第22話 異能バトルは終わらない②

「痛い目に合わずに……?」


 闇夜の底で、人狼ワーウルフが笑う。

 

「随分と、舐められたもんだな……ッ!」


 そして、笑うと同時に爪を振るう。


 だが、遅い。遅すぎる。

 ナツキの目には、止まって見える。


「……こんなもんか」


 ナツキはそう言うと、人狼ワーウルフが放ったストレートの手首を掴んで……そのまま、力任せに窓へと放り投げた。


「おわっ!?」


 まさか片手で放り投げられると思っても見なかったのか、人狼ワーウルフは大きな声を上げると同時に――、


 ガッシャァァアアンン!!


 窓ガラスを突き破って、往来おうらいへと投げ飛ばされた。


 そして、ナツキは【心眼】スキルを発動。

 ナツキの両目には人狼ワーウルフへの攻撃推奨線が出現。


 赤い線でいくつも伸びているのでその数を数えると……全てで7つ。

 多いわけではないが、決して少ない数字ではない。殺そうと思えば、簡単に殺せる。


(……殺伐としすぎだ。無力化できる線にしてくれ)


 ナツキが心の中でそう漏らすと、【心眼】スキルによって表示されていた攻撃推奨線の表示が切り替わる。


(……おっ)


 先ほどまで首やら腹やらを通り抜けていた斬撃線が、今度は腕やら足やらへと切り替わった。だが当然、無力化するほうが殺すよりも難しい……攻撃推奨線は3つへと数を減らしている。


「まぁ、これだけあれば十分か」


 ナツキがそう言うと、人狼ワーウルフはガラスの中から起き上がりながら聞いてきた。


「……何の話だ?」

「こっちの話だよ」


 わざわざ教えてやる義理もないため、ナツキは窓から道路へと飛び出る。とは言っても、靴を履いていなかったので怪我をしないように【無属性魔法】で足を覆った。


 ……こういう使い方もできんのね。


「俺が断片保有者ホルダーだったとして……」


 ナツキは人狼ワーウルフに語りかけながら、内心の怒りを精一杯飲み干そうとしていた。


 ……怒り。

 そうだ。ナツキは今、怒っていた。


「勝てると思ったのか……? その程度の、力で……」


 ホノカを助けると誓った。

 アカリを助けたいと思った。


 だが、その矢先に出鼻をくじくようにして……自分たちが弱った場所を狙ってきた。その卑劣なやり方に、ナツキは怒っていた。


 もちろん異能からすると、不意打ちなどなんでも無いようなことである。

 むしろ、彼らからすると各個撃破できるような隙を見せた方が悪いのだ。


 だが、ここにいるのは異能の道理が分からぬ者。

 そして、我が道理を貫く者だ。


「何もせずに引け。そうすれば、俺も何もしない」

「ばっ、馬鹿がッ! 俺を道路に出しただけで勝ったつもりになってんのか!? 調子に乗るのもいい加減に……ッ!」


 しろ、と続けようとした人狼ワーウルフは見た。

 ナツキが短刀を鞘にしまい込み、静かに腰を落としたのを。


 息を呑むほどに美しい、抜刀術の構えを。


人狼ワーウルフは生命力が高く……ちょっとした傷では死にはしない、か」


 何かを読み上げるかのようにそう紡ぐナツキの様子に、人狼ワーウルフは己の直感が逃げろと告げて――。


「『弧月斬り』」


 ――『縮地』によって刹那で互いの距離を詰めたナツキにより、人狼ワーウルフの右足が根本から断ち切られた。


「……ッ!!」


 久方ぶりに襲ってきた痛みに、人狼ワーウルフは声なくして悲鳴を上げた。

 

