19話 今後の方針
「……ふぅ~、はぁああ~」
アキラが去って行ったのを確認すると、蜂屋さんが大きく息を吐き出しその場にしゃがみ込んだ。
「え、蜂屋さん?大丈夫? 」
こっちだって座り込みたい気分だよ、というのが本音ではあった。
急に緊張感が解けたのか、ケンカの最中は全然気にならなかった各所が痛み始めた。
でもそんなことを蜂屋さんに向かって言うわけにはいかない。
「……あの、ケンカの時の九条君、普段とはまるで別人みたいで正直怖かったです……」
「ああ、そうか。そうだよね。ごめん……」
何がごめんなのか自分でもよく分からなかったが、謝りたいと思ったのも事実だった。
「やってる最中は自分が自分じゃないみたいだったんだよ。蜂屋さんも怖かっただろうに、最初からずっと見ていたの? 」
「はい。……その、私が目を逸らしてはいけないのだと思いました。何より原因を作ったのは私なわけですし……」
「いや……そんなこと気にする必要ないんじゃない? 」
たしかにカツアゲの現場に最初に首を突っ込んでいったのは彼女なわけだが、別にそこまで義理立てしてケンカの現場に付き合う必要はないんじゃないだろうか?蜂屋さんが見届けることに何か意味があるのか、俺にはよく理解出来なかった。
「いえ、私はやっぱり見届けなければならなかったと思います。弟の件もありますし……」
そうだった。蜂屋さんの弟さんはこの学校に進学してヤンキーの道に進むかもしれないのだ。それを止めるためにはこうした場を見ておくことも確かに無駄ではないのかもしれない。絶対に必要だとも思わないが。
「それで、これから九条君はどうするのですか? 」
「やっぱり……残りの2人、飯山と三井允生にはきちんと謝らせたいな」
蜂屋さんと話しているうちに俺の気持ちははっきりしてきていた。
今にして思えばなぜ実際のケンカなどしてしまったのだろう、ケンカなどしないで済ませる方法は本当に無かったのだろうか?という後悔の気持ちが無いではなかったが……そうしなければのび太の事件の真相を知ることは出来なかったわけだ。
それにもう賽は投げられてしまったのだ。
アキラが今日のケンカのことを飯山と允生にどう話すかは分からない。あるいは自分の敗戦を恥と感じて黙っているかもしれないが、ヤツらが今日の出来事をずっと知らずにいるということはないだろう。
ならば、こちらから先手を打ってアクションを仕掛けるべきだろう。その方が有利なのはアキラとのケンカでも証明済みだ。
「でもそうしたら、またケンカになるかもしれませんね……」
「そうだね。でも、仕方ないんじゃないかな?蜂屋さんはどう思う? 」
多分この時の俺はアキラに勝利したことでどこか調子に乗っていた。勝利後のアドレナリンで気が大きくなっていたのかもしれない。
飯山も允生も同じように1対1の状況を作れれば、そして事前にきちんと準備をして臨めば勝利はさして難しいものでもないと思っていた。
それに、ヤンキー相手なら何をしても良いだろうという気もあった。ヤツらこそがケンカ上等の看板を掲げているのだ。その土俵に立ってやる以上ケンカでヤツらをぶちのめしても何ら俺に責められるべき要素は無いはずだ。
むしろヤンキーを狩ることは正義だ、というくらいのことも薄っすら思っていた。社会貢献のために善いことをしている、そしてそれがのび太に対する復讐にもなる……どう考えてもなすべきことのような気がしてきた。
暴力や復讐は何も生まない、という言葉をもちろん俺は知っていたが、それって本当なのだろうか?という疑問の方が強くなってきていた。そう言っている人はきちんと自分で確かめた上でそう言っているのだろうか?世の中その方が収まりが良いから、綺麗事としてそう言っているだけなんじゃないだろうか?現に俺はアキラに復讐することで事態を明らかにしたし、自分の気持ちもかなりスッキリした。
つまり今後の目標が見えてきた。
のび太からのメッセージにもあったようにまずは慶光大学への合格を最優先する。それは変わらない。俺が以前からの目標をきちんと果たす。それがのび太の願いでもあるだろう。俺がのび太のせいで大きく道を逸らしてしまったと知ったらアイツも悲しむだろう。
そのためには今のモブキャラの立場をきちんと維持し、目立たぬ立場からヤンキーを狩ってゆく。そして1人ずつにのび太の件をきちんと謝らせたい。そして可能であれば1人ずつヤンキーを辞めさせてゆくのだ。それは自分にとっても学校という小さな社会にとっても、とても素晴らしい目標に思えた。
「そうですね……」
蜂屋さんは少し不安そうな顔をしていた。もちろん彼女の言うことも分かる。たった1戦勝利しただけの俺があまりに自信過剰になっている、という心配なのだろう。
「大丈夫だよ。きちんと相手を観察して準備してゆけば、きっと上手くいくよ。別に蜂屋さんは何もしなくていいよ。怖かったら見ている必要もないんだからね」
彼女はそれに対して返事をせず、不安そうな眼差しを向けただけだった。
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