第123話 ダレンは黒い?
天使降臨まであと1週間。対策本部の会議が終わった。ヴェイユ家の長男ダレンは考えをまとめている。
調査で大まかな状況はつかめた。すでに侵入している人数は300人弱。サヴァタン山に約250人いる。イムズ村に100人くらい。王都アリアスにから移動してくる人々を500人と推定しておこう。合計1150人。ずいぶん多い。
内訳は多様だった。プロと言える人たちは傭兵、闇ギルド、盗賊団。セバートン王国国内だけでなく、ン・ガイラ帝国や、神聖クロエッシエル教皇国出身者もいる。彼等の中で凶悪なものは拘束した。それ以外にたくさんの奴隷や、スラム住民がいる。1週間という短期の調査にもかかわらず、成果は上々だ。みんなよくやってくれた。
調べた範囲では全員に魅了がかけられていた。この魅了が強力で、解呪できないこともある。かけた人物の魔力が圧倒的だからだ。みな同一人物から魅了をかけられ、「7月15日の夜に天使がピュリスに降臨する。城門から入り、手当たり次第に奪え」そう暗示にかけられていた。
この30歳くらいに見える女性。王宮に潜入している者の情報では、カナス辺境伯の夫人らしい。名前はカリクガル。カナス辺境伯の夫人はもう一人いたはずだ。たしかカリクガルの双子の姉妹でマリアガル。だが数年前に姿を消したと聞いた。何か怖いことが起きたのかもしれない。
この双子の姉妹はどちらも、とてつもない魔力の持ち主だという。カナス辺境伯の権力の源泉の1つは、セバートン最強の魔法師団だ。その魔法師団を、今の時点で支えているのは間違いなくこのカリクガルだ。マリアガルの行方は分からない。二人そろっていたら、もっと怖いことになっていただろう。
今回この強力な魅了をかけたのは、おそらくカリクガル本人に違いない。もし7月15日の夜、カリクガルがピュリスに現れて、その場の全員に魅了をかけられたら、ピュリスはどうしようもない。
その時は敗北を受け入れる。ダレンは城門を開け、群衆を迎え入れる覚悟だ。略奪されるに任せるのだ。これは戦うより難しい。住民は自分を信じて、略奪を受け入れてくれるだろうか。ダレンにはそこまでの自信はない。
だが今回カナス辺境伯は、一切の証拠を残さないようにしている。監視中の人物の中に、カナス正規軍の兵士はいなかった。カナスは関与を隠そうとしている。だからカリクガルは、自分自身の姿をさらすことはないだろう。ダレンの希望的観測だ。
魅了にどう対応すべきか。解呪は不可能ではないが時間がかかる。それでも解呪の魔道具を作って挑戦はしてみる。アンジェラの仲間は頼りになる。30個作ってくれることになった。
捕虜にした凶悪な連中を実験台にして、様々な魅了対策を試みた。結果としてある程度有効なのは、呪縛をかけることだ。そう冒険者ギルドのケイトは言っていた。呪縛はベガス村に寄生していた盗賊団のボスが持っていたスキルだ。
魅了と呪縛は重ね掛けできる。ベガス村ではボスによって盗賊団に呪縛がかけられていた。そこにスノウ・ホワイトが乗りこんんで、ボスごと魅了していた。この時は魅了と呪縛が対立することはなかった。
今回は違う。「城門に入れ」という魅了と、「城門に入るな」という呪縛がかけられることになる。知りたいのは魅了と呪縛に反対のことを命じたらどうなるかだ。実験結果はかけた者の魔力が強い方が勝つ。だからカリクガルの魅了が勝つに違いない。
しかし魅了の効果を抑えることができる。カリクガルの強力な魅了に、呪縛を重ね掛けした場合、効果を半減させるはずだ。それだけでも使う価値がある。しかし魅了自体を無効にすることはできない。
殺さないというのが大前提だ。ある程度事前の逮捕に踏み切ることにした。こちらは正規軍のミレイユに任せた。盗賊などの過去があるものは、凶悪でなくても、監視から逮捕に切り替える。慎重から果敢な攻めに転換した。
索敵隊は周辺に防衛線を構築し、森林から侵入するグループを捕縛する。サヴァタン山にいる能力値の高いもの、スキルが手ごわいものは誘拐する。これはアンジェラに任す。
事前に減らす目標数は300人に設定した。敵の総数は多めに見て1500人と推定しているので20%になる。それでもまだ脅威だ。ダレンは悩む。ピュリスの兵力は少ないのだ。
ピュリスの正規兵は110人。衛兵が20人、索敵隊や予備役を含めた義勇軍は80人。冒険者は100人。商人の護衛部隊が50人。400人に満たない。サエカから援軍を出してもらっても不足する。
戦闘行為は避けられないだろう。敵を殺さない戦闘。城壁や濠を整備し、兵を鍛えてある。殺していいなら、見通しはある。だが一人も殺さずに、数の多い敵を拘束するのは難しい。
だが群衆を殺せば、ピュリスの大虐殺と宣伝される。天使降臨の夜に、ヴェイユ家はたくさんの人を殺したと言われてしまう。カナス辺境伯の狙っているのは、ヴェイユ家の失態だ。失敗すれば、ダレンは破滅する。これは情報戦なのだ。
困難でも立ち向かうしかない。麻痺薬を、大量に用意する必要がある。それに睡眠効果のある毒霧発生装置。味方があらかじめ飲んでおく睡眠耐性薬。事前に準備すべきものはたくさんある。対策会議に漏れはなかったかと、もう一度点検するダレンであった。
住民の避難計画、区ごとの治安維持、兵糧の確保、当日のアリアスからの街道の遮断。やるべきことは無数にある。ダレンの力になってくれるのは、ピュリスがスタンピードを乗り越えた経験だ。住民も今のところヴェイユ家を信頼してくれている。
それに良い部下や仲間がいる。ダレンは彼女らを思い浮かべて、心が少し安らぐ。
18歳のダレンは、さほど黒い人物ではないようである。今のところはだが。
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