第80話 あなたはあの時の!

 どういう事だ?

 ドアが開いて応接室の中へ入ってきた初老の人物は自分にこう言ったよな。


「久しぶりだな、エリオット・ガウディ君。ようこそ我が居館へ」と。


 久しぶり? 俺が前にこの人物に会った事があるとしか思えない口ぶりだな。はて、この人と俺とはいつどこで会ったのだろうか。何となく思い出せそうな気もするが、まだ俺の記憶の中には明確にそれが現れてはいない。


『コル、マナ。おまえ達この人を知ってるか?』


『いえ、僕はこの人とは初めて会いました』

『私も初めて見る人物ですね。一度でも会っていれば覚えているはずなんですけど』


 そうか、コルとマナの記憶にもない人なのか。

 俺はこの人といつ会ったのだろうか?


「ハハハ、その様子だとまだ思い出せていないようだな。おそらく、わしがこんな格好をしているからおまえさんはわしと会った時の事が思い出せないのだろう。おまえさんとはダムドという辺境の田舎街で会っている。おまえさんに鍋を売った行商人がわしじゃよ。ある時は諸国を巡る謎の行商人、そしてその正体はサゴイの街を差配するロイズ・ガルニエという訳だ。わしはたまに配下の者と一緒に旅に出て知識や情報を得る為に見聞を広めているのだよ。行商人に変装していたのは、その地方の実情や住民の生の声を聞くには行商人という職業は何かと都合が良いからのう。まあ、店を開いて品物を売る時は配下の者に頼らずにわし一人でやってるぞ。扱っている品物も値段の割には良い物を揃えてるつもりだ。ここまで言えばわしを思い出したかい?」


「あ、あなたはあの時に出会った流れの行商人さん!」


 ああ、やっと思い出した。どこかで見たような気がするなとずっともやもやとしてたのが一気に晴れた気分だ。そうだ、この人は俺がまだダムドの街で落ちこぼれの底辺でしかなかった時に、ギルドから家へ帰る途中の道端で行商の露店を出していたおっさんだ。


 しかも、このおっさんからサービスで貰った嘘臭い眉唾ものの干し肉のおかげで俺の従魔となったコルとマナを手懐ける事が出来たんだ。言うなれば、俺が底辺から脱出するきっかけを与えてくれた大恩人とも言える人だよな。


「ようやく思い出したようだなエリオ君。ここ最近のおまえさんの活躍はこのサゴイの街にも当然伝わってきている。青巾賊を撃退した者の名前を聞いた時にもしやと思ったので配下に調べさせたのだ。すると、ダムドの街で出会ったおまえさんの特徴と酷似しているのが判明した。しかも、強力な従魔を従えていると聞いてわしは確信したのだ。どんな魔獣でも手懐けられるという干し肉を渡した者と同一人物だとね」


「はい、思い出しました。あの時あなたに貰った干し肉のおかげでこの二匹の魔獣を俺の従魔にする事が出来ました。そしてこの二匹の従魔は俺にとって今ではかけがえのない家族になっています。この従魔のおかげで俺は底辺を脱出する事が出来たんです。あなたは俺の恩人です」


「それは自分を卑下しすぎだぞエリオ君。あの干し肉にそんな力が実際にあったとしても、その力を発揮させるには特別な資質を持つ者に限られるのだ。現にわしではその干し肉を使用しても何の効力もなかったからな。つまり、その従魔を手懐けたのもその後の活躍も全ておまえさんに宿っていた特別な資質と運命がそうさせただけで、ダムドの街でわしとおまえさんが偶然出会ったことさえもきっと神の導きであったのだろうよ。わしも恩義だなんて恩着せがましく押し付けるつもりはないから心配はいらんぞ」


「そうは言ってもそのきっかけがあったからこその今の俺です。でも、ロイズさんがそう言ってくださるのならその気持に甘えさせてもらいます」


「うむ、それでいいのじゃよ。今だから打ち明けるが、わしもあの干し肉にそんな力があるなんてわし自身も全然信じておらんかったからな。実のところ、このわしも嘘臭くて眉唾ものと思っていたのだ。ワハハハハ!」


「何だ、そうだったんですか。実は俺も全然信じていなくて、たまたまこの金色の毛の方のコルという名前を名付けた魔獣が俺に近寄って来たので、ついうっかりバッグの中に入っていたこの干し肉をあげちゃったんです。そうしたら本当に魔獣を手懐ける事が出来て驚いたんですよ」


「ほう、今更だがこの従魔達をわしに紹介してくれないか?」


 そう言えば、まだコルとマナをロイズさんに正式に紹介してなかったな。


『コル、マナ。おまえ達を手懐けるきっかけをくれた人がこの人なんだ。俺とおまえ達の絆が出来たのもこのロイズさんに貰った干し肉のおかげさ』


『主様に貰った干し肉の事は覚えていますよ。この人が元の持ち主なんだ』

『弟がエリオ様の従魔になるきっかけを作ってくれた人なんですね』


『そうだ、今からこの人におまえ達を紹介するよ』


「ロイズさん、改めて俺の従魔達を紹介します。金色っぽい毛並みの方がコルという名前で、銀色っぽい方がマナという名前です。しかも、この二匹はマナが姉でコルが弟の姉弟なんです」


「この二匹は姉弟なのか。こう言っては何だがどことなく愛嬌もあるし、わしにはそんなに強そうには見えないのだがどうなんじゃ?」


「ハハ、確かにこの二匹の従魔は見た目だとそんなに強そうに見えないですよね。でも、この見た目に騙されちゃ駄目です。従えている俺自身も驚くような無茶苦茶な強さなんですよ。つい先日も船に乗ってコウトから中継地のイシムへ移動中に、河岸で多数の魔獣に襲われている商人と護衛がいたのですが、この二匹の従魔が岸まで泳いでいってあっという間に魔獣を倒してしまいましたからね。何でも魔獣に襲われて怪我をしていたのがイシムの村の有力者の弟さんだったそうで、それがきっかけでイシムの村のカレルさんに感謝されて兄弟分の契を結ぶ事になりましたよ」


「なんと、イシムのカレルとも既に知り合いなのか。わしも驚くほどの早さでどんどんおまえさんは自分の可能性を大きく広げていくのう」


 まあ、これらも成り行きみたいなものだけどね。あと、豪傑タイプの人は熱い人が多いのか俺への好意が普通の人に比べて極端に大きくなりがちだ。


「どうなんですかね……俺はついこの前まで底辺だったので実感が湧かないですけどね。可能性だってどこまであるかわからないですよ」


「わしが思うに、未来に大きな可能性がある者には自然と周りから人が集まってくるものだ。おまえさんが自覚していなくても大勢の人の心を掴んで惹き付けているのだよ。まあ、固い話はそろそろやめて昼食にしようではないか」


「わかりました。もうそんな時間なんですね。せっかくですからご馳走になります」


 気づいたら結構長い時間ロイズさんと喋っていたようだ。まさかの再会で話が弾んでしまったのもあるが、ロイズさんとは相性が合っているのか昔からの知り合いのような感覚で接する事が出来たように思う。

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