 そして、戦慄せんりつ

 野生の如き動体視力を持つ自分が、動きの1つも捉えられなかったということに。


「次は、首だ」


 ナツキは当然、脅しのつもりだった。


 だが人狼ワーウルフは……自らの足を断ち切った刃が滴る血を払うかのように素早く構え直した『異能』に、本気の匂いを嗅ぎ取った。


「ばッ、馬鹿だな、ボウズ! やっぱりお前は、俺を舐めすぎだッ!」


 ナツキは頭の奥底に響くファンファーレ――【剣術Lv3】を入手しました――を聞きながら、人狼を見下ろす。足がなくなり、動けなくなったはずの彼はしかし笑って見せた。


「まだだッ! 俺には、形態変化チェンジが残ってる……ッ!」


 人狼ワーウルフがそう言った瞬間、ミシ……ッ! という異音が、人狼ワーウルフの身体から響く。それはナツキが【身体強化】を使ったときの音によく似ていた。


 そして、人狼の身体が盛り上がると……ビリッ! ブチッ!! と、服の繊維がちぎれる音が、誰もいない深夜の道路に響き渡ると、人狼ワーウルフの身体が巨大化していく。


「――ウオォォォォオオオンン!!!」


 全身が5mほどの巨大な狼となってしまった人狼ワーウルフが大きく吠える。ナツキは僅かに驚いただが、すぐに冷静さを取り戻すと……刀を振るう。


「『鎌鼬カマイタチ』ッ!」


 それは、斬撃を飛ばす技。

 ナツキの振るった不可視の斬撃が、人狼ワーウルフの身体に直撃!


 バヅッ!!


 と、まるで重たいゴムの繊維でも斬りつけたかのような異音が返ってきて……今度こそ、ナツキは目を丸くした。


 人狼ワーウルフの身体が


『俺の分厚い毛皮はそんなハエみてぇなチャチな攻撃じゃ斬れねぇ斬れねぇ』


 そういって高らかに笑う人狼ワーウルフに対して、ナツキは刀をしまい込んだ。


 そして、少しだけ……気を使った様子で、人狼ワーウルフを見る。

 

「なぁ、アンタ」

『何だよ、ボウズ』

『は?』


 刹那、それは自分の聞き間違いかと思って、


「『風の刃リーパー』」


 バヅンンンンッッッ!!!!


 自動車すら真っ二つにする音速の刃が、人狼ワーウルフの身体を直撃したッ!!!


 巨大な刃は先ほどナツキが撃った『鎌鼬カマイタチ』の上から重なるように連なって、人狼の身体に巨大な傷跡を刻みつける。そして、そこから真っ赤な血が滝のように流れ落ちた。


『……お、お前……身体強化系の異能じゃねえ……のか、よ……』

「そんなこと一度も言ってない」


 ナツキのその言葉を最後にして、周囲の光景が霧に包まれたように薄くなっていく。


 まるで、幻覚でも見ていたかのように。

 だが、それは幻覚ではない。『シール』が解けている。


 人狼ワーウルフを倒したのだ。


 『レベルアップしました』の声を頭の片隅で聞きながら、ナツキはちらりと人狼ワーウルフを確認。道端に倒れたままの人狼ワーウルフは持ち前の生命力が活きたのか……まだ、生きていた。


「そうだ。みんなはっ!?」


 『シール』に入れられたのはナツキだけではないはずだ。

 そう思いたち、彼は慌てて家に入ると、


「……お、おいおい。これって」


 家の中はグチャグチャ。

 荒らしに荒らされまくった状態で、誰の姿も見えなかった。


「まだ『シール』から戻ってきてないのか……!?」


 人狼ワーウルフは各個撃破と言っていた。

 だとしたら、他の3人はまだ『シール』の中にいるのかも知れない。


「……っ! は、入れないのか!? 他の『シール』に!」


 そうナツキは言うが、一方でホノカの言葉を思い出す。


『シール』には許可された人間しか入れない。


「待つしか無いのかよ……ッ!」


 ナツキは焦りに身を包まれながら、ナツキはアカリの寝ていた部屋へと向かう。案の定というべきかアカリもどこかに連れ去られた様子で、布団には誰の影も無かった。もしかしたら、『シール』の中にいるのかも知れない。


 だが、その時にふとあることを思い出す。


「……いや、待て。じゃあ、俺はどうしてあの時、ホノカとアカリの『シール』に入れたんだ……?」


 最初、ナツキがこの戦いに巻き込まれるきっかけになったアレ。

 『シール』を貼ったアカリは明らかに困惑していた。


 どうして、許可もないのに入っているの……と。


「……ッ! もしかして」


 ナツキは【結界操作】のスキルを発動。

 そして、スキルを使いながら叫んだ。


「侵入だ。一番近くの『シール』にッ!」


 刹那、ナツキの全身をあの違和感が包む。

 水と油。決して交わることのないそれらを通過する違和感が……ッ!


