワイと話しながら階層を降りる────が、そこに広がる光景に、期せずして全員の足が止まった。


「…………俺ら、さっきまで洞窟の中にいたよな?」


「ああ。間違いなく洞窟を下ったはずだ」


「道を間違えて外に出ちゃったんじゃないですか? お空が見えますよ」


「いや、道は合ってるはずだよ。地図には五階層から九階層は"森林地帯"と書いてある。信じ難いけど、ここはまだ迷宮の中だ」


 階段を降りた先は、背の高い木々が生い茂る鬱蒼とした森の中だった。せ返るような緑と土の匂い。空には太陽も浮かんでおり、暖かい日差しや首筋を撫でるそよ風も感じる。とても地下とは思えない。


「…………日本から魔の森に迷い込んだ時と同じ気分だ」


「恐ろしいことを言うでないわっ! ほれ、ちゃんと帰り道はそのままじゃ」


 振り返った先には岩山があり、そこには降りてきたばかりの階段がしっかりと残されていた。


「ここからは魔物の種類もガラッと変わるみたいだ。樹上からの襲撃も警戒しながら慎重に進もう」


 フランツの号令に、一行は顔を引締めならがら謎の森へ足を踏み入れた。

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