第25話 異能バトルは終わらない⑤

 絶対に回避できないタイミングで、ナツキは手加減をした『ウォーターランス』をアラタに叩き込んだ。だが、アラタはそれでひるまない。地面すれすれから打ち上げるように剣を振るう。ナツキは再び短刀を掲げて、アラタの攻撃を防御した。


 一瞬、魔法が外したのかと思った。

 だが、違う。『ウォーターランス』は確かに直撃していた。


「……本当に人間ですか!?」


 だが、鉄板を貫くほどの威力を持った魔法ではアラタの身体に傷1つ入れられていない。


「もちろん、俺は人間だ」


 そういうアラタも自分の特異性を理解しているのか、口角を釣り上げて笑う。


 ……嘘つけッ!

 あの威力の魔法を食らって平然としている奴のどこが人間なんだ!


 もちろん、ナツキは手加減をした。

 殺さないように威力を抑えたつもりだった。


 だが、まさか無傷とは……ッ!


「良い威力だったぞ、八瀬はちのせ。お前は強い。だから」


 目の前からアラタの姿が消える。


「壊れてくれるな」


 ヒュゴッ!!!


 次にナツキが感じたのは、焼け付くほどの痛みと衝撃。

 呼吸できないほどふっとばされて、


 バゴッッ!!!


 隕石が直撃したのかと思うほどの威力と衝撃が襲ってきた後で、目を開いたナツキは……自分が、教室に突っ込んでいるのに気がついた。窓ガラスを粉々に砕いて、教室の中にある机や椅子を巻き込むようにして、ナツキの身体は屋上から旧校舎まで飛ばされたのだ。


(蹴り飛ばされたのか……?)


 おぼろげながらにナツキはそう考えた瞬間、新校舎の屋上にいたはずのアラタが目の前にいて、


「良い頑丈さだ。素晴らしい」


 そう言いながら、再びナツキを蹴り飛ばした。


「……ッ!!!」


 窓ガラスをアルミ製のフレームごと砕いて、ナツキの身体がグラウンドに吹き飛ばされる。地面と水平に飛んでいくのは、生まれて初めてだった。


「……とんでもねぇなッ!」


 地面を数回はねて、ボロボロになりながらもナツキは起き上がる。

【身体強化Lv3】によって強化された肉体は、このレベルの攻撃にも耐えるのだ。


「これだけ蹴っても壊れないのは四天王以来だ。誇れ、八瀬はちのせ


 ナツキを新校舎の屋上から旧校舎へ。旧校舎からグラウンドへと蹴り飛ばした男は、追撃のために降りてくる。そこが、好機チャンスだ。


「……随分と、上からなんだなッ! 先生!!」


 ナツキは抜刀と同時に地面を蹴る。


「『縮地』ッ!」

「良い速さだ」


 ナツキは一瞬にして、数十メートルという彼我の距離を詰めると、


「『弧月斬り』ッ!」


 神速の抜刀術で、アラタの腕を斬ろうとして……彼の剣によって防がれた。


「ふむ、速すぎるな。八瀬はちのせは」


 そう言いながら、彼は剣を造作もなく振るう。

 【身体強化Lv3】によって底上げされたナツキの身体能力とほぼ互角の競り合い。


「……ッ! 規格外、すぎるッ!」

「元とは言え、勇者だしな」


 剣と剣がぶつかりあった瞬間の衝撃波によって、グラウンドが粉々に砕け散る。お互いの踏み込みで、地面を大きく陥没させる。それでもなお、お互いがお互いに届かない。


「単純な戦闘力で言えば四天王を凌ぐか。天才だな、八瀬はちのせ

「…………ッ!」


 お互いの剣圧だけで、校舎の窓ガラスは全て砕け散ってしまう。

 異能同士の戦いが、『シール』で行われているナツキは身を持って理解した。


 こんなもの現実世界でやったら死人がどれだけ出るか分からない。


「剣で俺に並び合うとは良い腕だ。なら、魔法こっちは」


 アラタが手を掲げる。

 そこには、巨大な炎の弾があって、


「どうだ?」


 パァン!!


