第13話 お侍さん、宿を見つける

 黒須は拾った首飾り、もとい冒険者証をディアナに渡し、覚えている範囲で集落の場所や特徴を伝えた。深い森の中なので曖昧な位置しか教えられなかったが、アンギラの冒険者たちは魔の森に精通しているため、大凡おおよその特徴さえ分かれば辿り着けるのだそうだ。あれだけ広大な森を目印もなく進むとは、仕立飛脚も真青まっさおである。


「ギルドから調査依頼を出して詳しく確認します。集落の規模に応じてクロスさんには特別報酬が出ると思いますので、また追ってご連絡させていただきますね」


 あの集落を潰したのは冒険者になる前だったが、直近の出来事だったので報酬の対象にしてくれるらしい。


「それと、これも拾ったのだが…………」


 おずおずと差し出したのは、少しばかり目減りしてしまった皮袋。つい先ほど我が物顔で登録料を取り出したばかりなので居心地が悪いが、持ち主が判明した以上は黙って懐に入れる訳にもいくまい。


「いえ、それは魔物の巣に落ちていた物ですので、拾ったクロスさんに所有権があります。そのままお持ちください」


「…………そうか」


 遺品をもらい受けるのは猫糞ねこばばのようであまり気分のいいことではないが、返金しようにもこの国で使える金は持っていないため、正直助かる。


「では、脱線してしまいましたが、次に冒険者ギルドの規則について説明しますね」


 規則はさほど難しい内容ではなかったのだが、"A"や"B"、"ランク"など、くだんの御国言葉が何度も登場したため、理解するクロスとさせるディアナ、互いに努力が必要だった。


 ディアナの説明を要約すると、


 ・冒険者ギルドとは国を跨いだ大組織である

 ・冒険者はG~Sの八つの等級ランクに格付けされる

 ・依頼にも難易度に応じてG〜Sの格付けがあり、冒険者等級と同じか、その上下のものしか受けられない

 ・依頼に失敗すると、依頼ごとに定められた違約金を支払わなくてはならない

 ・魔物にも危険度に応じてG~Sという格付けがあり、冒険者等級とは同級の魔物を単独で倒せるかどうかという目安である

 ・冒険者等級の査定には依頼の達成率、ギルドへの貢献度、本人の素行などが加味されるため、単に戦闘能力が高いだけでは昇格しない

 ・冒険者ギルドが発出した強制依頼を拒否することはできない

 ・法を犯した場合、長期間依頼を受けなかった場合、強制依頼に応じなかった場合には、冒険者等級の降格や冒険者資格を剥奪される処罰も有り得る


 とのことだ。


 長々と説明させておいて何だが、黒須は元来人の決めた法度はっとに従うことをよしとしない性分のため、この規則にはあまり関心を持っていなかった。身分証欲しさに登録しただけであって、冒険者として立身出世したい訳ではないのだ。街が魔物に襲われるようなことがあれば戦うのもやぶさかでないが、それはくまで自らの意志。ギルドの命令に従うつもりは更々さらさらない。


「これで登録手続きは完了です。クロスさんは登録したばかりなので最下位のGランクですが、巨人トロルの討伐が実績として換算されますので、小鬼の集落討伐が確認されればすぐにFランクには昇格されると思いますよ」


「そうか。……フランツ、お前たちの等級は?」


「俺たちは全員Eランクだよ。ほら」


 フランツが胸元から取り出した冒険者証は、厚みのある立派な銅板でできていた。簡単な装飾も施されており、それなりの値打ち物に見える。


「俺のとは違うな」


「冒険者証は昇格するたびに石、鉄、銅、銀、金という具合に高価な素材に変わっていく。これなら一目でその者のランクが分かるじゃろ」


「なるほど、刀の格のようなものか」


 都の公家くげ連中がきらびやかな糸巻太刀いとまきたち、父上のような大侍おおざむらいが差す金蒔絵きんまきえの家紋をほどこした名刀初代めいとうしょだい、浪人が持つお国刀くにがたな御家人ごけにんどもが持つ数打かずうち、町人が護身用に持つ小刀しょうとう博徒ばくと侠客きょうかくが持っている長ドスなど。


 日本においても、身に付けている刀剣を見れば身分は一目瞭然となっている。たまに見栄を張って身の丈に合わない刀を差す不届き者もいるが、露見すれば罪に問われるため、基本的には信用出来るものさしだ。


「アンギラはどの冒険者証でも出入りに金は取られねえが、GランクとFランクは駆け出しルーキー扱いだからな。提示しても通行税を取られる街もあるから気をつけろよ」


「"駆け出し"か。心得ておこう」


 この歳になって新米扱いとは。体内に流れる負けず嫌いの血がうずきそうになる。


 ディアナに礼を言って別れ、次に端の窓口で巨人と森狼の素材を売却した。先ほどの冒険者が手続きをする場所以外に、素材の買取、依頼の発注、雑貨の販売と、役割ごとに四つの窓口に分かれているようだ。


