第17話 アーティカ

 朝がやってきた。

この付近の広大な土地を囲むように連なる山々の頂上から、顔を出すように太陽が現れ、そしてムスターヒ村全体を照らしてくれる。

それは同時に、この村に住む人々の目覚まし時計と同じ意味合いを持つ。


「ん、んん……」


 村に住む人々が目を覚まし、ベットから起き上がり始めた頃と同時にフィーダも目を覚ました。

しばらく瞬きをしていると、段々と目の前の視界が良好になっていく。

フィーダの目に最初に映ったものは……バーブノウンだった。


「――――」


 彼と出会ってからもうすぐ1週間、まだ短い期間ではあるが、今のところ彼の寝顔は毎日見ている。

いつも優しい顔をしているが、寝ている顔も優しい。

そして可愛らしい。

 そんな彼の寝顔を、フィーダはしばらくじっと見る。

そう、これが彼女の中で最近やり始めたモーニングルーティンなのである。


「バーブ、今日も可愛い」


 この言葉も彼女のルーティンである。

しかし、今日はちょっと違った。

それは何故か?

昨日の夜の出来事があったからである。

 体に違和感があり、目を覚ますとバーブノウンがフィーダを移動させていた。

その時、思い切り自分の体を触っていたのだ。

仕方のないことだが、やはり乙女心たるもの当然気にしてしまうし、本来なら嫌がってもおかしくない。


(でも、何で……逆に嬉しかったんだろう……?)


 1人で旅立つ前はずっと身内だけしかいない場所で過ごしてきたフィーダは、触られて嫌という感情には疎い。

しかし、全く嫌じゃないと言われるとそうでもない。

多少はそういう感情は本能的なもので身についている。

 しかし、何故かバーブノウンだと全く嫌ではない、むしろ嬉しく思ってしまった。

フィーダにはよく分からなかった。

自分のことは、一番自分が理解しているはずなのに……。


「んっ……あれ、フィーダ起きてたんだね。おはよう」


「ん、おはようバーブ」


「――――あれ!? 僕フィーダにこれだけ近づいていたの!?」


「――――うん、目を覚ましたらバーブが目の前にいた」


「わああああ!! 僕も寝相悪いじゃん!」


 頭を抱えて叫ぶバーブノウン。

こうして、彼をちょっとからかうのもまたフィーダのルーティンである。










◇◇◇










「じゃあフィーダ、行ってくるね」


「いってらっしゃーい」


 バーブノウンは男たちに誘われ、これから狩りに行くことになった。

実はバーブノウンは狩りの経験があるため、それを本人から直接聞いた狩人は彼も仲間にしようとしたのだ。

しばらく弓や槍を扱っていなかったバーブノウンは、たまには魔法に頼らない方法も良いと思い、同行することになったのだ。

 そんな彼らの後ろ姿を、フィーダは手を振りながら見送った。

それはフィーダだけではなく、これから狩りに出かける男たちを見送る婦人たちもいた。


「じゃあフィーダ、わたしたちもお仕事しましょうか!」


「うん、頑張る!」


 気合を入れて、服の袖を捲るフィーダ。

彼女はバーブノウンと正反対に、まだまだ人間の日常・常識について知らないことがたくさんある。

これから人間と上手く付き合っていくには、家事などの仕事も覚えさせていかなければいけない。

そう思った婦人たちは、フィーダに洗濯や料理などの家事を中心に教え始めたのだ。

 フィーダも人間の日常には興味があったため、婦人たちと一緒に家事の仕事などを手伝うようになったのだ。


「こうやって、こうやったら……出来上がり」


「フィーダちゃんだいぶ出来るようになったんじゃない?」


「本当? 毎日やってたらだんだん覚えてきた」


「うんうん! これを覚えとけば、きっと役に立つから!」


「役に立つ……。バーブにやっても役に立つかな?」


「もちろんよ!」


 グッドサインをフィーダに見せる婦人たち。

フィーダにこのような家事仕事などを、真剣に教えている理由……それは、バーブノウンとの関係に期待しているからである。

 それはそうだ。

若い男女が、あれだけ仲良くしていたら期待してしまうに決まっている。

 しかし、フィーダはそのような感情には縁がない。

確かにバーブノウンのことは好きだ。

だが、その『好き』というのは、彼女にとって『like』に近い意味になる。

ということは、婦人たちの期待通りにはならないのである。


「ねえねえ! フィーダはバーブノウンとどうやって知り合ったの?」


 婦人たちの中で、1人だけ若い女性がいた。

見た目から判断すれば、バーブノウンと同じ歳くらいである。

 彼女の名前は、アーティカ。

見た目通り、バーブノウンと同じ16歳の若い少女である。

パッチリとした目、そしてこの村の女性たちでは唯一のショートヘアだ。

 彼女もバーブノウンやフィーダとは同年代に匂いを嗅ぎつけ、気になっていたのだ。

アーティカから積極的に話しかけ、まずはフィーダと親しい関係になることが出来るようになった。


「わたしが偶然通りがかった時に、バーブが倒れているのを見つけたのが最初」


「えっ!? バーブノウンくんが倒れてたってどういうこと!?」


「え?」


「バーブノウンくんが倒れてた……?」


 一気にその場がざわついた。

数々の危機から救ってくれた、英雄のような存在でもあるバーブノウン。

そんな彼が倒れている姿を想像出来なかったからである。


「バーブってわたしと並ぶくらい強いけど、それに気づいたのは最近。それまで自分の力に気付かずに、勇者パーティ? っていうところにいたみたい」


「勇者パーティって……すごいところにいたのね」


「そんなにすごいところなの? わたし、全然知らない」


「勇者パーティっていうのは、その国では英雄扱いされるような存在よ! つまりね? バーブノウンくんはもともと国から信頼されるくらいの実力を持ってたってこと!」


「――――!」


 アーティカにそう言われた瞬間、フィーダは1つ気づいたことがあった。

バーブノウンから聞いた勇者パーティというものは、実はとんでもないものだったのだと。

しかし、そんなところに所属できるほどの実力を持っていたのに、彼は何故追放されることになったのかということだ。

 バーブノウンが倒れているところを見かけ、看病し、彼が目覚めた時に聞いた話。もともと病弱で寝込んでいる生活を送っていたバーブノウンに苛立ちを覚え始めたパーティメンバーが、一同になって自分を追い出したと言っていた。

しかし、アーティカに言われたことも踏まえて考えると、バーブノウンのような人物を、わざわざ追放させる必要があったのだろうかと疑問に感じた。


「ねえアーティカ。バーブの名前を聞いて、知ってたりとかしない?」


「え? うーん……どこにいたとか分かったりする?」


「えっと……マカル、だったかな」


「ま、マカル!? マカルかぁ……」


「――――?」


 アーティカは正直驚いていた。

マカルと言われたら、誰もが憧れる大都市。

この一帯では一番大きな都市であり、王国の中心でもある。

アーティカ自身も、絶対に行ってみたい場所の候補の1つでもあるのだ。


「マカルの勇者パーティ――――あ、もしかして『ロレンスパーティ』かもしれない」


「ロレンス、パーティ?」

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