第50話 鍛冶屋はモフ分補給をお望みのようです

 賊徒達との戦いからそこそこの日にちが経過して戦後処理もかなり進み、街は徐々に平穏を取り戻しつつあった。襲われた北の街も別の街から救援や支援が入り、コウトの街に向かわずに残っていた少数の賊徒は討伐されてここら辺一帯からは賊徒の姿は一掃されたようだ。


 コウトの街の人々は賊徒への恐怖や不安から解放されてその顔には笑顔が戻り、そのおかげで街にも活気が出てきていた。そこかしこで以前のように露店が立ち並んで売り子の大きな声が響き渡っている。


 街の平和を維持出来て部隊員達も肩の荷が降りたのか、気分転換を兼ねて積極的に買い物をしているようだ。あの戦いの後で街の人々は賊徒達を撃退した俺達を熱狂的に迎えてくれた。聞くところによると、寄せ集め部隊にどれほどの実力があるのかと多くの街の人達が俺達に対して疑問の目を向けていたという話もあったらしい。


 直接的には街の人達には押し寄せてくる賊徒の数などの詳しい情報は流していなかったが、風の噂で聞いたのか賊徒がかなりの大人数だと知って内心では恐れ慄いていた住民も多かったと聞いた。今回の結果を受けて街の人達からの揺るぎない信頼を勝ち取る事が出来たのは正直嬉しいと感じている。


 部隊でも俺に対する疑念や侮りが少ないながらもあったのは俺自身も知っていた。例えあの称号があったとしても俺を心から信頼しようとしない人には効果が薄い。まあ、俺は若いし自分で言うのもなんだが、どこの馬の骨かわからないようなぽっと出の人間だからね。元底辺ですなんて打ち明けたら皆驚くこと請け合いだろう。


 さて、俺が街中を歩いている理由だが、一番の功績を上げた俺達の部隊は心身の疲労が大きいだろうとの配慮で、処理の区切りがついたタイミングで俺も含めて休みを貰える事になった。なので、装備の点検や修繕、それに掘り出し物探しなどの目的でコルとマナと一緒にやってきたのだ。今の俺は街の住民と同じような普段着の装いだ。部隊でもずっと武器や防具を装備してる訳でなく、事務仕事をする時は装備を外しているし、休みの日などは出来るだけ明るくカジュアルな服装を着るようになった。


『コル、マナ、何か欲しい物はあるか?』


『そうですね。主様、僕は暖かい敷物が欲しいです』

『エリオ様、私は花の種が欲しいです』


『コルの望みはわかりやすいけど、マナの欲しい花の種ってどういう理由だ?』


『はい、花壇に綺麗な花を咲かせてエリオ様を癒したいのです』


 えっ……マナって凄くいい子じゃないか!

 俺の為を想って花の種が欲しいだなんて嬉しくて胸の奥がジーンとしてくるぞ。


『うん、わかった。敷物はコルとマナの分二つ買おう。あと、花の種もいっぱい買ってあげるからな』


 今、俺の心は猛烈に温かい。何でも買ってあげちゃうぞ。


 雑貨屋で二匹の為に毛皮の敷物を購入。保温効果もあって日中は日差しの当たる場所に置いておけば、毛皮が熱を溜め込んで長時間暖かさが持続するらしい。


 お次はマナの希望した花の種を買いに行く。花屋さんを訪問して、どんな花が花壇に相応しいのか説明を受け、色とりどりの花の種を購入した。借りている家に戻ったら早速花壇に植えてみよう。花屋さんによると種を蒔いて水やりをした後、数日で芽が出てくるそうだ。今から楽しみだな。


