第84話 英雄だった偉大な先祖
大剣の柄頭に刻まれた紋章を確認したロイズさんが俺を見て一言呟いた。
「やはりおまえさんはガウディ家の正統な血筋だったのか」
ロイズさんは大きく息を吸い込み、感慨深そうな顔付きで目をじっと閉じている。ロイズさんにとって、いやガルニエ家にとってガウディの名はそれほどに大きな価値のあるものなのだろうか?
暫くすると感慨にふけっていたロイズさんが閉じていた目をゆっくりと開けて静かに語り始めた。
「大昔の話じゃが、先頃崩壊したキルト王国が成立する以前に、それと同じくらいの広大な地域を統一寸前まで成し遂げた偉大な英雄がおったのだ。その者は若い頃に恵まれない不遇の時代を過ごした後、いつの頃からかめきめきと頭角を現してあれよあれよと言う間に歴史の表舞台にその名を刻むほどの大きな存在になっていったのだよ」
「まさか、それが俺のご先祖様なんですか?」
「そうじゃ、そのまさかなのだよ。大昔に活躍したその英雄の名はアルニオ・ガウディ。歴史の書からはいつの間にかその名も消えてしまい今となっては知る者もほとんどおらんがな」
「そんな広大な地域を統一寸前まで行ったのに、なぜご先祖様は統一を達成出来なかったのですか?」
「それは統一寸前に配下の裏切りに遭ったのが原因じゃ。アルニオ・ガウディが少数の兵だけを連れてある都市を視察に訪れていたところを何を血迷ったのか配下の一人が謀反を起こして急襲。統一を目前にして儚くもアルニオ様は命を散らしてしまわれたのじゃ。なぜその者がいきなり謀反を起こしたのかその当時でも理由が不明でな。皆不思議がっておったそうだ」
「それで、謀反を起こした配下はどうなったのですか?」
「その謀反を起こした配下の者は戦いの最前線から戻って来た別の配下の者に討ち取られたのじゃよ。そして、謀反を起こした者を討ち取った者が暫くしてアルニオ・ガウディの後継者を宣言。その後建国したのがキルト王国という訳だ」
なるほど。キルト王国の歴史にはそんな側面があったのか。俺のご先祖様であるアルニオ・ガウディさんも志半ばで謀反に遭ってさぞや無念だっただろうな。
「とりあえず、謀反を起こしたご先祖様の仇が討ち取られていると知ってそこだけは安心しました」
「確かにな。謀反を起こした者の一族は根こそぎ討伐されたと伝わっておる。それでおまえさんの先祖のアルニオ・ガウディには子供が二人おったらしくてな。成人を迎えたばかりの長男は親父のアルニオ様と一緒に討ち死にしてしまったが、まだ成人前の正妻の子ではなかった幼い次男は幸いな事に別の場所にいて難を逃れたと伝わっている。そして、一旦は権力を握った元配下の者から担ぎ上げられ傀儡にされようとしたのだが、どうせ担ぎ上げられても時が経てば邪魔者として暗殺されるのではないかと次男側は考えたのじゃ。そんなのはよくある話じゃからな。それに独力で次男側が統治を行うには元々の権力基盤が小さく、正妻の子ではないという理由もあって積極的に味方になってくれる者は少なかったらしい。そこで次男は苦渋の決断として民を巻き込んだ争乱を避ける為に根拠地にしていた土地を離れてどこか遠くの場所へと目立たないように僅かな供と一緒に移住したとされている。そして、遠くの地に移住していった次男の末裔がおまえさんなのだ」
「俺はその次男の末裔だったのか」
「そして、次男を擁立しようとしていた数少ない家のうちのガルニエ家だが、中央での権力争いを避けて元々の根拠地であるここら辺一帯に戻り、長い間キルト王国の王族に連なる者に委任されたこの土地を代わりに差配統治してきたのだ。だが、ガルニエ家は英雄であるアルニオ・ガウディ本人に認められて配下として出世した家柄であるからの。家を残す為、生きていく為にキルト家に仕えてはいたが、ガルニエ家の代々の当主はそういう事情からキルトの王族への忠誠はほとんど持っていなかったらしい」
「それで今の俺が出来る事は何かありますか?」
