第21話 決断
ガンツとバルクは倒した。
後は隠れていたゴイスだけだ。
あれから矢が飛んで来なかったという事は、コルとマナがゴイスが矢を放つのを邪魔してくれたのだろう。二匹が気がかりなのですぐに周りを見渡してみる。
居た! 向こうの方でコルとマナの金色と銀色の毛並みが見える。
だが、寝そべっているように見えるが動きがない。
まさか、ゴイスにやられたって事はないよな?
俺は慌ててコル達に向かって走り出していた。
俺が走って来るのに気がついたのか、金色と銀色の毛並みが動きを見せて俺の方に顔を向けた。良かった、二匹とも無事だったみたいだ。だとすると、隠れて矢を放っていたゴイスはどうした?
二匹の傍に辿り着くと、その向こう側には既に事切れているゴイスが仰向けに倒れており、呆気に取られてそれを眺めている俺に、二匹は「俺に指示された通りに倒しておいたよ」と言わんばかりに誇らしげな顔を俺に向けていた。
あれ…もしかしてコイツら見た目の割には本当に強いのかもな?
誇らしげな顔をしている二匹を眺めながらそんな風に思った俺だった。
さて、明確に俺を殺す目的で襲ってきたガンツ達を返り討ちにして倒す結末になったのは良いが、この三人の後始末をどうしようか。ギルドや衛兵に報告したところでどこまで俺の言い分を信じてもらえるかわからないしな。もし仮に生かしておいたとしても、コイツらが自分達から俺を襲ったと正直に白状をするような連中には到底思えない。奴らの普段の人間性を考えるとそれを期待するのは無理がある。むしろ、奴らが嘘の主張をして自分達こそが被害者だと言い張って泥沼の水掛け論になった可能性の方が高い。とりあえず、この結果に対して俺に悔いはない。
さて、どうしようかと額に手を当てて考えてみる。
そうだ、埋葬という形で土に埋めて祈っておいてやろう。奴らに対するせめてもの情けだ。でも、その前に家を燃やされたのだから手持ちの金を賠償費として貰っておかないとな。
そう考えて決断した俺はマジックバッグからスコップを取り出し地面を掘り始める。やがて三人がすっぽりと収まるくらいの大きさの穴を掘ってガンツ達を埋め、掘った土を穴に埋め戻しておいた。そして祈っておく。天に召されろよ。
さあ、戦いの始末は終えたし先に仕留めたバトラーベアーを処理回収して街へ戻ろう。こういう時は無理矢理にでも気持ちの切り替えが大事だ。
「コル、マナ。おまえ達もご苦労だったな」
俺が労いの言葉をかけると二匹は俺の体にその美しい毛並みをスリスリと擦り付けてきた。生死がかかった戦いの後だけに癒されるよ。
◇◇◇
あの日から一ヶ月ほどの日にちが過ぎていった。
俺はあの日の出来事を誰かに気取られないように今までと変わらず毎日の生活を普通に続けている。経験を積み重ねて強い魔獣と戦うのにも慣れて、複数の強い相手でも余裕を持って戦えるようになった。それよりも、従魔であるコルとマナの戦闘力が想像以上に高いのに心底驚いていた。
そこらへんの普通の魔獣なら苦もなく倒してしまうのだ。
何よりも速さが段違いで動体視力が格段に上がった俺の目でさえも二匹の動きを追うのが精一杯だ。そして二匹とも体はそんなに大きくないのに爆発的な力を持っていて大きな魔獣相手でも全然力負けしない。
俺が従えている従魔がこんなに強いなんて主人である俺自身も驚いている。
しかも、まだまだコイツらの強さの底が見えてなさそうなんだ。
もしかしたら俺はとんでもない魔獣をうっかり手懐けてしまったのかもしれん。ただ、見た目は愛嬌があって強く見えないので、街の人達もコルとマナの強さを知らずにいるのでまるで警戒されていない。子供なんかは普通に近寄ってきてコルとマナを撫でさせてくれとおねだりをしてくるしな。
ここ最近の俺は、依頼を魔獣討伐にシフトした事によって以前と比べて順調に金も貯まるようになってきた。しかも従魔連れとはいえソロなので金は俺だけの懐に入るのだ。底辺時代から比べると稼ぎは雲泥の差だ。
金が貯まったら燃えて更地になった土地に新しく家を建てようかという選択もあったが、俺は悩んだ末にある決断をした。
その決断とはこれだ。俺はこの街を出て行くのだ。
今の宿泊場所も取り壊しの日程が決まり街を出ていく決断を後押しした。
