第3話 私の怒りと悲しみ

   

「うん、全て読む必要はないよ。どうせ最初から、大賞は決まってるんだから。大学時代の文芸部の後輩、あいつが応募してる以上、絶対あいつにしなきゃ駄目だ」

 青天の霹靂とは、まさにこのことだ。

 私は自分の耳を疑ってしまう。

 しかし続く言葉は、今のが聞き間違えではない証だった。

「大賞以外の優秀作品? それこそ適当で構わないさ。いつも通り、最初の数十作品だけ読んで、その中から選んでおけばいい。どうせ最後の方で出してきたやつなんて、ギリギリになって書いた駄作だからな」

 とんでもない話だった。

 私はいつも、コンテスト開始すぐくらいの時期に書き始めるけれど、何度も推敲を重ねるために、しばらく寝かせておく。だから実際の投稿・応募は、応募期間が終わる直前だ。

 今の「いつも通り」という言葉が本当ならば、私の応募作品は、一切読まれていなかったことになる!

 さすがに受け入れ難い発言内容であり、すぐに心の中で「待てよ?」と反論が湧き上がった。

 これまでの短編コンテストでは、私と同じ時期に応募した作品の中からも、優秀作品に選ばれたものがあったはず。今の話が本当ならば、そうした過去の事実と矛盾するではないか!

 しかし、一瞬見えた希望も、次の言葉で打ち砕かれるのだった。

「うん、確かに不誠実な対応だが……。いいんだよ、こっちだって仕事だからな。いや、君がどうしても数十作品以降も読みたいのであれば、止めはしない。ただし、業務時間外にやってくれ。家に帰ってから、自分のパソコンで」

 どうやら『Jeder Stern』の上司に逆らって、なるべく応募作品をたくさん読もう、という選考委員もいるらしい。

 だとしても「業務時間外に、家で自分のパソコンで」という時点で、真面目に審査される確率は低くなりそうだ。私と同じ時期の応募で優秀作品に選ばれたのは、読んでもらえただけで運が良かった上に、よほど出来も良かったに違いない。

「そう、君だって担当作家を何人も抱えて、忙しいだろ? しょせん『Jeder Stern』は客寄せのためにやってるサイトだぞ。そっちに時間いちゃ駄目だ。そんな暇あったら、担当作家に売れる本を書かせろ! それを『Jeder Stern』で宣伝して、こういうの書けば自分もデビューできると思わせて、『Jeder Stern』ユーザーに買わせろ! わかったな?」


 男の語気が荒くなっていく。

 融通の効かない部下に対して、腹を立てているのだろう。

 しかし、怒りたいのは私の方だった。

 今まで真剣に小説を書いて、投稿してきたのに……。

 コンテスト受賞を夢見て、応募してきたのに……。

 サイト側では、『Jeder Stern』ユーザーを、本を売りつけるためのカモとしか思っていなかったなんて!

 サイトで開かれているコンテストも、知り合いに受賞させることが決まっている出来レースだったなんて!


 私が今までやってきたことは、何だったのだろうか?

 怒りを通り越して、悲しくなるくらいだった。

 ふと、漫画や小説に出てくるワンシーン、男女の別れの愁嘆場が頭に浮かんできた。

 今ならば「私の三年間を返してよ!」と泣き喚くヒロインの気持ちもわかる気がする。

   

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