 炎弾の初速に空気が耐えきれず炸裂し、乾いた音を鳴らす。

 音の速さを容易く超えるそれは、しかしナツキにとっては止まって見える。


「『雷球サンダーボルト』ッ!」


 【雷属性魔法Lv1】の初期魔法。

 最も単純なそれを炎弾の側部に当ててナツキは軌道をずらすと同時に、その影に便乗して、アラタに肉薄。


 そして刀を天高く掲げると、『新月斬り』を発動。

 すると、全くもって同時に、


「『風の刃リーパー』ッ!」


 魔法を、使った。


「……ほうッ!」


 これには流石にアラタも目を丸くするが……既に魔法は発動している。

 不可視の刃が、アラタの腕を斬り飛ばした。


「剣はブラフ、魔法が本命か。それも俺の魔法に隠れながらやってくるとは……末恐ろしいな、八瀬はちのせ

「……負けられないんだ」

「守る者がある男は強いってか」


 アラタが馬鹿にしたようにつむぐ。


「だが、俺にだって信念がある。誰に理解されなくとも、誰に笑われようとも。俺が貫くべき信念が」


 アラタは亡霊のように呟くと、片手でナツキと激突した。

 腕を無くしたことでナツキは自分が有利になると思った。だが、勇者として魔王と戦っていく中では片手で戦うことなどザラだったのだろう。


 今度はナツキを圧倒するような戦いではなく、ナツキの攻撃を流すスタイルへと変化。剣術をサブプランへと切り替え、ナツキの死角から魔法を撃って来る。


 その精度が凄まじい。


 剣魔一体の境地と言うべきだろうか。

 一切の無駄がなく、一切の隙がない。


 ナツキとて、【心眼】スキルで魔法の攻撃を見ていなければ……いとも簡単にやられていただろう。


「はははっ! 後ろに目でもついてるのか!? 八瀬はちのせは!」


 完全にナツキの死角から攻撃しているのにも関わらず、全弾避けられたアラタは笑うしか無い。そんな敵は、彼とて今の今まで見たことがなかった。


「見えてんだッ! 先生あんたの攻撃は……ッ!!」

「見てからかわす。お前も十分に……規格外だよ、八瀬はちのせ。だが」


 刹那、前方に展開されるのは――364発の炎弾ファイアボール

 そして、後方に展開されるのは――534発の炎弾ファイアボール


 それが、びっしりとナツキの周囲に張り付いて、


「これならどうだ?」


 そして、同時に放たれた。


「……『ブースト』ッ!」


 がくん、とナツキの世界がさらにスローへと変化した。


 負けられない。負けられないのだ。


 アラタはアカリを追い詰め、ホノカを殺しそうとした。


 ここで負けたら2人が死ぬ。

 いま2人を助けようとしているユズハだって殺されるだろう。


 だから、負けられない。

 絶対に負けられないのだッ!


(――俺なら、勝てるッ!)


 今までどんな困難も、どんな苦しい時も……そうやって自分を鼓舞してきた。

 自分なら出来ると。誰よりもやれるのだと。


 だからこそ、


「……俺が、俺の異能がッ!」


 もはや弾幕と化したそれを、ナツキは【心眼】スキルで読み取りながら、【精神力強化Lv2】によって得た冷静さを脳に刻みつけ、【身体強化Lv3】の強化された動体視力で見極めて1つ1つをかわしていく。


「最強なんだッ!」


 そして、全ての炎弾を避けきって、もはやクレーターと化したグラウンドの中で、ナツキは刀を片手に全くの無傷で――アラタを、にらみつけた。


「……今のを避けて、息の一つも切らさねェのかよ」


 【持久力強化Lv3】のおかげだろう。


 まだ動ける。まだ走れる。

 まだ、戦える。


 ナツキがこれまで積み上げてきた全てが、この規格外の敵との戦い方を可能にしていた。


「それは流石に傷つくぜ、八瀬はちのせ

「次は、俺が……ッ!」


 そう言った瞬間、ナツキの背中を小動物が駆け上がってきた。

 それは一匹の小ネズミ。だが、見ただけで分かる。ユズハの従魔フォロワーだ。


『は、八瀬はちのせさん! ホノカさんが……!!』


 ネズミから聞こえてきたのはユズハの声。


「ホノカがどうかしたのか!?」

『い、息が……っ! 息が止まりましたっ!』

「……ッ!」


 ユズハの声に、刹那ナツキの目の前が真っ白になりかけた。

 だが、立ち止まる。歯を食いしばって前を向く。


 ここで倒れるわけには行かない。


 助けると誓った。

 ホノカを助けると硬く誓ったのだ。


 助けるために、『治癒ポーション』を手に入れる。

 そのためには――アラタを倒さなければならない。


 だが、たどり着けない。

 今のままでは、アラタを倒せないーーッ!


「……ッ!」


 考えろ、考えるんだ!

 諦めるな、最後の最後まで自分を信じろッ!!


