BLAZIER第一部-β版
先仲ルイ
BLAZIER
プロローグ
第一話 下界にようこそ
あー、えっと。ご紹介預かりました。冬崎です。大事な日なので、今日は日本語で失礼します。あ、ちょっと待ってくださいね、プロジェクターの具合が……。
よし、行けそうですね。では始めます。
───魂の重さが21グラムだとかいう、信じられない発表をした医師がいました。遡ること300年以上も前の話です。
要約すると「人間が死を迎えた瞬間、正体不明な体重の減少を確認した。その減少量が21グラムである」という話なんですが、これがまあどうにも信憑性が薄くて……あー、脱線しそうですね。……オホン。
───魂に質量がある、というのは面白い話なんですが、死んだ瞬間に身体から離れる……まあ、平たく言ったら「魂が拡散している」状態になるんでしょうか。21グラムもの質量を持った気体のようなものがですね、死後急激に密度が低下、体積が膨張……。これはちょっとロマンスに欠けますね。
よし、話を戻しましょう。
もし仮に、魂というスピリチュアルでオカルトな存在に質量があるというのなら、一つ大きな議題が上がります。
───“魂は、一体どこから来るのか”。
この問題をこれまで我々は解明することができませんでした。科学的にです。
魂が「生物の精神・自我」を司るモノであるならば、魂が無くちゃいけないのは例えば「産まれる時」でしょうか。あ、これは人間の場合で考えてます。
胎児の頃に魂が発育的に芽生えていくのか。それとも妊娠を経て母体から魂が与えられるのか。……死後の魂が拡散せず辺りを彷徨っていて、生まれる前の胎児に取り憑いちゃう!みたいなのも解釈として面白そうですよね。
魂は拡散しないのか、どこへ行くのか、どこから来るのか……謎は深まり解明は困難。打つ手ナシ……。
───というのが、あの日から苦悩してきた、“これまでの我々”でした。
前置きが長くなりました。
これからお話しするのは、この世の真実。
───世界の仕組みです。
-BLAZIER-ブレイザー
……。
後頭部にジンと痛みがあった。
霞む眼をぐりぐりと瞼の裏で動かして、口の中の砂粒をジャリジャリと感じる。
平衡感覚が分からず浮遊感があり、身体は疲れ弱ってうまく力が入らない。
肌寒い風がひゅうと、横になった白髪を揺らす。ブラックのスーツジャケットを撫で去る。
スウ、ハア……。
少しずつ瞼を開け、視界を馴染ませ。息を吸う。
分かるのは、自分が地面に横たわっているということ。
後は、目の前に“何かが見える”ということだけ。
……ゆっくり、ゆっくりと身体は現実に馴染む。
意識が明瞭になると同時に、目の前にあるものの正体が分かった。
───人の顔だ。
苦悶の表情を浮かべた男の顔がそこにあった。
どうやらソイツの顔には、鼻が無い。
鼻周辺の顔を形成する肉が、動物に齧られたように抉り取られている。
見たところ、これまた小汚い風貌のオジサンだ。
眼も開いたまま、肌は土埃にまみれ、半開きの口からは血が流れ……。
───待てよ、死んでいるのか。
そこでようやく理解した。目の前の鼻無しオジサンは死んでいる。
頭が次第に追いついてきた。
なぜ目の前に死体が?ここは一体どこだ?
というか、オレは今……。何も……。
「ケホッ……お、思い出せねえ……」
そう呟いた瞬間!
「ヒュ……」
と何か空気の漏れる音が死角から聞こえた……。
───近くに、誰か……いや、何かがいる。
音に気付いた途端、その気配がハッキリ掴めてきた。
急いで息を止める。
ピチャピチャリ。生々しくて嫌な音が聞こえる。
こんな時、オレは確かめられずにはいられない。
ゆっくり、ゆっくり息を吐く。吸う。顎を静かに引いて、音の正体を見てみようとする。なんだか不吉な予感が、既にじんわりと脳裏に染み込んでいた……。
グチャ……。何かが男の腹を喰っている。
2度瞼を閉じて、また見た。
浅黒く干からびた肌、骨と皮だけで存在しているような長身の“ヒト”。
身体をエビのように折り曲げて、ガツガツと手で死体の肉を引きちぎりながら口に運んで、グチャリグチャリと食べている。
「グ……」
顔を上げたソレと目が合い、ぎょっとした。生気を失ったように垂れる真っ白な髪の間、眼があるはずの場所は大きく落ち窪んで空洞になっている。吸い込まれるようなその奥は真っ暗で、よく見えない。
オーケー、まずは挨拶だ。
ン、と小さく咳払いをしてみる。
「コ……こんにちは……ハハ」
とりあえず話しかけてみたら、相手はそれにピクと反応した。
ひび割れた肌が癒着して歯茎が剥き出しになっている口が、大きく開いた。
笑っているようにも見える、奇怪な髑髏顔だ。
「ゴグァ……ジググ……」
「あ、えっと……初めまして、オレは、冬崎アカゲです」
アカゲは次の言葉を考える。
ちょっと失礼な表現だが、目の前の“彼”は割と怪物じみた見た目をしている。
言い表すには“ゾンビ”という言葉が、一番近いかもしれない。いや、“生きたミイラ”の方が正しいだろうか。
彼は本当に人間じゃないのかも……そう思えてくる。
だが、自分の中の先入観を捨ててこその冬崎アカゲ。
諦めず意思疎通を図ろう。
「えっと、最近……どうですかね、上手いことやってます?」
「ア……ァ、アァア?」
デカいカラスのような奇怪な声を出した。これは人じゃないかもな。
しかし冬崎アカゲは少し落ち着きを取り戻す。なんとなく、知性的で抑揚のある声の出し方……。もしかしたら、会話が可能かもしれない。
コミュニケーションを図ろうとする動物特有の発声方法……。意思の疎通ができるなら、怖がる必要はどこにもなかった。
「日本語、分かりますか?」
「オンゴゥ……アイグァ?」
ふむ、と考え込んだ。怪物は長い首をクイクイと動かしながらコチラの様子を窺うようにジッとしている。
うーん、と唸りながらアカゲは左肘を地につけ、ゆっくり上体を起こした。
「───アンタ、言葉、真似してるだけだろ」
ヒュ、と枯れて裂けた首の隙間から空気が漏れた。
「ァア、アアィイ。ィオ……」
「?」
「ギゲ……ァア、ィィゴォ……?」
「!」
“してないよ”と、そう聞き取れた!!