 買取窓口の受付には中年男性が座っていた。やや強面こわもて金柑頭きんかんあたまだが、普通の人間に見える。


「登録したての駆け出しルーキーが巨人討伐とは恐れ入ったぜ。特別報酬が金貨三枚、皮と魔石の買取額が合わせて金貨四枚だ。お疲れさん」


 大判小判おおばんこばんとは価値が違うと理解しているものの、これだけの金貨を手にするのは初めてだ。マウリがそこそこの金になると言っていたが、まさにその通りだった。


「フランツ、お前らの毛皮は銀貨六枚だな。今年はまだ"白"は出てきてねぇからよ。次も頼むぜ?」


「うー……。やっぱり金貨には届かなかったかぁ」


 皆して項垂れていることから、彼らの方はあまりいい成果ではなかったらしい。


「では、約束通り折半だ」


 受け取った金貨七枚のうち、素材の代金の半額、金貨二枚をフランツに手渡す。


「えっ? 約束は皮のお金だけだよ。これじゃ俺たちがもらいすぎだ」


「道案内だけの約束が、色々と教わってしまったからな。その礼だ。それに、お前たちがいなければどのみち捨て置いていたはずのものだ」


「そういうことなら……。遠慮なく受け取らせてもらうよ。ありがとう!」


「これで今月のお家賃は何とかなりますね!」


「パメラ、お前装備の修理代のこと忘れてんだろ。これでも結構ギリギリだぜ?」


「じゃがまぁ、一時凌ぎにはなるわい」


 拾った皮袋の残金と合わせると、これで黒須の所持金は金貨十一枚、銀貨六枚、銅貨八枚だ。宿の素泊まりが銀貨三枚で足りると言っていたので、これだけあればしばらく生活するには困らないだろう。


 金の価値を聞くと、銅貨十枚で銀貨に、銀貨十枚で金貨に、金貨十枚で白金貨になるそうだ。白金貨は額が大きすぎて街で暮らす者には敬遠されるため、基本的には金貨以下で持っておいた方がいいと助言された。


「クロスさん、この国に来たばかりなのにお金持ちですねぇ」


「そうなのか? この辺りの物の値がよく分からんから、あまり実感はないが」


「それなりの小金持ちじゃな。もし使う予定がないのなら、買取の窓口で金を預けておくこともできるぞ」


 冒険者証で預けた額を管理しており、窓口で頼めばいつでも預けた金を引き出せるらしい。黒須は大金など持ったことがないのであまりその恩恵は理解できなかったが、大金をジャラジャラと持ち歩くのは確かに不便なのかもしれない。


 ギルドを出る前に掲示板に貼られた依頼書をいくつか読んでもらったが、Gランクが受けられるのはどれも銅貨数枚という報酬の安い物ばかり。こんな金でどうやって生活するのかと不思議に思えば、低ランクの内はこれらの依頼を複数掛け持ちして達成するのがコツなのだとか。森狼フォレストウルフ小鬼ゴブリン討伐を両方受けておけば、一度の遠征で同時に達成できるという訳だ。


 ……冒険者としての格付けにはあまり興味が湧かなかったが、生活するための金を稼ぐには等級を上げた方がよさそうだな。


 冒険者証に髪を結うための組紐を通し、首から下げる。こうやってすぐに取り出せるようにしておくのが冒険者としての流儀りゅうぎらしい。


「これで俺も今日から"冒険者"か」


 冒険者証を見つめながら、今日聞いた内容を思い返す。


 ディアナが言うには、あの巨人ですらCランクの魔物なのだという。つまり、危険度は上から四番目。まだまだ上がいるということだ。それに、魔物だけではない。聞くところによると、冒険者の最高位、Sランクとは一人一人が一軍に匹敵するほどの強者なのだとか。


 聞けば聞くほど、知れば知るほど、この国は、このちまたは、


 魔物、冒険者、他種族。他にもまだ見ぬ猛者がいるのだろう。一切衆生いっさいしゅじょう、挑む相手には事欠かない国だ。戦う相手に飢えていた身の上で、こんなに嬉しいことはない。


 この街は冒険者の楽園と呼ばれているそうだが、自分にとっても楽園になりそうだ。一度は家に戻ることも考えたが、この国でならきっと。きっともう少し旅を続けられる──────


 冒険者ギルドの前で、黒須はフランツたちに向き直る。


「フランツ、パメラ、バルト、マウリ。街までの道案内、助かった。俺は宿でも探しに行こうと思う。しばらくはこの街に留まるつもりでいるから、またいずれギルドで逢うだろう。色々と教えてくれて、有難ありがとう」


 彼らとの旅路は短かくも楽しかった。名残惜しいが、出会いと別れは旅の常だ。別れを告げて宿を探しに歩き出そうとした矢先、背後から声を掛けられる。


「クロス、それなんだけどさ……。よかったら、俺たちの所に来ないか? 俺たち、安い家をパーティーで借りて住んでるんだ。部屋も余ってるから、クロスがまた旅に出るまで好きなだけいてくれて構わない。どうかな?」


「願ってもない話だが……。その、いいのか?」


 黒須はチラッとパメラに眼を向ける。誘いは有難く思うが、彼らのパーティーには婦女子がいるのだ。どこの馬の骨とも分からない男を泊めて、本当に大丈夫なのだろうか。


「実は昨日みんなで相談して、誘ってみようって決めてたんですよ! クロスさんってこの国のこと全然知らないでしょう? このまま放っておけませんよ!」


「それに、ただの善意ってワケでもねえぞ。もちろん家賃は払ってもらうし、俺らにも打算があるんだ」


「打算か。俺に何を求める?」


「儂らはお前さんにこの国の常識や冒険者としての知識を教えよう。その代わり、お前さんには儂らに稽古をつけて欲しいんじゃ」


「俺たち、冒険者としてもっと上を目指したいんだ。今回、巨人との一戦で力不足を実感したからね……。クロスさえよければ、臨時のパーティーメンバーって待遇で迎えたいんだけど、受けてくれるかな?」


「……そういうことなら、厄介やっかいになろうと思う。引き続き、よろしく頼む」


 そう言って、黒須は彼らに向かって頭を下げる。


 彼らにはきっと、この動作の意味は伝わらないだろう。黒須が家族以外に対して頭を下げたのは、これが初めてのことだった。


 俺が人に頭を下げたなどと知ったら、父上は何と言うだろうな──────

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