第2-06話 生活する異能
「私はこれから学校に行くけど……変なことしたらダメだからね!」
午前7時20分。
目の下にバッチバチのクマを作って、ホノカはびしっとナツキとヒナタを指差した。彼女と向かいあっているナツキたちも酷いもので、目の下には信じられないほどのクマ。それもそのはず。3人とも一睡もできていないのだ。
「変なことなんてしないって……」
眠れなかったため頭が回っておらず、ナツキは頭痛を和らげるために頭を抑える。
「とにかく私が帰ったら『便利屋』に行くわよ。解呪薬を買えるかもだし」
ホノカはそういって、出ていった。
解呪薬。それを使えば、あらゆる呪いが祓うことができると言うが……そんなものを買おうと思ったら幾らするんだろうか。ナツキは貯金の残高を頭で思い浮かべて震えた。
しかし、解呪しないと一生ヒナタとナツキの身体は繋がったままで、そんな状態でバイトはおろか学校にも行けやしない。ということは、もちろん大学なんぞに行けるわけがない。というか、そもそも入試を受けられない。
故に、いまナツキが行うべきことは解呪なのだ。
「……ご飯たべよっか」
「そ、そうね……」
ホノカが出ていった玄関をしばらく、ぼけーっと2人は見ていたがナツキはすぐに気を取り直した。
ナツキはキッチンに向かうとパンを2枚取り出してトースターにイン。焼いている間に冷蔵庫から牛乳を取り出して2つのコップに注ぐ。そして、牛乳をしまうと同時にイチゴのジャムを取り出して、机の上に置いた。
置いたら、隣にいたヒナタがそのイチゴジャムをぱっと手にとった。
「え!? こ、これって駅前のパン屋で売ってるイチゴジャムじゃない!? げ、限定品だから全然買えないって評判なのに……なんで
そして目を輝かせながら聞いてきた。
「あ、それ店長から貰ったんだよ。バイト頑張ってるからって」
「わ、私……これずっと食べてみたかったの……!」
きらきらと子供のように目を輝かせて、ジャムを片手にはしゃぐヒナタは……とても、学校で
「……ジャム好きなの?」
「好きよ! でも、お父様もお母様もこういうのは買わない方だから、お小遣いでこっそり買おうとしてたのよ……。た、食べてもいいの……?」
目を輝かせながら聞いてくるヒナタのお願いを断れるはずもなく、ナツキは頷いた。
「うん。そのために出したんだから」
「やった!」
そういって見るからに上機嫌になったヒナタを横で見ていると……彼女が異能だということを少しの間、忘れてしまう。
(……いや、異能も普通の子なんだ)
殺伐とした異能の世界でも、時として見える一面はきっと普通の人であることが多いんだろうな。
そんなナツキに似合わないことを考えていると、トースターが鳴った。
パンを出そうとナツキが動こうとした瞬間、ガバ、と勝手にトースターが開くと、そこから焼きたてのパンが2枚、ふわふわと飛んできた。
「んんっ!?」
あまりの光景に眠気が吹っ飛ぶナツキ。
「
「あ、そこの棚の中だけど」
ヒナタに聞かれるがままに、ナツキが食器の入っている棚を指差すと、
「ありがとね」
そこからお皿が2枚出てきて、ナツキたちの前に静かに置かれた。
意味が分からず、ナツキが目を丸くしていると、
「そんなに驚かないで。ただの『
た、ただの『
そうツッコミたくなるが、ナツキとて『
「……便利な力だなぁ」
ナツキがしみじみと言うと、ヒナタと触れ合っている手の甲がびくりと動いた。どうしたんだろうと思って、ヒナタの方を見ると彼女は驚きを隠せないように目を丸くして……ナツキを見ていた。
「気持ち悪がらないの?」
「え、なんで?」
「だ、だって……『
「めっちゃ便利だなぁって思ったけど……」
「そ、そう。ふうん。そうなんだ」
ナツキの感想に要領の得ない返答をヒナタがすると、彼女は片手で器用にジャムの
「いただきます……!」
そして、ジャムをパンに塗り終わったヒナタは宝石のように目を輝かせて……ぱく、と一口食べた。
「ん〜〜!!!」
彼女は目をつむると、ぱたぱたと両足をバタ足のように動かして、幸せそうに2口、3口と運んでいく。そして、すぐに全部食べ終わると満足そうに牛乳に口をつけた。
「美味しかったわ。
そして、真隣に座ったヒナタがまっすぐナツキを見ながら微笑んだ。入学した時から美少女と言われ続けただけあって、彼女はとても可愛い。そんなヒナタに見つめられてしまい、ナツキは彼女の顔を直視できずに……ちょっと顔を赤らめてそっぽを向いた。
(……本当に氷姫なんて呼ばれたのか?)
