第四四話 戦いの終わり

「許さない……」


 ツキが立ち上がる。痛みなんかもうどうだっていい。


「絶対に……」

「───許さないッ!!」


 バシュン、バシュン、バシュン、探照ライトが一斉にドミネートを照らし上げた。

 まるで舞台演出のように……。ただでさえ町は明るいのに、眩しくて少し目を細める。


「何かな、この鬱陶しいライトアップは」

「企みがあるってこと?」


 フラリと姿勢を戻し、右眼は青く瞬いた。


『ツキ、ライトの調子はいい感じか』


 イヤホンからアカゲの声が聞こえた。


「ああ」


「へえ、それは楽しみだね。ユクエ君はこんな感じになっちゃったのに」

「せいぜい楽しませてよ、キミの最期の瞬間」


『とりあえず、湖の上へ誘導するんだ。舟は出してある』


「───わかった」


 バッと走り出して、ドミネートへ向かうツキ!!かと思いきや方向転換して柵を飛び越えた……!!

 向かうは光を反射して綺麗に輝く夜のダム湖!!


「えーと、ついていけばいいのかな」


 ドミネートも続けて身を投げる……!!しかし探照ライトが絶えず自分の身体を照らしてきていた……!!


「これだけ謎に意味分かんないんだよね……眩しいからやめて欲しいんだけど」


 真下には飛び石のように浮かんだいくつもの舟が!!

 バシャ、とツキは着地して、再び跳んだ!!

 弾丸のように迫り来るツキの斬撃をドミネートは寸前で躱す!!

 ドミネートには、水上戦に持ち込まれる狙いも分からなければ、ライトで絶えず照らされる意味も分からない!!なんだこれは、一体ツキは何を考えている……?

 バシャ、着地、跳び上がって、斬撃。この単調な流れを凄まじいスピードで繰り返している……!!


「あのさあ!これ詰まんないんだけど!いつまで続けんのー!」


 声を張って呼び掛けるが、ツキは一切応じない。


「眩しいんだけど!これ何の意味があるのー!」


 段々ドミネートが可愛らしく思えてきて、ツキはつい笑みが溢れてしまう。

 着地、跳び上がって、斬撃、躱される。しばらく繰り返して、明らかにドミネートは飽き始めていた。

 するとイヤホンからアカゲの声が。


『そろそろ頃合いですかね、高橋さん、鐘お願いします』


『こちら、高橋。了解です、鐘鳴らします』


 知らんオッサンの声もする。

 その時……。


 ゴーン……。


 遠くの方で重たい鐘の鳴る音がした。なるほど、この音か。

 ドミネートもツキの刃を避けながら鐘の音に気付く。

 というかとにかく眩しい!


「ねえ、この音もよく分かんないよ!」


 ゴーン……。


「また鳴ってるよー!」


 ゴーン……。

 ───3回目の鐘、それが合図だ!!


『全区画!!消灯!!』


 アカゲの声で、町の街灯も、探照ライトも、全ての灯りが一斉に落ちた!!

 どデカい月と美しい星空が空に浮かび上がるのをツキは見る。

 なんて綺麗な夜なんだろう。


 ドミネートは真っ暗になった周囲の視界に驚く……!!

 今まで散々照らされていた分、瞳孔が閉じっぱなしで暗くて見えない……!!

 ましてや雪もない湖の上、灯りのない夜の湖はまさしく深い闇。

 ツキは下に、ドミネートは上に、この位置関係はマズい……!!


「なるほど、これが狙いか……」


 ツキは一瞬にして闇に溶け込んだ。電機義眼の高性能カメラはナイトビジョンの役割を果たす。

 大昔の海賊はこぞって眼帯を付けたというが、夜襲に遭った際、眼帯を付け替えて、即座に夜目を効かせるためだという。そう……。今、ツキは海賊だ───。

 ツキの眼にだけ、世界はハッキリ視えている───!!


 ギュ、と舟底を踏みつけて、途轍も無いパワーを足に込める!!

 今までに無いスピードで、この一瞬に全てを込めて……!!

 アカゲを守るために───!!





 ダキュン─────────────!!





 颯爽とツキは飛び出した!!


