第2-07話 飲み込まれる異能

 スク水を着たヒナタだが……そのサイズが明らかに今の彼女のサイズと合っていない。ワンサイズくらい水着の方が小さいのだ。それもそのはず。ナツキたちが通っている高校には水泳の授業がないので、彼女も新しい水着を買っていないのだろう。


 だから、彼女の持っている水着は小学校か中学校のときの水着なのだ。そんなことを思いながらナツキがヒナタを見ていると、彼女は少し怒ったようにして、


「……は、八瀬はちのせくんもすぐに着替えて。今度は私が目をつむっておくから」

「う、うん……」


 そういってナツキのアイマスクを取ると、彼女は片手で器用に付けた。


「あ、あんまり見ないでよ」

「分かってるって……」


 と、言いながらも勝手に目が動いてしまう。


 ジロジロ見るのが良くないとナツキは一生懸命自分を抑えて、数年前に買った海パンに着替え始めた。こちらもかなりサイズが小さくなっていたが、それでも元は海パンだ。ヒナタと違って、十分に隠せる余地がある。


「……着替えたよ」

「はやく入りましょ。すぐにでもシャワーを浴びたいの」


 そういってナツキとヒナタは手を触れ合わせたまま……なるべくお互いの距離を保って、風呂場に入る。


 だが、ナツキがそこに誰かと入ることなんて小学生の時に父親と入った以来だ。


 自分の日常風景、それも風呂場にこんなに可愛い女の子がいるなんてことが頭の奥底で理解できず……ふわふわとした変な思考におちいる。まるで、夢でも見ているのではないかと疑ってしまうほどに。


八瀬はちのせくん。これって、ここをひねればお湯がでるの?」

「あ、俺がやるよ」


 なんてことを考えてました、なんて言うこともできずナツキはハンドルをひねってお湯を出す。温かいお湯が出てくるまでしばらく待っていると、ヒナタがふと口を開いた。


「……笑わないの?」

「え、何が?」


 急に問われて意味がわからず聞き返すナツキ。


「こんな変な格好してて……八瀬はちのせくんは笑わないの?」

「どこに笑う要素があるの?」

「だ、だって……おかしいでしょ? 高校生にもなって、中学生の時の水着を着てるなんて……」


 あ、それ中学生の時のやつだったんだ……と、思いながらナツキは続けた。


「いや、別に……。夏にプールとか海に行かなかったら、そんなもんじゃないの? 俺だって、この水着中学の時のやつだし」

「……八瀬はちのせくんも遊んでないの?」


 その言葉にナツキは黙り込んだ。何と言うべきか、迷ったのだ。

 しばらく黙っていると、シャワーヘッドから温かいお湯がでてきたのでヒナタに手渡す。


 そして、意を決して己の過去を彼女に語った。


「俺、中学の時は親戚の家に預けられてたんだよ」

「親戚の家に?」

「そう。でもさ、親戚からは好かれて無くて……叔父さんたちは父さんたちとそんなに仲良くなかったし、あんまりお金を持ってる家じゃなかったんだよ。だから、いとこ達だけでも家計が大変なのに、俺がそこに入ると……やっぱ、気を使うだろ?」

「……そうね」

「だから、中学の夏休みは遊ばなかったよ。ずっとバイトしてたんだ。中学生でも出来るやつ」

「…………」

「ま、そのバイト代は全部一人暮らしするときに消えたけどさ」


 ナツキがそういって笑うと、ヒナタは少しだけ顔をうつむかせて……。


「ごめんなさい。変なこと聞いて」


 震える声で、静かに謝ってきた。


「良いよ別に。俺は気にしてないし。それよりシャワーを早く浴びよう。風邪引くよ」

「そ、そうね」


 ヒナタはそう言って、シャワーを浴びるために自分の手を大きく引いた。

 だが、その手にはナツキの手がくっついており……ナツキの身体は必然的にそっちに引っ張られる。


「……んっ!?」

「きゃあっ!!」


 そして、そのままナツキはヒナタに覆いかぶさるようにコケてしまった。だが、とっさにヒナタの頭に手を回して頭を打たないようにカバーしたナツキは、ヒナタが怪我しないように素早く彼女の身体を抱きかかえて引き寄せると、余った片手で床に手をついた。


 ドン!


