第19話 不意打ちされる
取り壊される予定の宿に泊まりながら毎日の寝起きを始めた俺。
古い建物で飯は出ないが屋根のある部屋なので心理的にはかなり快適だ。
今朝も裏の井戸で顔を洗って依頼を受けにギルドへと向かう。
向かう途中の店や露店でパンや焼いた肉を買い、予備の分も購入してバッグに詰め込んでいく。コルやマナは相変わらず少食でそっちに金がかからないのは本当にありがたい。
従魔を連れている俺が言うのもなんだけど魔獣ってよくわからないよね。
「おまえら本当にそんな少食で大丈夫なの?」
『『ワウン』』
ハハ、大丈夫だってさ……
さて、目的地のギルドに到着だ。
最近の俺だがDランクに昇格したのがそこそこ知れ渡ったのと、倒した魔獣の素材を素材買い取り所に持ち込んでくるのを他の連中に目撃されるようになったおかげで、俺への評価が劇的に変化したのか以前のようにわざと聞こえるような声で陰口を叩かれたり、名指しで馬鹿にされるような事もなくなった。ただ、今まで無能と馬鹿にしていた俺を自分と対等の立場と認めたくないガンツ達みたいな連中もまだいるようだ。たぶんそんな連中とは一生わかりあえないだろう。
でも、俺はお人好しじゃないんでね。陰口がなくなってもおまえらが今まで散々俺の事を馬鹿にしてきたのは覚えているし忘れないからな。
掲示板に出された依頼を眺めていると、どこからか悪意のこもった視線が俺に突き刺さっているのを感じた。その場でぐるっと周囲を見回してみると、奥の壁際の方でじっと俺を見ながら憎悪の目を向けるガンツの姿があった。
俺と視線が合ったのに気づいても目を背ける事もなく、より一層憎悪の炎をその目に燃やしながら俺を鋭く睨んでいた。
おまえは何でそんなに俺に憎悪の目を向けるんだ?
底辺だと蔑んでいた俺にランクで並ばれたのがそんなに許せないのか?
今まで自分より格下だと馬鹿にしていた相手が強くなるのが気に入らないのか?
そんな風に後から後からガンツに対して疑問が湧いてくるが、おそらく奴は俺の全てが気に入らないのだろう。俺に対して一方的にそこまでの憎悪を向けて執着するおまえは可哀相な奴だなと呆れながら、俺はガンツから視線を外し掲示板に向き直って何か良さそうな依頼がないか探す事にした。
そしてこれはと思った良さそうな依頼を見つけた俺はコルとマナを連れて目的の魔獣がいそうな場所に向かった。依頼で行くのは初めての場所で、この街の周辺では強い部類の魔獣がたまに出るらしい。
俺としては今の状況を脱するにはとりあえず金を稼がなければいけないので、依頼の額が高いその依頼を受けたのだった。
そこは街道からは近いが深い森で道からは奥がよく見えず、森の奥の方に行くに従って魔獣との遭遇確率も上がっていく場所らしい。
俺のお目当ての魔獣はブラッドベアーとは別種の熊型の魔獣で、体は少し小さめだがその分動きが速くて俊敏なバトラーベアーだ。漆黒色の毛皮と肉が高値で買い取って貰えるので討伐すれば稼ぎの額も大きい。今の俺の強さなら複数相手でも問題なく余裕で倒せるはずだ。
コルとマナにそこらへんで自由にしていていいから魔獣に出会ってもいきなりこっちに連れてくるなよと指示を出すと、二匹共わかったとばかりに『ワウッ』と叫び、その場から尻尾を振りながら好きな方向へと駆け出していった。
一応、二匹ともに俺の従魔なのだが、まだ俺と一緒に本格的には戦わせていない。これには理由があって、二匹の種族が不明で称号やスキルもわからない。しかも、見た目的に少し愛嬌があるので強いのかどうかも判断しにくい。実際に戦わせて実力を見ようとは思ってるんだが、その前に俺自身が戦いに慣れる為に戦闘の立ち回りを覚えなきゃいけないのでコルとマナとの共同戦闘はそういう理由で後回しになっていた。