『エリオ様、ありがとうございます』


 いやいや、俺の方こそマナにありがとうと言いたい。


 従魔の欲しい物を購入した後は俺の用事だな。最初はこの前防具を買った店に向かおう。防具は傷を受けていないので大丈夫だと思うが一応見てもらおう。


「こんちは」


「あいよ、お客さんかい?」


 店の主人が姿を見せたので用件を言おうとすると。


「おー、あんたか! まさかあんたが賊徒を倒した隊長だったとはな! この街を守ってくれてありがとうよ」


「まあ、役目なんで大した事ないですよ」


 面と向かって感謝の言葉を言われるとちょっと照れくさいよ。


「それで今日は何の用だい?」


「一応ですけど使った防具の状態を見てもらおうかなと思って持って来たんですよ」


 俺はバッグから防具を取り出して台の上に並べていく。

 それを店の主人は手に取ってあちこちを確認しながら検査を始めた。

 そして、一通りの検査が済むと店の主人は顔を上げ検査結果を伝えてくれた。


「うむ、何の問題もない。これならそのまま使っていても大丈夫だ。だが、こまめな手入れは忘れずにな。道具は大事に使えば長持ちするからな」


「ありがとうございます。手入れもしっかりやります」


 用が済んだので防具をバッグに仕舞って店を出ようとすると、なぜだか店の主人に呼び止められた。


「ちょっと待ってくれ」


 そう言って店の奥に向かっていく主人。何事なんだろうと思いながら待っていると、店の主人は奥から両手に黒いブーツを抱えて戻ってきた。


「このブーツなんだけどさ、隊長さんが履いてくれよ。お代はいらないからさ。街を守ってくれた隊長さんに俺からのプレゼントだ」


 店の主人の気持ちは嬉しい。そういう事なら貰うのもありだ。だが、まさかの黒ブーツ。俺は黒ずくめになる運命を課せられているのかと思わず笑いそうになってしまった。それに、よく見てみるとこの黒いブーツ格好いいな。予備にいいかもしれん。


「わかりました。ありがたく受け取らせていただきます」


 俺は店の主人から黒いブーツを貰い防具屋を後にした。

 次に向かうのは鍛冶屋だ。俺の武器である暗黒破天と元々使っていた大剣、それにこの前手に入れた賊徒の首領から引き継いだ大剣の状態を見てもらうのだ。街で評判の高い何軒かある鍛冶屋の一軒を目指して歩いていく。


 少し歩くと目的の鍛冶屋に到着。店構えもしっかりしていて建物の中からは鍛冶屋特有の音が聞こえてくる。俺は扉を開けて中に入り、鍛冶屋の奏でる大きな音に負けないくらいの大声で叫んだ。


「こんちは! 俺の持つ武器の状態を見てもらいたくて来たんですけど話を聞いてくれますか!」


 すると、工房の中にいた数人の鍛冶職人が驚いた顔をしながら皆一斉に俺の方へ顔を向けた。その中の一人でこの鍛冶屋の親方らしき人が立ち上がり、俺に向かって話しかけてきた。


「おい、おまえさん。そんなに大きな声を出さなくても聞こえるぞ。いきなりの大声で驚いたわい」


「申し訳ない。大声を出さないと聞こえないかなと思って」


 あー、恥ずかしい。


「まあ、いい。それよりも何の用じゃ?」


「はい、実はこの前賊徒と戦った時に使った武器と、俺がその他に持っている武器の状態を見てもらって悪いところがあれば直して欲しいんです」


「ほう、おまえさんが賊徒を倒してくれた人なのか。わしからも礼を言わせてもらおう、この街を守ってくれてありがとう」


「礼なんて言われると照れちゃうな」


「ハハハ、そう言わんでとりあえずその武器とやらを見せてくれ」


 俺はバッグの中から暗黒破天と首領の大剣と元から持っていた大剣を取り出して台の上に置いた。すると、鍛冶屋の親方は暗黒破天と首領の大剣に興味を持ったようで、手に持ってつぶさに眺め始めた。


「この長柄武器はいい仕事をしとるのう。そしてこっちの大剣も大業物じゃわい。ただ、少し斬れ味が落ちてそうだからわしに預けてくれればすぐに直してやろう。明日いっぱいには終わらせておく。その間はうちにある剣を貸しておく。おまえさんも自分の武器がないと困るじゃろうしな。貸し出す剣だがあそこに飾ってある剣の中から好きな物を選んでくれ」


「ありがとうございます。助かります」


「いいって事よ。その代わりと言ってはなんだが、おまえさんの連れているその従魔の毛並みをわしに撫でさせてくれ。この通りだ。どうか頼む!」


 そう言って俺に頭を下げる鍛冶屋の親方はまさかのモフ好きだった。

 俺はコルとマナに目配せをして鍛冶屋の親方のモフ分補給の望みに応えてあげるのだった。



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あとがき


とりあえず区切りの第50話を迎えました。

ここまで本作品をお読み頂いた読者の皆様、誠にありがとうございます。

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