 と、壁ドンならぬ床ドンをしてしまったナツキは心配そうにヒナタの顔を覗き込む。


「ヒナタ、大丈夫?」

「……ご、ごめんなさい。いつもの癖で」


 そう言ってヒナタが目を開くと……綺麗な緑の瞳がナツキを中心に捉えて、飲み込んだ。


「…………」


 無言のままナツキを見つめると……そっと顔を反らす。

 そして、静かに言った。


「は、八瀬はちのせくん」

「ん?」

「当たってるわ……」

「え?」


 ナツキがちらりと下をみると、ナツキの胸板がヒナタのおっぱいを押しつぶさんばかりに押しているではないか。


「……っ! ご、ごめん!!」

「い、良いの! 私の方が悪いから!!」


 ナツキは弾かれたように彼女の上から降りると、ナツキもヒナタも顔を赤くして……立ち上がった。


「しゃ、シャワーを浴びましょ。風邪を引く前に」

「そ、そうだな」


 さっきのナツキとまるっきり同じことを言って話を反らしたヒナタは、まるで何も無かったかのように振る舞って、話だけではなく目も反らした。


(……柔らかかったな)


 ナツキは初おっぱいの感触を頭の中で再生しながら、ナツキは温かいシャワーの中で目を閉じた。






 シャワーという一大イベントをこなしたナツキたちは、仮眠を取ってテレビを見ながら時間を潰しそのまま昼食を取った。しかし、午後も同じようにテレビを見続けるというのは時間の無駄なので、ナツキは自室にあったサイコロを取り出して、振ることにした。


「どうしたの?」

「ちょっとね」


 時間を有効に使うために、ナツキは『クエスト』をクリアしようと思ったのだ。

 ちなみに、ナツキがクリアしようとしているのは、

 

 ――――――――――――

 ・3回連続でサイコロの目の1を出そう!

 報酬:『LUC+10』


 ――――――――――――


 である。


 『幸運値LUC』の値が変わることで良いことが起きるのかなんて知らないが、無いよりはマシだろう。幸運値とあるくらいだから、もしかしたら『クエスト』で出てくる報酬がもっと良いアテムになるかも知れない。


 なんて期待を込めながら、ナツキはサイコロを振り続ける。


 その横で、それを興味深そうに眺めるヒナタ。


八瀬はちのせくんは何をしてるの?」

「異能を強くしてるんだ」


 正確には異能ではなく、『ステータス』だが。


「懐かしいわね。私も小さい頃にやったわ」

「ヒナタも異能の特訓を?」

「ええ。小さい頃の私は異能の力が弱かったから……『念力PK』で自動車を持ち上げるので精一杯だったの」


 …………精一杯?


「でも、頑張って練習して……もっと重たいものを持てるようになったし、持ち上げるだけじゃなくて細かい動きもできるようになったわ」

「そういうのって自分でトレーニングメニューを考えるもんなの?」


 『クエスト』は強くなるために何をやれば良いのかが明確だ。

 だから誰に教わらなくても、成長するための道がちゃんと敷いてあった。


 だが、ホノカの話を聞く限り魔女ウィッチはそうではないという。

 魔法を使うには勉強が必須で、それは親が教えてくれるのだとか。


 なら超能力者エスパーはどうなのだろう?


 そう思ったナツキは純粋な好奇心のままそう聞いたのだが、


「そうね、私が自分で考えたものもあるけど、お父様やお母様が考えたものが大半よ」

「ヒナタの両親も異能なの?」

「ええ、お父様もお母様も超能力者エスパーだわ」


 自分で聞いておいて、ちくりとナツキの心が痛む。

 それが、みにくうらやましさだなんて、誰に言われるわけでもなくナツキ自身がよく知っていることで、


「そういえば、大丈夫だったの? 俺の家に泊まっても」


 そういって、話を切り替えた。


 両親のことを『お父様』や『お母様』と呼ぶような家だ。育児に関して厳格なのだろうということくらいナツキにだって想像がつく。そんな家の女の子が男の家に泊まるなんて、何かを言われてもおかしくないのに……。


「構わないわ。私は……どうせ、失敗作だし」


 静かに、だが明確な諦めの言葉を持ってヒナタは言葉を紡ぐ。


 ナツキはその時、自分の質問が彼女の地雷を踏み抜いたのだと……気がついた。

 

「……失敗作?」

「2つ下に、妹がいるんだけど……妹の方が、異能としての力が強いの。だから、お父様もお母様も妹につきっきり。もう2人とも私のことなんて見てないのよ」


 そういってヒナタは「……ふぅ」と、小さくため息をついて笑った。


「妹の性格が悪かったら……私もあんな家、すぐに逃げ出せるんだけどね。でも、妹は……そんな私に気を使ってくれてる。お父様と、お母様に愛されてない私をどうにかしようとしてくれてるの。……それが、すごく心苦しい」

「……そう、だったんだ」


 ……だから、彼女は痴漢をしようとしていたんだろうか?