二匹と別れた後、俺は魔獣が通った痕跡のある獣道を探す。
その獣道周辺を辿っていけば魔獣と遭遇する確率が高くなるからだ。
下草を踏み分けていくと、それらしい跡が見つかったので奥の方へ向かって静かに歩いていく。すると、前方に目的の魔獣らしき姿が動いてるのを確認した。そっと近づいていくと漆黒の毛の特徴からお目当てのバトラーベアーに間違いなさそうだ。
上手い具合に一頭だけなのでコイツとの初戦闘には良い条件だろう。
剣を鞘から抜き身を低くしながらスルスルと近づいていくが、この魔獣は鼻が良く利くのか剣の間合いに入る前に気づかれてしまった。
仕方がない、普通に真正面から戦ってみるか。
「行くぞ!」
小手調べに俺は足を強く踏み込みながらバトラーベアーの横斜めに飛び上段から首を狙う。だが、その攻撃を素早い動きで身を翻し間一髪で躱すバトラーベアー。
ほう、熊にしては動きが速いな。
そして、アクロバティックな動きから後ろ足で地面を蹴り出し俺に向かって飛びかかってくる。勢いそのままに右前足をスイングしてその凶悪な爪撃で俺を引き裂こうとしてきた。持っている剣で軽く弾き返す。威力はブラッドベアーにはかなり劣るがスピードがある分手数で押していくタイプのようだ。でも、一頭だけなら俺にとって全く脅威ではない。
相手の次の攻撃を最小限の動きで避けながらカウンターのように剣を振り抜くと、首筋を深く斬り裂かれたバトラーベアーは急激に力を失い地面に崩れ落ちた。
「よしっ!」
こいつの動きや特徴はおおよそ掴めたと思う。
次は経験を積む為に複数の個体と戦ってみたいものだ。
倒した魔獣の処理を終え次の獲物を探しに行く。
勘だが何となくあっちの方に居そうな気がする。
すると偶然なのか俺の勘が当たったのか知らないが、漆黒の毛で覆われている二頭のバトラーベアーがのしのしと歩いている姿を見つけた。
「上手い具合に二頭で歩いているぞ」
小声で呟きバトラーベアーに向けてそっと近づいていく。
おそらく事前に察知されるだろうが先に見つけた俺の方が有利だ。
そして、ある程度の距離にまで間合いが縮まると、やはりというかバトラーベアーは俺の存在を察知して二頭同時にこちらに振り向いた。
『グォオオオ!』
一頭が咆哮しながら俺に向かってくる。
もう一頭は前の一頭の後ろに姿を隠すようにしながら追随してきた。
もしかしたら時間差で攻撃してくるつもりかもしれないな。
一頭目が俺に迫り、間合いに入ると左腕を振り上げ、俺の体目掛けてその腕をスイングしてきた。だが、それは目くらましを兼ねた陽動攻撃だ。本命は後から来る二頭目。俺が一頭目に気を取られてる隙に時間差で一頭目を飛び越えて来るのだろう。
俺は真横に体を移動しながら左腕のスイング攻撃を躱し、後ろにいる二頭目の姿を捉える。既に正面への攻撃モーションに入っていた二頭目の横っ面に剣を振る。大きなその顔を剣が薙ぎ払い、顔の上半分が斬り飛ばされたバトラーベアーはその勢いのままどっと前方に崩れ落ちた。
後は最初に攻撃を仕掛けてきた一頭目を倒すだけだ。一頭になったおまえはもう俺にとっては敵ではなくただの練習相手みたいなものだ。素早く振り向くと一頭目のバトラーベアーは身を翻してこちらに顔を向け、怒りに燃えた目で俺を睨みつけていた。
次はおまえの番だとばかりに俺は剣を構え、バトラーベアーに攻撃しようとして動き出した瞬間にそれは飛んできた! 俺は既に攻撃の動作に入ろうとしていて、まるで予期せず不意打ちで飛んできたものを躱せなかった。
「痛ッ!」
苦痛に顔を顰めながら見ると、俺の左肩にはどこからか飛んできた矢が深々と刺さっていたのだった。
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