後編/十二月二十四日、金曜日
今日もよく晴れた日だった。
十二月二十四日、金曜日。
いつもの部屋で一日を終えたぼくは、寝静まった真夜中に行動を開始した。
この家にはぼく以外に三人いるけれど、全員十一時には就寝する。
閉められた扉に遮られ、寝息すら聞こえない静かな家の中を、ぼくは音を立てないように歩いた。
途中に見えた洗面所には、最新式のドラム型洗濯機が存在感たっぷりに鎮座している。
玄関に設置された防犯装置は、どうしてだか作動していなかった。
サンタさんがピッキングをしても警報が鳴らなかったのは、防犯装置がその役目を果たせていなかったからなのだ。
それは、サンタさんの幸運か、それとも……。
ぼくは玄関の鍵を開けてドアノブを捻ると、ほんの少しだけ扉を外に押した。
すでに待ち構えていたらしいサンタさんが外から扉を開き、昨日ぶりの笑顔を覗かせる。
「鍵、ありがとうございます。お邪魔しますね〜」
「はい、どうぞ。こっちですよ」
「え? あー、そうですよね。玄関先でプレゼント渡すんじゃ味気ないですもんね。えー、靴下とかぶら下げちゃいましたぁ?」
サンタさんの質問には答えず、ぼくは廊下を歩く。
今まで触れたこともないドアノブを握り、開けたこともない扉を開いた。
そこには、この家の家主、その妻、そしてその息子が、仲良く並んで眠っていた。
最新式のエアコンが部屋を暖め、彼らの枕元にはスマートフォンやタブレットが充電されている。
「え? あれ?」
「どうぞ、彼にプレゼントをあげてください」
「え? え?」
頭上に疑問符を何個も飛ばしながら、サンタさんは少年の枕元にプレゼントを置いた。
そして静かに部屋を出て、扉を閉める。
すぐさまサンタさんはぼくに詰め寄った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、この家には子供は一人しかいないって聞いて……えぇ?」
「詐欺師でごめんなさい。サンタさんがぼくの名前を聞かないから、本当のことを言わずにいました」
「は、犯罪者?」
昨日ぼくが投げかけたものと同じ言葉を呟くサンタさんに思わず笑ってしまう。
けれど残念ながら、ぼくも犯罪者ではない。
そしてぼくも、人間では、ない。
「サンタさんは日本の妖怪についての知識はありますか?」
「へ? 妖怪? うーん、一般的な範囲であれば知っているんじゃないかと思いますけど……」
「ぼく、座敷童なんです」
「ざしきわらし」
「はい。この団地が建てられた頃に、この家に住んでいた人に捕らえられ、それからずっと、あの部屋から出られずにいました」
転んで泣いていた子供を助けたのがいけなかったのか。
怪我を治し、家まで送ってやったぼくは、そのままその家で歓待を受けた。
子供に矢を射かけられたために、出ていく羽目になった前の家の思い出が薄れかけていた頃だったから、ぼくは素直にその歓待を享受し、そしてあの部屋に閉じ込められたのだった。
「外側から閉じられた部屋の扉は、ぼくには開けられませんでした。誰かが開けてくれない限り、ぼくは自由になれなかった」
「それを、わたしが……」
「はい。クリスマスという行事には縁がありませんでしたが、本当に素敵な出来事でした。家を幸福で満たすことは喜ばしいことですが、強制されるものではないと思うのです。サンタさんがプレゼントを配ることによる幸福だって、同じでしょう?」
「そう……ですね。あの、キミが出ていったら、この家はどうなるんですか?」
「どうなるでしょうね。衰退するなんて言われていますけど、この家の人たちはそこそこ貯め込んでいたみたいですし、大丈夫なのでは? 団地から引っ越しもせずにぼくを閉じ込めて……慎ましいやら強欲なのやら……」
見回す家の中は、古びた団地のそれだ。
けれど置かれた家電類や、家具などにはお金を掛けていることが分かる。
もっと大きな家や、それこそ一軒家だって建てられただろうに、どうしてかこの家の者たちはそれをしなかった。
引っ越しの騒ぎに紛れて、ぼくが逃げ出すことを恐れたのだろうか。
きっと、そうなのだろう。
だけれど、もうあの部屋の扉は開いてしまった。
サンタさんからの贈り物は、数十年ぶりの自由だった。
ぼくは大きく伸びをしながら息を吐き、それからサンタさんに深々と頭を下げた。
「最高のクリスマスプレゼントをありがとうございました」
「あっ、いえ! とんでもないです!」
「それじゃあ、こんなところ早く出ましょう」
「あ、はい」
ぼくたちは家を出た。
音を立てないように閉めた玄関の扉をぼくかくぐることは、もう、ない。
久しぶりに吸う外の空気。
煌めく星を、こんなに清々しい気分で眺める日が訪れるなんて。
サンタさんはトナカイを出現させると、ソリではなく直接その背中に飛び乗った。
「びっくりしましたけど、キミが幸せそうでよかったです。ハッピーメリークリスマス!」
「騙していてすみませんでした。メリークリスマス。よいお年を」
「はい! よいお年を!」
サンタさんの足がトナカイの腹をとんと蹴る。
駆け出したトナカイの脚はすぐに地面から離れ、宙を蹴り上げた。
手を振りながら空に消えていくサンタさんを最後まで見送り、ぼくはまた大きく息を吐いた。
白い息に溶けるように、ぼくの姿も、闇に消えた。
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