第12話 お侍さん、冒険者になる

 ──────この女、何者だ?


「…………………」


「あ、あの……?」


「クロスさん、どうしたんですか?ディアナさんの美しさに見とれちゃいました?」


 いや、どうしたもこうしたもない。俺だけか、違和感を持っているのは。


 ディアナという受付を凝視する。

 窓口に近づいて初めて気付いたが、ディアナの頭には獣のような大きな耳が生えていたのだ。髪飾りかとも思ったが、その耳はピコピコと動いており、とても作り物には見えない。


 耳以外は普通の人間に見えるが…………

 この女はあの巨人と同じ、魔物ではないのか?


 刀の柄にそっと手を掛け無言のまま横を見る。が、フランツたちは何の疑問も抱いていない様子だ。ディアナと目を見合わせて不思議そうな顔でこちらを見ている。


 異国に来たのだと確信した時点で、黒須は多少の文化風習の違いは受け入れようと覚悟していたつもりだった。しかしまさか、人の頭から耳が生えているなどと誰が予想できようか。こんなものは断じて文化の違いで済まされるような話ではない。


 ────……いや、俺の覚悟が足りなかったのか?


 魔物という妖怪変化が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする国に来てしまった以上、故国の常識は通用しないと考えるべきかもしれない。この地において、彼らから見れば自分の方こそが異人。"郷に入っては郷に従え"という言葉もあるように、ディアナの正体が何だとしても、この国でこれが常識なのならば受け入れる度量が必要だということなのだろう。


 ……今後、異国とは人外魔境だと思うことにしよう。


「────いや、何でもない。冒険者への登録を頼めるか?」


 髪に隠れて見えない普通の耳が一体どうなっているのか、無性に気になって仕方がなかったが、どうにか平静を装って会話することに成功する。


「は、はい、分かりました。では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いできますか? 書けないところは空欄で結構ですので。それと登録料として銀貨五枚をいただきます」


「あっ、彼は文字が読めないので代筆をお願いできますか?」


「そうなんですね。かしこまりました」


 フランツが気を利かせてくれ、ディアナは出しかけた紙と筆を引っ込めた。黒須は持ち主不明の皮袋から登録料を取り出して手渡す。審査の窓口で銀貨がどの硬貨かは把握していたので、今回は特に迷うことはなかった。


「それではまずお名前から教えてください」


黒須元親くろすもとちか。姓が黒須、名が元親だ」


 フランツたちによれば、この国でも名字は限られた身分にのみ与えられる習慣なのだとか。そして名乗る際は名を先に、姓を後にする風習だという。武士において重要な名乗りを変える気はないため、それに関しては知ったことではないが。


「お名前はモトゥーティ……ん? モトティカ……さん? 失礼しました、モトゥーティカ・クロスさんでよろしいでしょうか?」


「違いますよ、ディアナさん。彼の名はムゥートテッカ・クロスです。それで登録してくださ────」


「いや、クロスだ。ただのクロスでいい」


 どうも元親という名は発音し難いらしく、フランツ達と出逢った時にも似たようなやり取りがあった。


「クロスさんですね。では次に……ご年齢は?」


「確か、今年で二十七になるはずだ」


「へぇ……。お前、意外と歳いってんだな」


「私と同じくらいかと思ってました!」


 外野が喧しいが、確かに黒須はどちらかというと母に似た童顔で若く見られることが多い。死合う相手にもそれで油断する愚か者がおり、斬り伏せながら人を見掛けで判断することの危うさを学んだ。


「ご出身は?」


日本国にほんこくだ」


 ディアナは聞き慣れない国名に少しばかり首を傾げていたが、特に聞き返すこともなく筆を進めた。


「種族は人間族ヒューマンでよろしいですね」


「…………"種族"とは何だ?」


「「「「えっ?」」」」


 黒須の問いかけに、ディアナだけでなくフランツたちまでも目を丸くする。この反応から察するに種族とは知っていて当たり前の常識なのだろうが、『お前は人間か』などと尋ねられる意味が分からない。


「クロス、お前……。なぁ、もしかしてニホンって人間しかいなかったのか?」


「人間しか? どういう意味だ」


「のぉ、クロスよ。儂を人間だと思うか?」


「……急に何を言い出すのかと思えば。当然だろう」


 バルトからの突拍子もない質問に、黒須は怪訝に思いながらも素直に回答する。しかし、次に彼の口から飛び出したのはさらに突拍子もない話だった。


「やはりか……。クロス、儂は人間ではない。鍛治人ドワーフという種族じゃ。それに、マウリは旅行小人ハーフリング、ディアナは犬獣人クーシー。それぞれ人間族とは異なる種族じゃ」


「……すまんが、何を言っているのかまるで分からん。俺にはお前たちが人間にしか見えない。何が違うと言うのだ」


「儂ら鍛治人は人間に比べると総じて背が低く、力が強い。それと少しだが寿命も長くての。百五十年ほど生きる者が多い。儂はまだ四十歳に差し掛かったばかりの若輩者じゃがの」


四十しじゅう、だと……?」


 黒須の眼からはバルトは古希七十とおに超えた老人に見える。確かに、街までの道中では年の割によく弱音も吐かずに自分たちの歩調に着いて来られるものだと感心していたが、それは冒険者という特殊な職業がゆえの体力だと思っていた。


 しかし、バルトが言うには鍛治人は若い頃からずっとこんな見た目なのだそうだ。その証拠に──────


「ほれ、あそこでんどる鍛治人。アレなんぞまだ二十歳はたちにもなっとらんわい」


 指差したのは食堂で豪快に酒盃を傾けている男。正直、バルトと瓜二つの老人だ。ほとんど見分けがつかない。違いと言えばひげが茶色く、編んでいないという部分だけだ。


「あー……なんか分かった気がするぜ。クロス、お前さ。俺のこと何歳いくつだと思ってる?」


「十かそこらだと思っていたが……。違うのか?」


「やっぱりかよ!! 妙にガキ扱いしてくると思ったぜ! お前まだ二十七だよな? 