ナツキは噂でしか聞いたことがないのでアレだが、こんなに感情豊かな彼女がそう言われるはずもないと思ってしまう。もしかしたら彼女の可愛さに嫉妬され、わざと悪意のある評判を流されていたのかも知れない。
そんなナツキは気恥ずかしさから逃れるために、自分のパンを食べようと手を伸ばしたのだが……隣からの、とても物欲しそうな視線に気がついた。ちらりと横を見ると、案の定というかヒナタがじっとナツキのパンを見ているではないか。
「……食べたい?」
「だ、大丈夫!
「別にもう1枚焼けば良いだけだし」
ナツキが笑いながら食パンを差し出すと、彼女はぱっと顔を明るくした。
分かりやすいな!
「あ、ありがとう。
ヒナタはそういうと、『
(というか、俺も欲しいな。『
離れた場所にあるものを動かせる力が便利すぎてナツキの意識はそっちに向かう。
『クエスト』の報酬で出してくれないだろうか?
朝ごはんを食べ終わって時間を見るとまだ8時前。
することも無いので、ナツキたちはソファーに座って朝の情報番組でも流していたのだが、ふとヒナタが隣でもじもじし始めた。
(……嘘だろ?)
ナツキとて、そのことを考えなかったわけではない。
訳ではないが、ここで来るのか……!?
と、身構えていると、ひどく言い出しづらそうにヒナタが口を開いた。
「あの……
「……シャワー?」
頭の中では、「あ、そっちか……」という
「き、昨日からお風呂入ってないじゃない? だ、だから……シャワーを浴びたいのだけど……」
「…………シャワー」
一瞬、頭がフリーズして何も考えられなくなったナツキはその言葉を
「シャワー……ッ!?」
「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃない!」
ちょっとヒナタに怒られてしまったが、それも仕方がないだろう。
「そ、それに
「そりゃ、気持ちは悪いけど……」
ナツキが言いよどむのにも理由がある。
何しろナツキとヒナタは離れられない。その状態でシャワーに入るということは、そういうことだ。
だから、ナツキが困惑しているとヒナタは自信満々に続けた。
「大丈夫よ、
「良いアイデア?」
ナツキは首をかしげると、ヒナタはドヤ顔で言った。
「水着よ」
と。
「水着って言ったって、俺の家には俺の水着しか無いけど……」
「
「すごい」
というわけで2人して水着でシャワーを浴びることにしたのだが、脱衣場に入ってから2人して困った。
まず服が脱げない。身体のどこかをくっつけておかないと行けないので服を脱ぐのが難しい。なので、いったん1人ずつ服を脱ぐことにしたのだが……当然、水着に着替えるまでは全裸である。
しかし、相手の姿を見るわけにもいくまいということでナツキはアイマスクを装着して、ヒナタが着替えるのを待った。
最初は名案だと思ったそれもヒナタが服を脱ぎ始めた瞬間に、愚案だと悟った。
(……っ! ふ、服の脱ぐ音が全部聞こえる……ッ!!)
アイマスクによってナツキの視界は0。そんな状況では人間の五感というのは残る部分が研ぎ澄まされるもので、聴覚の力が凄いのなんの。しかもステータスが強化された影響か、聴力が鍛えられておりヒナタがどの服をどのタイミングで脱いでいるのかが全部分かる。
(……み、耳栓もすればよかったッ!!)
だが、ナツキも年頃の男の子。隣で学年一の美少女が服を脱いでいるという状況に何も思わないわけがない。いや、思わないのであればそれは男ではない。
(……だ、駄目だッ! 俺は誠実に行くって決めたんだ……ッ!!)
今はもういない父親たちの言葉が頭の中に再生される。
『どんなときも人に恥じない行動を』、と。
(だ、誰か……こういう時の恥じない行動を教えてくれ……ッ!!!)
心の中でナツキは叫ぶが、当然ナツキの両親は呪いをかけられ女の子と離れられない状態でシャワーを浴びることになるなんて考えているはずもない。なので、ナツキは悶々としたものを抱えながら、心の中で数字をひたすら数えていると……。
「き、着替えたから……目を開けていいわよ」
そう言われたので、ナツキはアイマスクを持ち上げる。
ヒナタが家から『
だから、最初に彼女の水着姿を見て……思わずフリーズした。
「……あ、なるほど」
「なによ。その顔」
「いや、どんな水着で来るのかなって思ってたから」
ヒナタは恥ずかしそうに自分の身体に前に手を持ってきて隠そうとするが手だけでは彼女の身体を隠しきれるはずがない。
そんな様子を見せられて、「着痩せという言葉は彼女のためにあるんだろうな」とナツキはらしくないことを考えてしまう始末。水着のサイズが合っていないのか、水着の端のところが凄いのなんの。
しかも、彼女の着ていた水着は、
「私がスク水着てたら悪いって言うの!!?」
「わ、悪くないって。ただ意外だっただけで……」
そう。
ヒナタが家から持ってきた唯一の水着は、スク水だったのだ……ッ!
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