第133話 ゴドール地方へのザイード軍の侵入

「エリオ様、ザイード軍が我が領内に侵入しようとしています!」


「わかった、報告ご苦労。下がってよいぞ!」


 定例会議の数日後、領主館の執務室にいた俺は配下からの緊急の報告を受けていた。ザイード軍が我が領内に向けて侵入の動きを見せたのだ。


 とうとう来たか。予想はしていたが、いざ実際に報告を受けてみると少しだけ緊張で気が張るものだな。だが、それもすぐに収まって俺はいつものような平静を取り戻してきた。


 今までは住民達に請われてゴドール地方の領主になったり、エルン地方の場合は青巾賊という賊徒を討伐したりと、その土地の領主的な存在とは直接戦ってはいなかった。それが今回は初めてそのような存在との戦いになる。


 今は乱世だ。それまでの肩書や名声などはこの乱世では有名無実であり、まるで価値がないとも言える状況だ。弱ければ生存競争に負けて淘汰されていく。それはこの俺だって例外ではなく負ければそうなるのは確実だ。だからそうならないようにするには目の前の戦いを勝ち続けるしかない。


「準備が出来次第出陣する。兵達を大広場へ集合させておくように!」


「ハッ、了解です!」


 さて、俺も出陣の準備をしないとな。慌ただしく動く配下達に準備をしてくると言って執務室を出て自室に向かう。歩いていくと自室前の廊下にリタとミリアムが立っており、何かを察知したのか従魔部屋から出てきたコルとマナも俺を待っていた。


「エリオ! さっきあんたの配下の者があたし達に伝えに来てくれたけど、とうとうザイード家との戦いになるのかい?」


「ああ、そうだリタ。最新の情報だとザイード軍が我が領に向けて進撃を始めてるそうだ」


「エリオさん、必ず勝って無事に帰ってきてくださいね」


「勿論だ。リタとミリアム。そして可愛い子供達の為にも必ず勝って帰ってくるさ。心配は要らない。二人とも子供達と一緒に俺をただ信じて待っていてくれ。おまえ達の俺を強く信じる想いが何よりも俺の力になるんだ。そんな想いに支えられた俺が負けるはずがないだろ?」


「そうだね。あたしはあんたを信じて待ってるよ」

「エリオさん、私も信じてますよ」


「レオ、エマ。パパは敵をやっつけに行ってきますからね。二人ともママの言う事を聞いて待っているんですよ」


「「あーい!」」


 俺の子供達は俺の言葉を理解してるようには見えないが、無邪気に大きな声で返事をしてくれた。


「じゃあ、リタとミリアムは俺の着替えと装備の装着を手伝ってくれ」


「わかったよ。このあたしに任せときな」

「わかりました。お手伝いしますね」


 新しい下着に着替え、戦闘モードの黒い装備に身を包んでいく。戦に赴く俺を送り出すリタとミリアムの縁起担ぎらしく、着替えの途中で俺の大事なところを妻二人に握られるという過程を経ながらようやく着替えを終える事が出来た。


 二人に手伝ってもらって着替えと装備の装着を済ました俺は、今度は従魔達に俺とお揃いの色の黒のヘルムを装着してあげる。目の部分は穴が開いていてしっかり周りが見えるようになっている。


『コル、マナ。付け心地はどうだ? 違和感はあるか?』


『そうですね。まだ僕はこれに慣れていないのでちょっとだけ気になります。けれど、暫くしたら慣れてくると思います』

『私もまだ慣れていないので少しだけ違和感がありますね。でも、軽いので慣れれば問題ないと思います。視界も大丈夫です』


 まだ慣れるまでは仕方がないか。ただ、乱戦になって万が一従魔の頭部に矢などの攻撃が当たっても、このヘルムを装着していれば弾き返してダメージを軽減出来るだろう。まあ、そもそも敵の攻撃がこの二匹に当たるとは思えないけどね。


 鏡を用意して従魔達に自分達の姿を見せてあげたら『格好いい!』と大喜びしてくれた。気に入ってもらえて良かった、良かった。


「エリオ様、準備は出来ましたか?」


 従魔達とそんなやり取りをしていたらルネが様子を見にきたようだ。ルネは領主館内の住居エリアでも自由に動き回れる資格と権限を持っている。既に装備は装着済みで白銀の鎧に身を包むその姿は美しく、まさに戦乙女という名に恥じない凛とした立ち姿だ。


「ああ、今出来たところだ」


「ルネ、エリオを頼んだよ」

「ルネさん、エリオさんを守ってくださいね」


「はい、かしこまりました!」


「ルネ、この戦いが終わったらルネをあたし達と一緒にエリオを支える女として認めてあげようと思ってるからね。だからあんたにその気があるなら頑張りな!」

「これは私とリタさんで話し合った結論ですからね」


「お二人ともありがとうございます!」


 詳細は不明だが、俺の事で二人の妻とルネの間で女同士の話し合いも終わったようだ。俺の準備も出来たし従魔達の準備も万端だ。


「じゃあ、行ってくるぞ。後の事は頼んだからな」


 そう妻達に言い残し、俺はルネと従魔を従えて領主館の玄関を出て馬に乗り、俺の脇を固める隊士達に囲まれながら大広場に向かって行った。大広場に到着すると出陣の用意を整えた兵士達が、それぞれ所属の軍の隊列に並んで待機していた。


「おー、エリオ様だ!」

「エリオ様がいるだけで負ける気がしない」

「エリオ様の為なら俺は身も心も捧げる覚悟だぜ!」


 待機していた兵士達は口々に声を出して俺を出迎えてくれた。自分自身ではそんなに自覚がないのだが俺にはカリスマがあるらしい。そして、兵士達の前では軍を率いる将軍達が俺の到着を並んで待っていた。


 現在ここに集まっている軍はカウンさんの第一軍、ゴウシさんの第三軍、そしてロドリゴが率いる近衛軍の半数だ。近衛軍はグラベンの街の守備に半分の兵を残していく。その他には親衛隊を含んだ俺の持つ最精鋭部隊だ。


 ジゲル将軍率いる第五軍とベルマン将軍率いる第六軍は既にゴドール西部に布陣をしている。ザイード軍の侵攻を最初に食い止める重要な役割を担っているのだ。その間に我々が到着してザイード軍を迎撃する事になるだろう。


「カウン将軍、ゴウシ将軍、ロドリゴ将軍。頼むぞ」


「兄者よ、それがしに任せてくれ。ザイード軍など蹴散らして見せよう」

「ヘヘッ、エリオの兄貴。おいらが手柄を全部持っていくからな」

「義兄さんに日頃の訓練の成果を見せてやるっすよ」


 ハハ、頼もしいな。油断は禁物だが、皆の顔をよく見ると冷静で落ち着きがあり自信に満ちた顔だ。これなら大丈夫だろう。


「ああ、やってやろうぜ!」


「「「応ッ」」」


 俺は将軍達と肩を並べ居並ぶ兵士達に向かって大音声で号令をかける。


「全軍出撃!」


「「「応ッ!」」」


 俺は大勢の兵士達を従えて、グラベンの街を威風堂々と出発していった。

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