第130話 男同士で密談

 俺が領主館の執務室で書類と格闘していると、そこへラモンさんが今日の予定を済ませて帰ってきた。


「エリオ殿、只今戻りました」


「お帰りなさいラモンさん。ご苦労さま」


 なにげなく帰ってきたラモンさんの表情を見てみると、厳しい顔つきで何か考え込んでいるようだ。


「ラモンさんどうした?」


「先程までグラベンの街にある商会主達と会っていたのですが、クライス地方からの鉱石の購入取引が数日前から出来なくなっていると報告をうけましてな。その他にも今までクライス地方から買えていた品物が取引出来なくなっているらしいのです」


「それはたまたま重なったトラブルなのか、それとも意図的なものなのか。ラモンさんや情報部の分析はどうなんだ?」


「はっきり言いましょう。これはクライス地方のザイード家による意図的な品止めと見て間違いないでしょう」


「やはりそうか」


 この前、ザイード家からの公式な使者がこのゴドールに正式に訪問してきたのは覚えているだろう。その時の話し合いでザイード家の使者は、無謀で到底受け入れがたい要求を突きつけてきたので、使者と言い合いになり追い返す形で喧嘩別れに終わったのだったな。


 ザイード家とはあえて政治的な付き合いはしていなかったが、民間レベルの経済活動は両地方で行われているのが当然であり、品物の取引は普通に問題なく続けられていた。それがここにきてこの品止めとはな。俺は丁度グラベンに来ているカレルさんを呼び出す為に配下に指示を出して呼びに行かせた。そして、俺とラモンさんは奥の小部屋に向かって行った。


「それで、ラモンさん。その品止めによる影響はどれくらいありそうなんだ?」


「詳細は詳しく分析してみないとわかりませんが、鉱石関連は他の地域からの代替が出来るように進めておりましたので二割減くらいで収まりそうです。その他の穀物や食糧関係は、この前平定したエルン地方という穀物の大生産地があるおかげでほとんど影響はないと思われます」


「やはり、穀物や食糧関係はエルン地方の存在が大きいね。エルン地方を支配した青巾賊を住民達の要請を受けて討伐してうちの領地に組み込んでおいて良かったよ。それにこういう事態を想定して対応策を用意してきた甲斐があったというものだ。何かあった時の為に複数の手段や方法を確保しておくのは安心安全に繋がるからね」


「誠にその通りですな」


「それでラモンさん。こちらの方からは何が出来る?」


「そうですな。まず金関連は勿論ですが、その他には織物関係の品物の取引停止。それと水運を利用した後に陸路でクライス地方に運ばれる油と塩などの品止めですかな。ゴドールを経由していく油は、クライス地方で使用する油の七割ほどを占めていますので大きな影響があるはずです。その分は他の地方に売り先を斡旋するか、備蓄分として買い取っておきましょう」


「わかった。それでいこう」


『コン、コン、コン』


 俺とラモンさんが密談をしていると、執務室内の小部屋のドアが外から叩かれた。


「誰だ?」


「エリオの兄さん。俺だ、弟分のカレルだ」


「カレルさんか、入っていいよ」


 ドアを開けて部屋の中に入ってきたのは厳つい顔つきのカレルさん。俺の弟分でありここら一帯の水運を仕切っていて、何でも屋のような裏仕事も嫌な顔をせずにやってくれる頼れる存在だ。


「兄さんだけでなく、ラモン長官も居るって事は重要な話の途中かな?」


「ああ、その通りだ。そこでこの件でカレルさんに頼みたい事があるんだよ」


「エリオの兄さんの為ならどんな事でもやりますぜ」


 俺はカレルさんにクライス地方から入ってくるはずだった商品の品止めについて話し、その替えとなる品物の確保と安定供給をお願いした。それに加えて対抗手段としてこちらから品止めをする商品のリストを教えて、それらに必要な細かい手続きをラモンさんを交えて話し合った。


「へい、他の地方への斡旋は任せてください。商売柄、様々な地方との深い繋がりがありますのでね。この程度なら余裕で捌けますぜ。ザイードの連中の思い通りにはさせません」


「さすがカレルさん、頼もしいね」


「エリオの兄さんに頼られるなんて男冥利に尽きやすぜ」


「ああ、俺はいつだって頼りにしてるよ」


「ところで兄さん、こりゃどう見ても本格的な喧嘩になりそうですがどうするんで?」


「そうだね。最初のコンタクトから向こうはこちらの領土を狙っているのが丸分かりだったからね。向こうの言い分はこちらの一方的なデメリットにしかならないしふざけた内容だ。そもそも、俺は過去にガウディ家が最後に掴み損ねた栄光を出来るなら取り戻したいと思っている。その目的の為に必要ならばどんな相手でも戦うつもりだしその覚悟もある」


「わかりやした。俺はエリオの兄さんの覚悟が知りたかったんですよ。兄さんの本心というか、胸の内の覚悟が聞けて安心しました。俺はどこまでも兄さんの味方ですぜ」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがとう」


 以前、ロイズさんに招待を受けてサゴイに行く途中、人助けがきっかけでカレルさんと初めて会い、いきなり土下座されたり兄弟分になった出来事を思い出しながら、頼れる仲間達がいるのは俺にとって何ものにも代えがたい大きな財産だとしみじみと感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る