今までのパターンと違う、意思を持ったような声色……。アカゲはますます興味深々な顔をして目を輝かせる!これは興味深い体験だ、ぜひ───。
「おわっ」
いきなり怪物は身をグイっと乗り出した。
オジサンの死体の胸を右足でグチャリと踏み潰し、アカゲの顔を覗き込んだ。
ズズズと鼻先を顔に近づけて来る。
アカゲもそのぽっかりと空いた眼の奥を覗いてみようとする。
怪物はヒビ割れた鼻でスンスン嗅いできた。
眼の奥は……深く暗くて何も見えない……。
アカゲが視線を戻すと、相手は何やら小刻みに震えている。
長い指と爪を自分の喉元に食い込ませたりしながら、必死に皮膚を掻きむしっていた。
「オ、オイ……アンタ、やめといた方がいいと思うよ。アトピーに効く薬でも一緒に探そう」
ガリガリガリガリガリガリ。
「えっと……スンマセン、聞こえてますかね……」
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ。
ピタ───と、止まった。
怪物の目元が淡い光を帯びたような気がして……。
苦悶の表情を浮かべていた怪物が一転、パカっと口を開いて。
「オイシ」
と喋る。声質は変わらないが、今までと打って変わって気持ち悪いくらい流暢な発声に、アカゲは驚いた。これは凄いことだ。
「え……一体、何が美味しいんで……?」
「ヒト」
───次の瞬間には既に大口を開けていた。開くはずの無い角度まで顎が開いて、まるでフクロウナギの捕食のように巨大な口で。
鋭い牙で。
喰らいつく───。
ドガン!
鈍く強烈な音がして、大口は横へ凄い勢いでスッ飛んでいった。
音の正体は、凄まじい強さの“蹴り”……!!
2メートルもの巨体は遠くの方に着地し、ドガラガラと地面に散らばる鉄屑の残骸を蹴散らしながら、やがて静止した。
「な、何が……」
……。
見上げると、少女が立っていた。右眼を隠し、隻眼の娘だ。
強烈なドロップキックで怪物をぶっ飛ばしたのは、この人物だろう。
フン、と高圧的な態度を醸し出すその娘は、透き通る灰色の髪をしている。
ぼさついた前髪の砂埃を左手で払って、こちらを向いた。
腰まで伸びた長いポニーテールを揺らして咳払いをする。
「ケ……ゴホッゴホッ───」
何かを言いかけて、普段喋り慣れていないせいか、向こうを向いて咳き込んだ。またこちらを向く。
「……怪我はないか、お前」
どこか凛とした声で娘は尋ねる。
そういえばと後頭部の鈍い痛みを気にしたが、急な事態にアカゲは追い付かない。
「待ってて」
ぶっきらぼうにそう言って、ポニーテールを風に揺らしながら怪物の着地した方へ歩き出す。
見れば右手には、ギラリと光る刃があった。刃渡り44センチの直角鋭利な刃を、その手に包帯でしっかり巻きつけている。
ジップアップの半袖にショートパンツ、コーデは褪せた黒。
さなか、遠くで怪物は身体を起こし、ガッシャガッシャと身震いをして……凄い瞬発力で地を蹴って走り出した!こちらへ猛スピードで駆けてくる!
娘はそれをしっかり見据え、歩みは止めず、向かっていく。
右手の刃をそっと身体の芯に合わせ、左肘をゆっくり引いて……あくびをする。
怪物はその驚異的な脚力で、ズバッと跳躍し一気に宙に舞い上がる!!そのまま一直線、娘の頭を喰らいに大口を開け突っ込んできた刹那、キン、と高い音を上げその刃は一閃───!!
スパンと切り落とした首がまだ宙にあるうちに、娘は即座に姿勢を伏せて鋭い爪を伴った首無し胴体を躱す。ズザッ、と死体が地面を滑り、虚しく首は転がった。
一瞬の出来事。
屈んだ状態からゆっくりまた立ち上がった娘は、こちらへ歩いて来る。
側へ来て一言。もう大丈夫、アカゲに声をかけた。
アカゲは頭を右手で触りながら、ゆっくり立ち上がる。立ち上がってみると、二人の身長差30センチ。
アカゲは見下ろすように、娘は見上げるように互いの顔を見た。
ジャキジャキと切り揃えられた真っ白な髪が風に揺れ、アカゲは口を開く。
「どうして」
「?」
「どうして殺したんですか」
「……え」
娘は一瞬間の抜けた顔をした。
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