第31話 冒険者さん、迷宮に挑む

「迷宮と言うからもっと辺鄙へんぴな場所を想像していたが……。存外、賑わっているな」


「逆だろ? 何で迷宮があんのに田舎だと思うんだよ」


「王国各地から冒険者が集まるからね。俺はガーランドしか知らないけど、迷宮のある街はどこもこんな感じみたいだよ」


 迷宮都市ガーランド。マイカと同じく広大なアンギラ領を構成する衛星都市の一つで、混沌の迷宮を創られた街だ。周囲を囲む堅牢な城壁は外敵から街を守るためのものでなく、迷宮から溢れ出た魔物を街の中に押しとどめることを目的としている。面積としてはそこまで大きな都市ではないが、街中まちなかの活気は領都アンギラにも引けを取っておらず、よく注意して見れば行き交う人々はそのほとんどが冒険者だ。大通りに建ち並ぶ商店は酒場に宿屋、武器屋に魔道具屋と、冒険者ご愛顧あいこの店だらけ。路肩に陣取って好き勝手に商売をする露天商も大半が迷宮関連の商品を陳列している。


「ニホンの迷宮はあまり人気がなかったんですか?」


一時いっときはそれなりに流行っていたが、行楽地と呼べるほどではないな。わざわざ遠くの町から来遊らいゆうするのはよほどの好事家か酔狂人くらいだ」


「それにしても、魔物のおらん迷宮なんぞに何のために挑むんじゃ?」


「俺は実際に入ったことはないが……。この国の迷宮と同じ理由だろう。踏破すれば賞品おたからが手に入ると聞いたことがある」


 ガーランドに向かう馬車の中でクロスの国にも迷宮があったと聞いた。冒険者でもない一般人、それも子供や若者を対象とした遊び場として存在していたらしい。

 自分たちにとって"迷宮で遊ぶ"という感覚は理解し難いものがあるが、クロスのような狂戦士、もとい武士がそこら中にいる国だ。きっと住民にも屈強な者が多いに違いない。


「あっ、迷宮初心者セットとか売ってますよ! 調理道具、寝具、地図もありますね」


「迷宮に、地図……?」


「あちゃー、どうせ迷宮に挑むならこっちで準備を済ませた方が楽だったかな」


 もともとは坑道探索用の備えだったが、ガーランドの露店の方が明らかに装備の品揃えがいい。調査依頼のために一日中あちこちの店舗を渡り歩いた手間が悔やまれる。


「うんにゃ、よう見てみい。どれも価格がアンギラの倍近くになっとる。こりゃあ初心者をカモにしとるようじゃな」


「うげ、マジだ。俺らも知らなきゃ騙されてたかもな。まぁ、あとは地図を手に入れるだけだろ? さっさと行こうぜ」


 迷宮の地図には様々な種類、入手方法がある。


 今回はギルドで売っている正規品を買う予定だが、これには現在探索が完了している各階層の経路図、出現する魔物の情報、野営ポイントなどが大まかに記載されている。対して、露店商や迷宮の入口にたむろしている"地図屋"と呼ばれる個人商から買う手段もあるのだが、これには隠し通路や罠の位置、過去に特殊な魔物が出現した場所など、正規品にはない詳細な情報が載っているそうだ。ただし、情報の信頼性が低い物も多い上に、地図の値段もピンキリであることから、信用できる業者を知らない初心者は避けるべきだと言われている。


 迷宮内で地図は生命線。魔物の大群に追われて地図に従って逃げ込んだ挙句、行き止まりでしたなどということになれば後悔してもしきれないのだ。


「あの建物がギルドですかね? すっごい人だかりですよ」


「今のご領主に変わってから迷宮の入場が無料になったからの。昔はもうちと閑散としとったもんじゃが」


 ガーランドのギルド支部は迷宮の入口を塞ぐような形で建てられており、建物内を経由しなければ迷宮に入ることができない仕組みになっている。逆に言うと、迷宮に挑む者全員がこのギルドに集まるのだ。混み合うのも仕方がないだろう。


