新聞記者のおれ 🐎

上月くるを

第1話 新米記者ヤエガキタロウの述懐



 居場所を見つけられなくなった人間は、自らすがたを消したり、逆に、なんらかの脚光を浴びることによって自分という存在のアピールを試みたり……いずれにしてもそこには本人の意思というものが介在するわけですよ、きわめて明確な。( *´艸`)


 では、ですよ。

 病気やけが、飼い主の都合などで居場所を失った動物たちはどうなるのでしょう。


 つぎの居場所を自分で探す? 

 そんなことができるくらいなら、善意の助っ人も保護施設も必要ないわけですよ。

 どうしてもだれかが、人間のだれかが手を差し伸べてやらなければならないんだ。


 いまさら、こんな青くさいこと言うの照れますけど、やっぱり言わせてください。


 世の中にはオモテの世界とカゲの世界があり、一面を華々しく飾るのはいつだってごく一部のオモテの住人ばかりで、まったく縁がないのは大多数の名もなき人たち。だけど、どっちに真の価値があるかなんて、ほんとはだれにもわかりゃしないんだ。


 先輩の前でアレですが、生意気言わせてください。

 人間なんて所詮、矛盾と混沌のかたまりですよね。


 国会議員だの高級官僚だの一部上場企業の役社員だの、そういう意味ではわれわれマスメディアだって一蓮托生かもしれないですけど、ま、とにかく、たまたまの運に恵まれたというただそれだけのことで、でっかいツラしてオモテに居座っている連中だって、いや「それゆえに」と言い直したほうがむしろ正鵠を射ているかもしれないですけど、そういう連中だって、とんでもないウラの顔を持っているかもしれない。


 なのに、いつもおれたちはキレイな顔ばかり報じさせられる。

 悪辣に加担させられる仕事、惨めじゃありませんか? 先輩。


 おれはね、やだな、とことん、つくづく、しみじみ、やだな。

 ほんとやりきれんですよ、あんな輩にペンを利用されるのは。


      *

 

 え、「たまたまの運」のことですか?

 おれ、いつも思っているんですよね。


 おれという未熟で浅薄でなんの取り柄もない男が、なんとか無事にここまでやって来れたのは、生地、家庭、学校、その他の環境など、たまたまの運に恵まれたからに過ぎないのであって、おれ自身の実力だと勘違いなんかしたらそれこそ罰が当たる。


 ねえ、先輩。

 人は気軽に「がんばれ」って言いますよね。

 だけど、あれって、おかしくないですか?


 どういう不公正な仕組みなのか知りませんが、この世にたまたま生を享けたとき、十分な体力を持ち合わせていなかったり、物事を感じたり、考えを巡らせたり、計算したり、応用したり、記憶したりする力にたまたま恵まれなかったために、どんなに一所懸命がんばりたくても、その努力すら許されない人たちがたくさんいますよね。


 だから、おれはね、たまたま運よく、こうして楽な道を歩ませてもらっている事実への素朴な感謝と、たまたまそういう運に恵まれなかった人たちへの贖罪をこめて、不条理な現実にスポットを当てつづけたいんですよ、この仕事をしている限りはね。


      *

 

 新米記者のヤエガキタロウが、酒が入ると、そんなクダを巻くようになったのは、新卒の初任地となった北海道・函館で、小さな牧場を取材に行ってからのこと。🐄



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