「そこで本題じゃ。これからおまえさんに重大な事を問うから人生の大きな決断として答えてくれ。おまえさんはある場所で領主になってその土地を統治する気はないか?」
「えっ、りょ、領主ですか?」
「そうだ、そのある場所とはこのサゴイの街からは北西にある地方じゃ。実は今日わしを尋ねて来た客はその北西の地方から来た者での。北西方面の土地は領主が追放された後はその土地を統治する後任もなかなか決まらず、手を挙げる者も出てこない状況なのだ。それでここら辺一帯で大きな政治的影響力を持つガルニエ家に介入して欲しいとお忍びの要請に来たのじゃよ。そこでわしは閃いたのじゃ。今こそ昔の先祖の旧恩を返す絶好の機会じゃとな」
無理やり奪う形ではなく要請されて介入という形か。なるほど、これならガルニエ家の力を持ってすれば合法的に誰かを領主にするのも可能だ。そして、ロイズさんとしては俺をそこへストンと押し込むつもりという算段か。後は俺がそれに乗るか乗らないかだな。ただ、とても気になる事があるのでそれを聞いてみよう。
「何で領主の後任がなかなか決まらないのですか? 領主になれる絶好の機会なのに手を挙げる者が出てこないなんて不思議としか思えない」
「そこがこの問題の痛いところでの。その土地はこれといった特徴や旨味もなく実入りも少なくてな。しかも追放された者が残した借金があるらしくての。領主になったところで全く贅沢は出来んし、旨味もなく将来性のないような土地で領主としての面倒事や重い責務だけを引き受けるようなものと感じているのかなかなか成り手が現れないようなのじゃ」
ふーん、そういう裏の側面もある訳か。さすがにうまい話がごろごろと転がってるというものでもなさそうだな。だが、見方を変えて贅沢さえしなければ、領主という地位と土地の統治権が手に入るのは確実だ。あれ、よく考えてみたら贅沢さえしなければ何も問題がないように思えてきたぞ。
「領主がなかなか決まらない事情はわかりました。それとあと少しだけ聞いてもいいですか。俺みたいな余所者が領主になるのに問題はないですか?」
「それは大丈夫だ。わしが後ろ盾になるし、そもそも向こうの方からわしにどうにかしてくれと泣きついて頼み込んできている立場じゃからな。それにおまえさんなら青巾賊討伐の件でここら辺一帯に大きくその名が知られている。勿論、北西の地方でもおまえさんを知らない者はいないじゃろう。おまえさんが完全に青巾賊を討伐してくれたからこそ、そのおかげで周辺地域の安定が保たれてるからの。見逃していたら他の地域が規模を拡大した奴らの大きな被害に遭っていただろう。そういう理由で上に立つ者が強い武力とそれに見合う実績を持っていて名が知れているとなれば他の地域への牽制にもなるし抑止力にもなるからのう」
言われてみれば、そういうものかと納得出来てしまった。今更ながらコウト防衛戦で青巾賊を討伐したのは正解だったようだ。
さて、ほぼ俺の腹は決まったがいきなりの事でコウトで待つ仲間達は俺について来てくれるかな。部隊長を辞める事になるからね。まあ、どの道を選ぶかはその人の考え次第だ。なるようにしかならないか。
「わかりました。俺はこの話を受けてみようと思います」
「そうか、それはありがたい。わしも肩の荷が下りたよ。コウトの街の連中にはわしから書簡を出しておく。おまえさんを無理やり引き抜くようなものじゃからな。それと、北西の土地から来た者はまだサゴイの街に滞在中なので、そちらにもすぐに連絡を入れておくつもりだ。おまえさんとの顔合わせや細かい詰めの話や作業も必要じゃからの」
「そこらへんはよろしくお願いしますロイズさん」
降って湧いたような展開だがこの俺が領主になるのか。まだ正式に決まった訳ではないが俺の新たな一歩になるのは確実だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます