第6-4話 「怒ってなんかないわよ」

 教室を飛び出していった千国の様子が気になるが、授業が始まるまでには戻ってくるだろう。


 多少不安には思いながらも千国を追いかけることはなく自分の席でスマホを弄っていると、視界が少し暗くなって顔を上げた。


「おはよ。健文くん」


 視界が暗くなったのは麻薙が俺の席の前に立ったことが原因だった。


「……おは。というか教室内でしゃべりかけるのやめてくれないか? 麻薙に声かけられると異常に注目されるから」


 麻薙は学校1の美少女だ。


 そんな麻薙が目付きが悪いと評判の俺に声をかけてくれば自然とクラスメイトの視界はこちらへと向けられる。

 普段注目を浴びることのない俺は視線に慣れていないので教室内ではできればそっとしておいてほしい。


 まあ今は保健委員長と保健委員という繋がりがあるのでまだマシではあるのだが。


「それは私が健文くんに話しかけるから注目されているのではなくて、健文くんが私に話しかけられているから注目を浴びているんじゃない? そう考えれば今こうして注目の的になっているのは私のせいではなくて寧ろ健文くんのせいな気がするんだけど」

「お、おお? まあそういうことになるのか?」


 麻薙が饒舌に話すので混乱してしまい、恐らく間違っているのであろう内容なのに如何にも正しいように聞こえてしまう。


 いつもこんな感じで千国は麻薙に言い負かされてるんだろうなぁ。


「ところで健文くん、質問があるんだけど」

「質問?」

「千国さんの家に行ったっていうのは本当?」

「な、なんでそれを!?」

「やっぱり本当なのね」


 麻薙が知るはずのない事実をなぜ知っているのかだろうか。


 なぜ知っているのかと考えると千国が麻薙に話してしまったとしか考えられないが、わざわざ麻薙にそんなことを伝える必要もないだろうに……。


 焦った俺は嘘をついて隠すこともできず千国の家に行ったことを白状してしまった。


「ま、まあ本当だけど」


 --ちょっと待てよ? 


 俺が千国の家に行ったことを知っているとなるとまさか俺が千国の下着を見たり上に乗りかかったことも知ってるんじゃ……。


「まあ私は別に気にしないわよ。健文くんが無理矢理千国さんの下着を見たり千国さんを襲おうとして上に乗りかかったとしても」


 やっぱりバレてる!? というかあらぬ尾ひれが付いてねえか!?


 下着だって無理矢理見たわけではないし、押し倒したのだって千国が無理やり俺に下着を見せようとしてきたことに対して俺が止めようとした結果だ。


 実際その場面を知らない人に不可抗力だと説明しても信用はされないだろうが、あれは間違いなく不可抗力である。


「待て、今言われたこと全部が間違ってるってわけじゃないけどかなり間違ってるぞ」

「全部が間違ってるわけじゃないのね。私の胸を揉んだり無理やりお姫様抱っこしたり、かと思えば千国さんの家に押しかけて下着姿を見たり無理やり押し倒したり、健文くんって誰でもいいのね」

「おい、胸を揉めってお願いしてきたのは麻薙だし結局揉んでないだろ⁉︎ お姫様抱っこも麻薙がどうしてもって言うからしてやっただけだからな⁉︎ あとその最後の誰でもいいってのは聞き捨てならないんだが⁉︎」


 麻薙に問い詰められてピンチを迎えている最中にこんなことを感じるのは間違っているのかもしれないが……。


 麻薙、少し怒っている……?


「麻薙、何か怒ってるのか?」

「……別に怒ってなんかないわよ」

「いや、なんかいつもと雰囲気が……」

「別に怒ってないって言ってるでしょ?」

「いや、でも……」

「長話したらちょっと体調が悪くなって来たから保健室行ってくる」

「それなら俺もついてくけど」

「大丈夫だから。ついてこないで」

「お、おう……」


 普段は俺が拒否したとしても無理やりついてこさせると言うのに、麻薙は俺の提案を断り1人で保健室に行ってしまった。


 その後ろ姿を見ても、やはり麻薙が怒っているような雰囲気を感じ取っていた。

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