 罪を犯せば、両親が彼女を見てくれると思ったのだろうか。


 それが、邪推だとナツキは知っている。

 それでも……彼は、彼女の境遇に似たものを感じてしまって思わずそう考えてしまった。


「他の家の失敗作に比べたら、恵まれてるのよ。家に置いてもらえるだけ……両親の温情なの」

「…………」


 ナツキはまだ、『異能』としての日が浅い。

 だが、それでも……異能の殺伐とした世界は、幾度となくのぞいてきた。


 だからこそ、彼女の言葉には説得力がある。

 異能たちなら家から才能の無い子供を追い出したり殺したりしそうなものだから。


「でも、あの家には居づらいの。ごめん、八瀬はちのせくん。変な話しちゃって」


 そして、言うだけ言って申し訳無さそうに微笑むヒナタに……ナツキはどう声をかけるべきかしばらく迷って、


「俺はヒナタのこと……好きだけどね」


 そう、言った。


「すっ!?」


 顔を真赤にして、ナツキから飛び退こうとしたヒナタだったが『愛欲パトスの呪い』によって離れられず、ナツキの手を引くだけになってしまい……変な空気になった。


「というか、嫌いになる要素がないっていうか。可愛いし、ちょっと抜けてるし、子供っぽいし……」

「ほ、褒めてるの……それ……?」

「もちろん褒めてるよ」

「そ、そうなの? でも、なんだか悪い気はしないわね……」


 ナツキが本心から言っていることが伝わったのか、少しだけ気を良くしてヒナタは頷く。


「だから……って、訳じゃないけどさ。もし、ヒナタが困って……家出したくなったら、俺を頼ってよ。いつでも助けるからさ」

「…………なんで」

「ん?」

「なんで……そこまで、してくれるの?」


 期待半分、そして疑問が半分という顔でヒナタはナツキにそう聞いた。

 だが、ナツキはなんでも無いような顔をして、


「だって、困ってる人がいたら助けるべきだろ?」


 そう、言った。


「……信じられない」


 ヒナタはぽつりと、言葉を漏らす。


「優しすぎるわよ……。八瀬はちのせくん」

「よく言われる」


 ナツキはそういって、微かに微笑んだ。


「本当に……本当に、異能なの?」

「異能だよ。成り立てだけど」


 そして気恥ずかしさを誤魔化すようにサイコロを手にとって振るうと……コツ、と小さな音を立てて3回連続となる1が出た。頭の中でファンファーレが鳴り響く。


 これで1つ『クエスト』クリアだ、とナツキが胸をで下ろした瞬間、


「……っ!」


 急に、ヒナタがナツキを押し倒した。


「おわっ!?」


 【身体強化】を使っていないナツキはただの人。

 女の子とは言え、全体重をかけられて倒されてしまっては抵抗することはできても、支えることはできない。


 思いっきり後頭部から倒れたナツキだったが、頭がぶつかるよりも先にふわっと柔らかいものに止められた。『念力PK』だ。


「…………八瀬はちのせくんが、悪いんだから」

「ヒナタ……?」


 訳も分からず押し倒されたナツキの上に、ヒナタが馬乗りになる。腰の辺りにヒナタの柔らかいお尻が押し付けられて、これが苦しいの苦しくないのってもう大変。


 そのヒナタをどかそうとしたが全身をガッチリ押さえつけられており抵抗できない。


(こ、これが……『念力PK』の力……)


 と、ナツキが半分諦めモードになっていると、ナツキの上にのったヒナタが妖しい表情を浮かべる。


「……八瀬はちのせくん、知らないの?」

「何を? 何が……?」


 ヒナタはそっとナツキの耳元でささやいた。


「異能はね……色んな所で排斥されて、追い払われて……親からも、愛情を注がれないの。だから」

「……だ、だから?」

「愛されたいの」

「……は、初めて聞いたっ!」


 だが、心当たりがないことはない!


「勘違いだったとしても……勘違いさせた方が悪いのよ、八瀬はちのせくん」

「そんな馬鹿な……!」


 だがナツキの抵抗虚しく、ヒナタはナツキの着ていたシャツに手をかけてボタンを1つ1つ外していく――その途中にガチャ、と玄関から音が響いた。合鍵を渡したホノカが帰ってきたのだ。


 ちらりとナツキが時計を見ると、時刻は15:30。


 帰ってくるの早くない!?


(けど……助かった……ッ!)


 流石にホノカが帰ってくればヒナタも手を止めるだろうと、思ったがヒナタは手を止めない。ナツキの服を脱がし続ける……ッ!


 な、なんで止まらないの……!!


「ナツキ、帰ったわ! 『便利屋』の場所も分かったからすぐに行くわよ! 場所もここから遠くないから、すぐに……」


 リビングの扉が開けられ、ナツキの上に馬乗りになったヒナタとホノカの視線が合う。


「いつ帰ってきたの?」


 その時、ヒナタは初めてホノカが帰ってきたことに気がついたのか目を丸くして、


「〜〜っ!!」


 一気に顔を真赤にするホノカと、『邪魔しやがって』と言わんばかりのヒナタがなんとも対照的で、


「ナツキから降りなさいッ!!!」


 ホノカの絶叫が、家の中に響いた。

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