底辺で燻っていた時にはこの街から離れて暮らしていけるだけの生活力がないと諦めて、どこか別の場所へ行こうとかそういう考えは起こらなかったが今は違う。
俺の心の中にどこへ行ってもやっていけるという自信が芽生えたし、コルとマナを連れてまだ見ぬ土地へと行ってみたくなったのだ。行く先々で何が待ち構えているかわからないが期待の方がすこぶる大きい。コイツらが居ればどんなところでも寂しくはない。
まずは土地を処分してギルドにもこの街を離れると挨拶しておこう。
そして今日、朝から商人ギルドで土地の処分の手続きをしてお金を受け取り、次に冒険者ギルドに向かっている。ダムドの街並みを眺めながらそれらを目に焼き付けて歩いて行く。何だかんだでここは初めて冒険者になった街だからな。底辺時代が長くてあまりこの街に良い思い出や印象はないけどね。
見慣れたギルドの建物の中に入り、受付に事情を話し儀礼的にギルド長に挨拶がしたいと要件を伝えると、小部屋に案内され少し待ってくれと言われたので椅子に座り待つ事にした。
暫く待っているとドアが開き壮年の男が小部屋に入ってきた。
ごくたまに姿を見る事があったがこの人がギルド長のムラーノさんだ。
俺は椅子から立ち上がりギルド長に挨拶する。
「お呼び立てして申し訳ありません。俺はエリオという名のDランクの下っ端ですが、この街を出ていこうと決めたので挨拶だけはしておこうと思って来ました」
俺の挨拶を受けて、ギルド長は繁々と俺を見ながら話し始めた。
「エリオ? そうか君がエリオ君か。その名前は最近ドイル君から聞いていたぞ。期待出来る奴が現れたとね。だが、このダムドの街を出ていってしまうのか。でも仕方がないかもしれんな。このダムドの街は辺境にある小さな街だから君を引き止めるだけの魅力に欠ける。残念だが君の意思を邪魔する訳にはいかないからね。別の場所へ行っても頑張れよ」
「ありがとうございます。温かい言葉もかけてくれて感謝します」
「ハハハ、街を出る人を快く送り出すのもギルド長の仕事さ」
そう言いながらギルド長はドアを開けて部屋を出ていった。
挨拶も済んだし、後は今の宿を引き払うだけだ。そうすればもうこの街でやり残した事もないな。
用事が済んでダムドのギルドを出た俺が宿に向かって歩き始めると後ろから聞き覚えのある声がして呼び止められた。
「おい、ちょっと待ちな!」
その声がした方へ振り向くと、ギルド職員のドイルさんがギルド前の道に腕を組みながら立っていた。
「おまえこの街を出ていくんだって? さっき受付でそんな話をしてるのが聞こえたもんだから確かめに来たんだよ。本当か?」
「はい、間違いないです」
「そうか、そいつは残念だな。たまにおまえと手合わせをしてお互いに切磋琢磨出来ると思ってたのによ」
「ハハハ、俺はそんなに強くないですよ」
「フハハ、そういう謙遜は逆に嫌味に聞こえるぜ。ところでよ、前におまえに絡んでた野郎達の姿を最近見かけないが、ひょっとしておまえ何か知ってるか?」
ギクッ!
まさかあの事がバレてるのか?
ここは平静を保つんだ。
「いや、知らないですね」
「ふーん、そうか。ならいいんだ。評判がすこぶる悪くて鼻つまみ者の野郎共が居なくなって街の風通しが良くなりすっきりしたからよ。もしおまえが関わってるのならこっそり礼を言おうと思ったんだがな。どうやら俺の思い違いのようだったな」
「そうですよ。ドイルさんの思い違いですって」
「街の外で自分よりも強い魔獣に遭遇すれば殺られるし、理不尽な理由で自分より強い人間に戦いを仕掛ければ返り討ちに遭う。この世界ではどこでも聞くようなよくある話だ。ハハハ、あいつらを見なくなった理由は大方そんなとこかもな」
ドイルさんは笑いながらそう言って片目を閉じてウインクをしてきた。
もしかして薄々感づいてる?
「まあ、なんだ。どこに行くのか知らねえが、この先も元気にやっていけよ」
「ありがとうございます。ドイルさんもお元気で」
お互いに笑顔を見せながら片手を上げて別れの挨拶をして離れていく。
この街での生活は嫌な思い出ばかりだったが、最後は笑って旅立てそうだ。
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