「なァ、八瀬はちのせ。どうして、異能は自分勝手な連中が多いか知ってるか?」


 ナツキの焦りを感じ取ったのか、アラタは悠長ゆうちょうにそんなことを聞いてきた。


「……知らない」

「実はな、いるんだよ。目覚めたやつの中には。その力を使って、他人のために生きていこうとする奴らが」

「だったら、何なんですか」

「でも、みんないつか気がつく。自分では助けられる人間に限りがあることを。自分の力を持ってしても全ての人間を助けることは不可能なのだと……知るんだ」

「……それが?」

「それが、今のお前だよ。八瀬はちのせ。ちょっとやってみて分かった。お前じゃ


 アラタは落ちた腕を拾い上げると、それを自らの傷口にくっつける。すると、傷口から緑色の光が発光して……アラタの腕が元通りになった。


 何度か手を握ったり締めたりして、治したばかりの腕の感覚を確かめたアラタは平然とナツキを見た。


「これは【治癒魔法】ってやつだ。手で触れた部分を癒やす魔法だよ。向こうだと必須だったんだ。戦場だといつ、どんな時に死にかけるか分かったもんじゃないからな」


 そう言いながら、完全状態へと戻ったアラタはナツキを見下ろす。


「お前は俺の攻撃を避けるが……俺もお前の攻撃はどれも見えてる。言ってしまえば、お前は。速さだけが取り柄の異能が、お前だ。だから、お前じゃ俺を倒せない」


 それは、アラタの下したナツキの分析だった。

 どこまでも冷静に、冷徹に、正確に。


 自分と相手の戦力差を、彼は正しく導いた。


「先生、アンタは……か?」


 だが、一つ誤算があるとすれば、


「固い?」

「そう簡単に死なないかってことだよ」

「ああ、勇者は簡単なことでは死なねぇよ。幾重いくえにもはった防御魔法が俺の脳を守ってる。それに加えて俺の身体に刻み込んだ魔法陣には、俺の脳が破壊されても即座に【治癒魔法】によって脳が再生されるようにインプットしてあるからな」


 ナツキにはまだ、奥の手があるということだ。


「そうか、それなら安心した」


 ナツキはアラタの言葉を聞いて、ほっと息を吐いた。

 そして、刀を収めて腰を落とす。


「先生、これは俺の全力です」


 バジッ――!

 乾いた、雷の音が鳴る。


「だからどうか」


 ナツキの身体を雷が覆って行く。

 いや、雷にッ!



 かつて、ナツキは考えた。

 

 どうして【剣術】スキルの技は数個しかないのだろうか、と。

 【剣術】と言うくらいだから、数多くの技があっても良いじゃないか。


 そう思ったナツキはある日逆転の発想を思いついた。


 

 

 だが【剣術】スキルの技は自動的に身体を動かして、威力を加算ブーストしてくれる。

 自分の力で技を新しく作ることは不可能だ。


 否。ならば、魔法と組み合わせればいい。


 ナツキの思考は柔軟で、諦めるということを知らなかった。

 魔法も詳しくない。剣術も詳しくない。


 ただ、自分なら出来ると――そう、信じたから。


 かつては速いと思っていた『弧月斬り』も【身体強化Lv3】の前では止まって見える。

 ならば、もっと速い抜刀術を。どんな時でも、どんな敵からでも、ホノカを守れるように。


 かくて彼はたった1つの思考の元、そこにたどり着いた。

 どんな異能も、一瞬で斬り伏せてしまう剣術まほうの領域に。


 身体が神速に耐えられないのであれば、雷に置換してやればいい。

 雷が姿かたちを保てないのであれば、【無属性魔法】で覆ってやればいい。


 不可能はない。

 不可能だと諦めることも無い。


 かくして、ナツキは……絶対不可避の一撃を手に入れた。


 威力が強すぎるからと、この技を決して他人に使うことは無かった。

 威力が強すぎるからと、ナツキはその技を封印した。


 だが、このような規格外の相手にこそ……相手に取って不足は無い。


「『紫電一閃』」


 そして、1つの稲妻が駆けた。

 

 わずか、遅れるようにしてアラタはナツキに向かって一歩踏み出したが……既に、ナツキは彼の後方へと抜けている。


 ――ヒュドォォオオオオオオッッッツツツツツツツ!!!


 おおよそ剣から発されたとは思えない音が響くと同時に、アラタの身体が真っ二つになる。だが、それだけの彼の剣は止まらない。彼の斬撃は


 ――バキ、ミシメシミシミシミシッ!!!


 この世のものとは思えない轟音を立てて、旧校舎が崩れ去っていく中……ナツキは、自らの血の池に沈むアラタを見た。


 四肢を断ち切られたアラタは傷口を塞ぐために【治癒魔法】を使うことはできない。

 切り落とされた四肢を傷口につなげることも出来ない。


 破れかぶれの攻撃魔法も、アラタが使うよりも先にナツキの刀が彼を斬る。


 だからこそ、


「……俺の勝ちです。先生」


 そう言って、ナツキは刀をアラタに向けた。

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