第31話 私は恐怖のいじめっ子

 朝、登校する。

 通学路を行くセーラー服姿の生徒たち…彼らの織り成す喧騒をシャットアウトする耳にはめたイヤホン。


 憂鬱な月曜日の始まりに自然と目付きが鋭くなる。睨みつけるように周囲に視線を配りながら校門をくぐった先で生徒指導の先生に会釈して玄関に入る。


 下駄箱で生徒達が靴を履き替える中に混じり私も自分の上履きに履き替える為ロッカーを開けた。

 そこに私の上履きがお行儀よく収まっている。運のいい日だった。


 玄関で上履きの中に詰め込まれた泥を落として若干湿った上履きの不快さに眉をひそめながら教室へ……


 自分の教室--1年1組の扉を開いた直後、私の視界に狭いバルコニーから何かを担ぎあげそれを下に叩き落とす数人の女子の背中が映り込む。


 地面に落下した物体が凄まじい轟音を上げて破壊されたのが手に取るように分かる。クラスの生徒達が楽しそうにケラケラ笑うのを無視して自分の席へ……


 ……まぁ、私の席はないけど。


 それもそのはず、今叩き落とされたのは私の机と椅子なんだから。


「あ、宇佐川来た」

「おはよー」


 私の登校に気づいた生徒達が小馬鹿にするように笑う中、みんなに囲まれた女王様が見下したような笑みを浮かべて私に堂々吐き捨てた。


「宇佐川ー、おめーの席ねーからっ!!」


 これが私の毎朝の出来事…モーニングルーティン。

 今日は上履きがあったのでマシだった。


 さぁ、今日も一日が始まる……


 *******************


 私、宇佐川結愛は一度死んだ。

 あの日公園で出会った謎のアイドル志望男子との何気ないやり取りで…

 自分の全てを捨ててでも、地獄を終わらせたいと思ってた。


 でも、辞めた。


 何もしないで現状に甘んじて、投げやりになるよりもがくことを決めた。



「--宇佐川、公園で有吉を殴ったんだって?どうしてそんなことしたんだ?」


 新学期早々、職員室での出来事。

 呼び出された私を待っていたのは担任と生徒指導の先生と、有吉とその取り巻き達…


 先生達と向かい合う私を彼女らは憎悪と侮蔑の篭った視線と表情で見下ろしてた。

 ここで私がいじめを訴えても、何も解決しないだろう……学校とはそういう所だと私は知っている。

 そして奴らも知っている。


 悪いのは弱者--いつだって虐げられる者は悪者で、虐げる者が正しいんだ。


「ムカつくからです」


 だから私はもう悪者でいいんだ。


「こいつら嫌いだから殴りました」

「…………あのなぁ宇佐川、そんな理由で殴られて、有吉達が可哀想だと--」

「思いません。嫌いな奴のこと可哀想とか思いません」

「……あと、焼きそばパン買わせたんだって?お前さぁ……どうしたんだよ、お前はそんな奴じゃ--」

「そんな奴です。これからも虐めます」


 絶句する先生達を無視して有吉達を睨み返す。私の歪な笑みにはさぞ戦慄したことだろう。


 だってここにはもう、弱い弱いいじめられっ子は居ないんだから……

 ここに居るのは、いじめっ子共と、いじめっ子だ。


 *******************


 いじめられる方が正しいと思ってた。正しいと言うのは違うけど、正当性があるのはいじめられる側だ。だって悪いことしてるのは向こうだから……


 だからダメなんだ。私みたいな奴は……


 私も悪者になろう。



 --クラス内でのいじめに反発し始めた私へのいじめは益々エスカレートし始めていた。

 私の反抗心を折り、徹底的にねじ伏せる為だろう……



「宇佐川ぁ、お前は今日立って授業受けなよ」

「きゃはははっ!美奈子ひどーい」

「かわいそーだろ。おい宇佐川、俺の上に座ってもいーぜ?」

「うわっ…キモ。ははははっ!」


 今日も私をおもちゃにして楽しそうだ……

 ではお言葉に甘えるとしよう。


「ありがとう本田くん」

