第3-24話 異能は愛をこいねがう:下
どぷん、と唐突に海に落とされたような衝撃と共にナツキの意識が飛んだ。
いや違う。飛んだのではない。
圧倒的な情報量に晒されたのだ。
目の前にはホノカがいた。
アカリに襲われているホノカだ。
『なんで私を助けたの?』
助けた後にそう問われた。
見返りを求めずに人を助けたと言った時に、信じられないものを見る目で見られて、そう尋ねられたのだ。
対価がなければ人を助けては行けないのかと聞いて、さらに困惑された。
あの時は誰も殺さないことが良いことだと、本気で思っていた。
『初めて友達ができたわ、ナツキ』
夜の小道で、危ないからとホノカを送っている時に彼女はそう言って儚げに笑った。その笑顔がとても素敵で、とても可愛いと思ったことをよく覚えている。彼女には自分には想像もし得ない過去があって、それでも前を向いて〈
『……ナツキ、助けて』
あの日、元勇者にホノカが連れ去られた時に、自分の不甲斐なさと間に合った安堵で頭の中がぐちゃぐちゃになった。自分の言っていた殺さずというのが、どこまで通用するのだろうかと不安に思った。
それをいつものように奮起で押し殺して、ナツキは勇者を無力化した。
そして、自分には殺さずを体現できるだけの力があることに気がついて、そっと安心した。出来るなら、誰も殺したくなかった。
殺すというのは、相手の命を奪うことだ。
それは、絶対の終わりなのだ。
ナツキを殺そうとしてきた異能にもきっと家族や友人たちがいて、もし自分が彼らを殺してしまえば、その家族や友人は悲しむだろうと思ってしまう。もし、彼らに子供がいて、自分が殺してしまったことで1人残される子供の気持ちを思うと、それだけでやるせなくなる。
それは、突然両親が消えた自分と全く同じだからだ。
自分のことを、口が裂けても恵まれた育ちなんて言えない。
出来ることなら、自分と同じような境遇の子供たちが少なくなってほしい。
それはナツキの原体験に基づいた気持ちだったのだから。
「……家族、か」
ナツキは記憶の海の中でそう呟いた。
あの
そういえば、兄がいると言っていた。ならきっと、両親だっているのだろう。
彼が死ねば、彼の兄が悲しむだろう。
彼の両親が悲しむだろう。
ナツキは親がいない子供の気持ちがよく分かる。
だが、子供を失った親の気持ちはよく分からない。
けれど、そんなもの……少し想像しただけで身が裂かれそうになるほど苦しい出来事だと言える。なら、彼を殺さない方が良いんじゃないか。
そんな甘えた考えが鎌首をもたげて行く。
「いや、殺すべきだ」
しかし、ナツキが再び呟いた。
確かに彼には家族がいるかも知れない。彼が死んだら悲しむ人がいるかも知れない。
けれど、彼は自分たちを殺そうとしてきたのだ。
見ず知らずの会ったこともない遠い人間よりも、ナツキにとっては友人の方が大切なのだ。奪おうとしてきたのだ。奪い返しても良いじゃないか。
理不尽じゃないか。どうして向こうは命を奪うのに、こちらは奪っては行けないのだ。覚悟を決めているのだったら、殺したって問題はないはずだ。
今まで殺さなかった方がおかしいんだ。
異能は異能を殺すんだから。
だったら、なんで今の今まで誰も殺さなかったんだろう。
「人に、恥じない……行動を」
その問いの答えはすぐに出た。
両親と自分を結んでいた、最後の線。
それが、その言葉だった。
『ナツキ』
声が聞こえた。自分の名前を呼ぶ声だ。
とても聞き慣れた声で、荒れていた心がそっと落ち着いていく。
『起きて、ナツキ』
起きる? 自分は寝ているんだろうか?
いつの間に寝てたんだろうか?
寝てるなら、起きないと行けない。
そして殺さないと行けない。あの
『そんなの、どうだって良いでしょ?』
どうだって良い?
『
「それは違う!」
ナツキは叫んだ。
そんなこと、認められるはずが無かった。
だったら、何のために自分は敵を殺したのか。
何のために強くなったのか。
まるで意味が無いではないか。
『良いのよ、ナツキ。もう休んでも良いの。だってこんなに、頑張ったんだから』
その時、ナツキの記憶にはない景色が流れ込んできた。
自分は平地に寝かされていて、その周りを仲間が囲んでいた。心配そうに自分を覗き込んでいるのを、ナツキは第三者の視点で見ていた。
それはまるで幽体離脱にも思える体験で、
『ナツキのおかげで誰も死ななかったわ。そして、みんなが願いを叶えたの。ナツキのおかげよ』
「……違う。俺は、守れなくて」
『みんな生きてる。それ以上に、大切なことなんて何も無いわ』
「……でも」
『ありがとう、ナツキ。ナツキのおかげで誰も死ななかった。みんなで、生き延びれた。ナツキは私たちがとっくの昔に忘れてた仲間を思いやる気持ちを取り戻してくれた。本当に感謝してるの』
「…………」
『だから後は、ナツキだけ』
「…………俺?」
『ナツキにも叶えたい願いがあるんでしょう?』
そうだ。俺にも叶えたい願いがあるんだった。
両親を探して、彼らと再会して、当たり前の生活を手に入れる。
そんな願いが、あるのだ。
『だから起きて、ナツキ』
その声に引き寄せられるように、ぱっ、と眼の前に表示されていたディスプレイの内容が変わった。
―――――――――――――
緊急クエスト!
・目を覚まそう!
報酬:クエスト変更券5枚
99:99:99:99
―――――――――――――
それを見て、思わずナツキは笑ってしまった。
クエストから、どうにも怒られたばかりの子供のようなものを感じ取って笑ってしまったのだ。
「……もう、良いのか?」
『良いのよ、もう。今はゆっくり休みましょう』
「そっか。そうなのか」
ナツキは一人で小さく呟く。
「……悪かったよ」
そして誰にともなく謝ると、ナツキは息を大きく吸った。
「そろそろ起きるか」
その言葉と共に、彼の意識は浮上した。
魔術、魔法というのは基本的に魔法使いの中だけで伝達されていくものだ。しかし、時折……伝承や、御伽噺と言った形で、一般に伝わってしまうこともある。それは
例えば
また、それとは違い運悪く流出してしまったのは
だが……さらに中には、例外として魔法そのものが御伽噺になっていることがあるのだ。
それはシエルの使う『
だが、ここにもう1つ。魔法から生まれた物語がある。
それは寂しく凍てついた心にそっと語りかけて、優しく説得する温かい魔法。今ほど異能が戦いに生きておらず、まだ
誰かを動かすときには力ではなく、人の心を温めるのが当たり前とされていた御伽噺のような時代に生まれた、異人に優しく語りかける小さな奇跡。
それは『
やがて、『
今の異能には
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