「───よく考えたね、けど甘いよ」


 完璧かと思えたこの作戦。しかしながら、ドミネートには、見えているのだ……。

 ツキの煌々と光る青い瞳が、目を凝らせば白い髪だって見えてくる。

 流石に大人を舐めすぎだ。こんなものに易々と引っ掛かるワケが……。


「バーカ、囮だよ」


「───!?」


 そしてドミネートは理解した───。

 ……舐めていたのは、自分だったと。




「うおおおおおおおおおおお────────────ッ!!」


 


 暗闇からユクエが飛び出した。

 太陽の刃、五尺刀・烏輪夏暁を手に───。





 ザシュ─────────。





 これが最後の一撃。ドミネートの右肩から左脇腹にかけての袈裟斬り。

 深く、致命的な傷から、血が吹き出した。


 気付けば、政府特務隊は全滅。

 大きな犠牲を出しながら、多くの命が倒れ伏し、そして辛くも勝利していた───。

 戦いは、終わった。




「う、ぐ……」


 ドミネートは舟に落ち、ツキとユクエが2人がかりで拘束する。

 首根っこを掴まれ、足を踏んづけられるドミネート。


「い、痛いよ……。そんなにしなくても……逃げる気なんて無いし……」


「信用できない」


「そうです、信用できません」


「このまま帰っても、どうせ……殺されるだけ……だからさ……」

「ああ、ありがとうツキちゃん……ちょっと緩めてくれたんだね……」


 フン、とツキが顔を背ける。


「……それにしても、凄いトリックだね。確実に首は落としたハズなのに……」


 ドミネートはユクエを見上げて不思議がった。


「最初にツキさんと交代した後、僕はこの刀で自分の首を落としました」


 烏輪夏暁を握り、ユクエは説明する。


「そして、首と同じ大きさの石を拾って首に埋め込んだ後、くっつけました」


「……ああ、だからあの時声が……って」

「あのさ、自分で何言ってるか分かってる……?正気じゃないよ、キミ……」


「僕も最初は正気を疑いました。でも、あなたを欺くならこれしかないってアカゲさんに……」


 アカゲの言葉を思い出す。

 “ドミネートの言葉を真に受けるなら、首の皮だけ再生しないハズです。そこだけは我慢してもらって……”。

 アハハ……と石を手に持つアカゲ。確証はないけれど、脊髄さえ無事なら復活できるハズ。彼は確かにそう言った。その言葉を……信じた。

 ユクエの首の皮は繋がらず、横一直線の傷跡として赤く残っている。


「あー……冬崎アカゲのアイデアなんだ……。もしかして、ライトの手品も……?」


 湖の上に誘導して、大量の光を浴びせる。3回目の鐘が鳴った時、一斉に明かりを消す。ドミネートは暗さに対応できず一瞬隙ができ、そこを夜目の効くツキが最大火力で攻撃……と見せかけて、意識外から死んだハズのユクエが飛び出す。

 そんな作戦をアカゲは提示した。


「そうだ。みんなワケも分からず準備してたけど、私はアカゲを信じた」

「そしたら上手く行った」


「なるほどね……納得だよ……」

「キミたちの頭脳が冬崎アカゲだなんて、ズルいなあ……」


「全くです、あの人は凄いですよ。いろんな意味で」


「ふふん」


 ツキが自慢げに鼻を鳴らす。


「……そんで、ご機嫌のとこ悪いんだけどさ……ツキちゃん」


「……なんだ?」


「その身体、そろそろじゃない……?」


「あ……」


 自分の身体に複数の傷があって、立っているだけでもやっとだったことを思い出す。

アカゲの忠告通り、一時的に身体が麻痺して動けていただけ……そのことに気付いてしまったツキは……。

 意識が……。

 バタリ。


「……あーあ、倒れちゃった。最期のお別れぐらいしたかったんだけどな」

「う、ぐぐ……ゴホッゴホッ」


 強がっていたドミネートも、血を吐いて息を荒くする。

 その辛そうな様子に、なぜだか心配してしまう。


「……あのさ、ユクエ君……もしよかったら、放してくれないかな……?」


「逃げるつもりですか」


「……まさか。……逃げもしないし、危害も加えないよ……」

「ただ、キミたちにね……みっともない姿は見せたくないなと思ったんだ……」

「それに……早く仲間達に……会いたい……。作戦は失敗だけど……これで、みんな、自由だからさ……」


 段々と、息が辛そうになる。……そろそろ限界が近いのだ。


「分かりました。……あなたは最初から、嘘をついていませんでしたから」


 ユクエはそっと手を離す。


「ありがとね……。キミがトドメを刺してくれて……嬉しかったよ……」

「よければ、これ……使ってくれると嬉しいな……。もう……間に合ってると……思うけど……」


 カタカタと震える手で、乙二式短銃刀を手渡す。刀が二本になってしまった。


「あなたの力を借りたくなったら、使ってみます」


 ドミネートは、にっこり笑って、舟のへりに手を掛けた。

 ゆっくり立ち上がって、これが最期の挨拶。


「……実は生きてて……ピンチになったら、再登場とか……そういうのは……求めないでね……」

「それじゃ……ユクエ君、そしてツキちゃん、バイバーイ!」


 ザブン、と闇の中……ドミネートは沈んだ。

 しばらくの間、ユクエは月を見上げていた。大きくて、丸い月。

 これで、終わったんだ……。


AM2:59


 ───ツキを乗せた舟を漕いで、ユクエは夜風に吹かれた。

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