「え?まじ?いーぜ来いよォ。へへへ……え?」


 好色な笑みを浮かべる本田くんに丁寧にお礼を述べてから、掃除用具入れからほうきを持ち出しそれを振りかぶる。


「……え?」

「--ボサっとしてねーで早く四つん這いになれや!!」


 チャラチャラ固めた茶髪にほうきを叩きつけて無理矢理地面に膝をつかせる。

 椅子になってくれるらしいので遠慮なく椅子になってもらおう。


「ちょ…痛……」

「はよ!!早く!!四つん這いなれ!!座れねーだろうがおい!!!!もっと腰を下げろっての!!殺すぞ!?」


 ゴキブリを叩き潰すかのように何度も叩きつけて無理矢理四つん這いにさせる。

 ……ああ、気持ちいい……


「……ふん。座り心地悪いなぁ……ねぇ、動かないでくれる?揺れるんだけど?」

「は…はひ……すみません……」

「今日ずっとこれね?」

「ひぇ……」


 周りはドン引き。授業に来た先生もドン引き。廊下を通り過ぎる生徒もドン引き。


 いいもん。私はいじめっ子だから。


「……椅子はいいけど机がないなぁ……」

「「「ひっ……」」」


 *******************


「……ねぇ美奈子…もうやめない?」

「は?」

「最近宇佐川怖いよ…もうあいついじめるのよそうよ。」

「そうだよ美奈子……おもちゃなら他にも……」

「何言ってんの?調子に乗られて黙ってるつもり?ムカつかないの?」


 苛立ちを込める私の反論に友人達は閉口する。

 溜まった鬱憤を吐き出すように洗面台を叩いたら彼女らはびくりと体を震わせる。私は彼女らを置き去りにトイレから出ていく。


 荒々しい足音を立てながら廊下を歩くとみんなが避けていくように道を空ける。そんな反応が益々苛立ちを加速させるんだ。



 --お父さんは市長でお母さんは医者…

 無駄に広い大豪邸で愛情を受けてすくすく育てられた私は、典型的なじゃじゃ馬だ。

 他を威圧する美貌と高圧的な性格……環境と持って産まれたスペックから来る自信にみんな私のご機嫌取りに成り下がった…


 私が結愛と出会ったのは中学。

 私と結愛は中二で同じクラスになった。

 私の周りはずっとイエスマンばかりで、みんな私の顔色を伺っていた。本当の意味での友人はできたことなかった。


 それはクラス委員を決める時に起きた…

 担任からの指名制で私は美化委員になったんだけど、こんな性格の私がめんどくさい委員会の仕事なんてする訳なくて……


 その日も取り巻き達とカラオケに行こうという話になって……


「……ウザガワさん?…だっけ?私カラオケ行くから今日の掃除代わってくれる?」


 いつも通りだった……適当なクラスメイトに仕事を押し付けてその日もさっさと帰ろうとしてた。


「……やだ」


 否定や拒否の言葉なんて誰からも聞いた事なかったから、その時私は死角から殴られたような衝撃を受けた。


「あと、私宇佐川だから」


 私に意見を挟んできたのはこいつが初めてだった。自分の仕事は自分でやれ…当たり前の事だけど面と向かって指摘されたことに苛立ちより別の感情が湧き上がった。


 多分、嬉しかった……


 この子となら本当の友達になれるんじゃないかなって思ったから……



「--宇佐川さん、お昼食べよ」

「やだ」


「宇佐川さん、課題一緒にやろ?」

「やだ」


「宇佐川さん、一緒に……」

「やだ」


 違った。

 私はあの時自分の思い上がりを指摘されこの子となら普通の友達になれるって信じてた。

 でもまだ思い上がってた。

 私は人気者だから誰とでも友達になれると思ってた。その時点で私はなにも変わってなかった。


 結愛は私に全く興味なかった。


 気付かされても性根なんて簡単に治らない。強い憧れは段々と苛立ちに変わっていった。


 なんで?どうして私に振り向かないの?ただ仲良くなりたいだけなのに……どうして私をそんなに嫌うの?