「きーちゃん! 避けて!!」

「おっせぇおっせぇ! 召喚士サモンが弱けりゃ従魔フォロワーも弱すぎらぁッ!」


 ナツキの両目に飛び込んできたのは、首から上がない巨人が一方的になぶられている光景だった。嬲っているのは、男。ナツキよりもわずかに年上に見える。


 戦っているのは家の外。


 ユズハもナツキたちと同じように家から出たのだろう。

 『シール』によって2人きりになった世界で、男は道路や家の壁に穴を開けまくり電柱をバットのように振り回してユズハの従魔フォロワーと戦っていた。


 男の掲げた拳が巨人を殴りつけると、ユズハの巨人の身体が面白いように飛んでいく。

 巨人は家を2軒突き破って、ぐったりと身体の力を抜いて……ナツキに向かって、手を伸ばした。


 そして、わずかの間を経て力尽きたように、ばったりと……倒れた。


「……後は任せろ」


 あの巨人は喋れない。

 だが、何を言っているのかはよく分かった。


 ユズハを、守ってくれ。

 そう頼まれたから。


「さっきみたいに逃げ出すかっ!? 召喚士サモンッ!」


 いたぶるように、馬鹿にするように、男はユズハにそう叫ぶ。


「いや……交代だ」


 だから、ナツキはそこに身体を割り込ませた。


「は、八瀬はちのせさんッ!?」

「今度は俺の番だ、ユズハ」


 だが、そう言ったナツキに向かって拳が飛んでくる。

 

「ヒハハッ! かっこつけて登場するのがヒーローのお約束ってかぁ?」


 だが、

 ナツキは見ながらその拳を片手で掴むと、握りしめた。


 ズンッ!! と、想定した以上の威力が返ってくるが……【身体強化Lv3】で耐えられない重さじゃない。


「何ッ!?」


 ナツキが耐えたことが意外だったのか、男は目を丸くして驚いて手を引いたが……抜けない。ナツキが強く握りしめているから、拳が抜けない。


「お、おい! 放せよッ!!」

「力比べでもするか?」


 ナツキはそういうと、ぎゅ……ッ! と、力強く彼の拳を握りしめる。

 その瞬間、ぱしゃ……と、トマトが車にかれたような音を立てて、ナツキの手元で男の拳が砕け散った。


「あああぁぁああああッ!!」


 拳を砕かれた男が、痛みの余り喉が張り裂けんばかりに大声を出す。


「『シール』を解除しろ。そしたらこれ以上痛い目に合わずに帰してやる」

「か、解除するッ! するから放してくれッ!!」


 男は悲鳴のように「する」という言葉を繰り返すと……『シール』を解除した。そして、ナツキが手を放すと同時に、一目散に逃げ出した。


「は、八瀬はちのせさん。いっ、今のは自己強化系の異能ですよ!?」

「それがどうかしたの?」

「……っ! い、いえ。なんでも無いです」


 だが、ナツキは止まっていられない。

 すぐにホノカとアカリのいる『シール』に飛ぼうとして……出来なかった。


 何か間違えたのかと思ってもう一度使うが……それでも、出来ない。


「ど、どうかしたんですか? 八瀬はちのせさん」

「……入れないんだ。ホノカと、アカリがいるはずの『シール』に」

「『シール』は本来外からは入れないんですけど……」


 ナツキは電車の中でホノカを見つけたときのように【鑑定】スキルを発動。

 すると、まっすぐ矢印が伸びた先には……机の下に隠れるようにして、ホノカの巻物スクロールが落ちていた。


「……これ、ホノカのやつだ」


 ナツキがそういって持ち上げると、ユズハが目を丸くした。


「え!? ナツキさんそれどこから出したんです!?」

「ここに落ちてたけど……」


 ナツキがそういって指差すと、ユズハはぽかんとしたまま巻物を拾った辺りを見て、息をもらした。


「こ、これかなり高度な偽装魔術がかかってますよ……。よく分かりましたね」

「……多分、ホノカが隠したんだ」


 だが、一体なんのために。


「あ、あの。ナツキさん。もしかしたら……」


 ユズハがおずおずと言った具合に手を挙げる。


「2人は、連れ去られたのかも……知れません」

「連れ……ど、どこに!?」

「わかりません。でも、八瀬はちのせさんと、ホノカさんが追いかけているのは……〈さかづき〉ですよね」

「……ああ」


 もう隠しているような状況じゃない。


 そう判断してナツキが頷くと、


「だったら、ホノカさんの身柄が……必要になると思います。『来て、こーちゃん』」


 ホノカがそう言うと、彼女の足元が……たぷんと、水面のように波打って、そこから一匹の犬が現れた。


「この人の匂いを探して」


 ナツキはユズハが召喚した犬に巻物スクロールの匂いを覚えさせると、犬はすぐに鼻を鳴らして走り出す。


八瀬はちのせさん急ぎましょう。ホノカさんが、殺される前に」

「……もちろん」


 何かを知っているはずのユズハに押されるようにして、ナツキは頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る