「マウリ、はぐれないようパメラと手を繋いでおけ」


「俺はお前より年上だっつってんだろうが! まだ信じてねえのかテメー!!」


「マウリ、どうぞ」


「何だその手! いらねぇよ馬鹿!」


 人混みを掻き分け何とか雑貨窓口で地図を購入し、アンギラのギルドには存在していない迷宮専用の窓口に並ぶ。


 入場手続きを待つ屈強な冒険者たちの行列に加わると、うきうきというか、わくわくというか。初めて英雄譚を読んだあの時の気持ちに似た何かが、腹の底からせり上がってくるのを感じた。


 ────ようやくだ。実家を飛び出して冒険者になって苦節七年。ようやく、ここまで辿り着いた。


 万感ばんかんの想いに駆られ、思わず目頭が熱くなる。フランツは仲間たちに感涙を見られるのを恥じ、てのひらで顔を撫で下ろすことでどうにかそれを誤魔化した。


「Eランクパーティーですね。それでしたら五階層付近が適正階層となりますので、をお願いいたします。初挑戦でご無理はなさらないように」


「はい、ありがとうございます」


 混沌に限らず、全ての迷宮には"正門"と"直通門"が存在する。正門は地上から一階層に入るための一般的な入口だが、直通門は深層へ直接繋がる近道になっているそうだ。原理は判明していないが、誰かが十階層踏破するたび地上に新たな直通門が出現するらしい。


 混沌の迷宮の場合は現在四つの直通門が存在しており、入場手続きの際には冒険者ランクに応じた門の許可証が発行される。G〜E:正門、D:十階層直通門、C:二十階層直通門、B:三十階層直通門、A〜S:四十階層直通門、という具合だ。

 また、低ランクであっても深層を踏破した場合には例外的に直通門の利用を許可される。迷宮では階層ごとに出現する魔物の種類が決まっているため、深層の魔物の討伐証明を提出することで踏破者として冒険者証に記録されるのだ。


 受付で正門用の許可証を受け取り、有名な深層踏破者の肖像画が飾られている長い廊下を抜けて迷宮の入口へ向かう。


 建物の裏手に出ると、そこには厳重な門が組まれており、武器を持った大勢の職員が許可証の審査をしていた。たった今受付を済ませたばかりなのに、またしても順番待ちだ。


「えらく厳重な警備だな」


「昔は一攫千金を夢見た一般人がこっそり忍び込む事件も多かったそうじゃからの」


「それに、もし魔物が溢れたらここが防衛線になるからね」


 迷宮内では常に魔物が生まれ続けるため、内部に居場所を失った魔物が地上に押し出される大量発生スタンピードが稀に起きる。冒険者が頻繁に潜るようになった現在では滅多にないが、過去には年に数回の頻度で溢れたこともあるそうだ。


 他愛もない話をしているうちに審査が終わり、五人揃って正門の前に立つ。開け放たれた十mはあろうかという巨大な鋼鉄の門。横にも似たような門が並んでいるが、そのサイズは端に行くにつれて少しずつ小さくなっていた。恐らく、あれが直通門なのだろう。


「よし、行こう」


 大勢の冒険者に続いて門に足を踏み入れると、そこは緩やかに下る階段になっていた。壁そのものが淡く発光しているらしく、薄暗いが、ランタンが必要なほどではない。


「……………………」


 まだ魔物が出現するような場所ではないと頭では分かっているつもりだが、その異様な雰囲気に飲まれてしまいそうだ。周囲を歩く冒険者たちの顔にも薄く緊張の色が浮かび、皆一様に口数が少なくなっている。


 いよいよだと気迫を込めて頬を叩いていると、緊迫した空気を破るようにクロスが尋ねた。


「おい、これは何処へ向かおうとしている? 何故地下にもぐる」


「今さら何言ってんだよ。だから迷宮だって」


「………………地下に、竹藪たけやぶがあるのか?」


「「「「「はあ?」」」」」


 その頓狂とんきょうな質問に、フランツたちだけなく、周囲で聞いていた他の冒険者たちからも当惑の声が上がった。

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