 手に入ってきた人生、そこに降って湧いた手に入らないもの……私のアプローチは段々過激になっていって……


 気づいたら私からの構ってちゃんはいじめと呼べるレベルにまでエスカレートしてた。

 周りも同調して結愛をいじめるようになったらもう引き返せなくなっていた。

 ここで私が結愛を庇ったら周りの子が離れていく気がした。鬱陶しい取り巻きだと思ってたのに私は手放すのが怖かった。


 そして拗れに拗れて……


 現在。


「宇佐川ぁ、数学の課題……」

「あ?」

「あひっ…すみません…………」


 ……………………………………はぁぁぁぁ可愛いいいいいいいいいいっ!


 拗れまくった私の想いはいつしか恋心に変わってた。なぜ?

 元々その気があったのか、それともただの勘違いか……


 私はいじめられっ子に恋をした。


 いじめを通して私は結愛に関われた。酷い話だって分かってても、普通に話しかけても相手にしてくれなかった結愛がいじめられてる時だけは私を見てた。

 歪んだ私の恋心は加速してもう止まらない……


 結愛、今日肌の調子良さそう……いつにも増してツヤツヤ……あれ?指怪我してる。どうしたんだろ……あああああ気になるよぉぉぉ!!かわいそーに舐めたい。ぺろぺろしてあげたい!!


 でもこんなんじゃだめだ……

 ちゃんと仲良くしなきゃ…いけないんだけど……


「宇佐川」

「は?」


 ああ怖い。怖いけど可愛い。


「お腹空いた、購買でなんか--」

「は?お前が買ってこい。焼きそばパンな?」


 --これ!

 夏休みに殴られてから明らかに結愛の態度が違う!!

 なんかこう……前までは大人しくされるがままって感じだったのに今は誰彼構わず噛み付くというか……

 なんというか、出会った時のような刺々しさと言うか……


 この関係が始まってからずっと心のどこかで胸が痛んでた。

 でも今は……


 私から引き下がれないこの関係、でも結愛の方から変わってくれればもしかしたら--


「はぁ!?あんた誰に口聞いて--ぶっ!?」


 反射的に飛び出したきつい言葉を遮ったのは結愛の強烈な鼻フック。よりにもよって鼻フック。


 ギョッとするクラス内。

 突き抜ける鼻腔内の痛み。確かに感じる結愛の指……


 そうだよ--結愛は昔はそうだったじゃん?いじめられて大人しくされるがままになってる子じゃなかったじゃん?誰にでもそうやって意見を言える子だったよ。鼻フックはされたことないけど……


 昔の結愛に戻って……私を負かして……そしたら……私も--


「早く買ってこい!!3分以内な!?豚にするぞ!!あ、もう豚か?」

「ちょ……離しな--」

「豚鼻が人の言葉喋んじゃねー!!!!ぶひぃだろーが!!」

「ぶ……っ!」


 いやいやみんな見てるのにぶひぃなんて……


「……ぶひぃ!」


 言っちゃった……


「何がぶひぃだ舐めてんのか!!」


 ぎゃああああああ鼻がぁぁぁ!!突き上げられるぅぅぅ!?あっ!もげる……もげる!!


「買ってこい!!」

「は…はいぃ……」

「喋んじゃねぇ!!」

「ぶひぃ!!」

「馬鹿にしてんの?殺すよ?ねぇ!」

「ぶひぃっ!!!!」


 --果たして、私の恋は実る日が来るんでしょーか……

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