 俺は三十五だ! お前より年上だっ!!」


 ──────バルト以上の衝撃だ。


 彼らが嘘偽りを述べているとは思わないが、こんな小さな子供が年長者という事実はどうにも受け入れ難い。半信半疑におちいっている黒須を余所よそに、マウリ以外の面々は大笑いしている。


「プッ……お、落ち着きなよマウリ。ふふ……。クロスに、説明してあげないと。……ブフッ!」


「ちっ! 小人族は鍛治人と寿命は変わらねぇが、見た目の件が真逆の種族なんだよ! 俺らは百歳を超えた辺りから急激に老けるが、それまでは若い見た目のままだ」


 それは何とも羨ましい限りだが…………

 まさか、フランツやパメラもこう見えて高齢なのか?


 そう思い、黒須はバッと彼らを振り向く。


「えっと……。何を考えてるのか大体分かるけど、俺とパメラはクロスと同じ人間族ヒューマンだからね。見た目通りの年齢だよ。ちなみに俺は二十二歳」


「私は十八歳ですよ!」


 よかった。今度は『俺、実は百歳なんだ』とか『私はまだ三歳です!』などという言葉が飛び出して来るかと思ったが、彼らは普通の人間なのか。


「あとは……。これだな」


 マウリは履物を脱いで素足になる。その足には足裏からくるぶしの辺りまで、髪と同じ色の巻き毛が生えていた。


「俺はケガが怖えからいつもブーツを履いてるが、物音を立てたくねぇ奴は素足のまま歩いたりする。人間よりも身軽で素早く動けるのも旅行小人ハーフリングの特徴だ」


 マウリの説明が終わったため、黒須はディアナに眼を向ける。


「あ、やっぱり私も説明する流れですよね……。えっと、私は犬獣人クーシーという種族です。五感、特に嗅覚が人間族よりも優れていて身体能力が高いのが特徴ですね。私のように体の一部に獣の性質を持つ者を総称して獣人族セリアン・スロープと呼びます。最も多様な種族と言われていて、狼獣人ウルガルド猫獣人ケットシー獅子獣人レオパルドスなど、色々な種族がいますよ」


 ………やはり、異国は摩訶不思議だ。


 彼らが言うには、他にも沢山たくさんの種族が存在しているそうだ。鍛治人や旅行小人より遥かに長命な種族もいるらしく、この国では人を外見で判断しない方がいいと助言を受けた。


 兵法者としては当たり前の教訓だと思っていたことだが、『そんなことは分かっている』とはとても口にできる心境ではない。教えられた内容がまだ完全には腹に落ちず、一人で悶々と考え込んでいるうちにディアナは登録作業を終えたようだ。


「では、こちらがクロスさんの冒険者証です。これは身分証としても利用できますが、紛失された場合は再発行に銀貨五枚が必要となりますのでご注意ください」


 ともかく、これで身分証の件は解決だ。


 少々気疲れしつつディアナから冒険者証を受け取り、そこでとあることに気が付く。彼女が渡してくれた冒険者証は小さな石板に異国の文字が細々こまごまと彫り込まれているのだが、黒須はこれと似た物を持っていた。


「森の中の集落で拾ったのだが、これも冒険者証か?」


 打ち飼いから拾った首飾りを取り出して見せる。


「それは……。クロス、集落ってどんな場所だった?」


「お前たちと出会った所から少し離れた場所にある小さな集落だった。小柄な者たちが大勢住んでいたが……。その、襲い掛かってきたので、止むを得ず殲滅した」


 まずい。あの者たちを斬ったのは、ここが異国だと知る前だ。この国では罪に問われるかもしれない。


「それって、緑色の肌で耳の長い生き物だったんじゃねえか?」


「そうだ。集落の中に人の首が転がされていたので、追い剥ぎの里だと思ったのだが…………」


「それ、小鬼ゴブリンって魔物だよ。あんな所に集落があったなんて……。何匹くらいいた?」


 ……あれも魔物だったのか。


 黒須は一気に魔物とそれ以外の基準が分からなくなった。巨人のように一目で異形いぎょうと分かるものならまだしも、小鬼は奇怪な風貌ではあったが一応は人型。身なりを整えて着物を着せれば体格はマウリと相違ない。頭から耳の生えているディアナの方がよほど異様な人外に見える。


 あれを魔物と呼ぶのなら、他種族と小鬼との違いは何なのか。理性の有無か、知性の有無か。それとも、巨人の心臓から出てきた"魔石"という宝石の有無か。


 人の腑分ふわけに立ち会ったことはないが、常人の腹の中にあのような石が埋まっているとは寡聞かぶんにして聞いたことがない。敵意を持って向かって来るのなら人でも魔物でも斬り捨てるだけだが、いずれにせよ、どうやら想像以上に曖昧な線引きだ。


「小柄なのが三十ほどと、大柄なのが一人いたな」


「大柄、小鬼頭ホブゴブリンがいたのか。……ディアナさん」


「……ええ、確認しました。これはFランクパーティー"フルムントの剣"の皆さんの物です。最近見ないと思っていたのでその可能性は考えていましたが……。クロスさん、ありがとうございます。これはギルドから遺品として彼らの縁者えんじゃに届けさせていただきます」


 何にせよ、身元が分かってよかった。これで彼らも少しは浮かばれるだろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る