第21話 異能バトルは終わらない①

 ユズハの誤解を解き、未だに目覚めないアカリを連れて……ナツキは一旦自宅に帰ることにした。ユズハとホノカも一緒に。


 というのも、ナツキも気を失った女の子を道端に放置しておくわけにも行かず……かといって、1人暮らしの男の部屋に連れてくるわけにも行かずで八方塞がりなところに、ホノカが「ナツキの家につれていけばいいじゃない。私も行くから」と言ってくれたのでアカリを家に運ぶことになった。


 で、そうなると今度はユズハが「ナツキさんと魔女ウィッチを2人にきりにしたらナツキさんの貞操の危機です!」とか何とか言って……2人がナツキの家に来る流れとなったのだ。


 アカリを背負いながら、ナツキは『ステータス』を見る。

 こちらの世界に戻ってしばらくしてから『レベルアップしました』と声が頭に響いたのだ。


――――――――――――――――――

八瀬はちのせ 那月なつき

Lv:12

HP :65 MP :170

STR:38 VIT:37

AGI:30  INT:31

LUC:56 HUM:75


【異能】

 クエスト


【アクティブスキル】

『鑑定』

『結界操作』

『心眼』

『投擲Lv1』

『身体強化Lv3』

『無属性魔法Lv1』

『四属性魔法Lv1』


【パッシブスキル】

『剣術Lv2』

『持久力強化Lv3』

『精神力強化Lv2』


―――――――――――――――――


 前に見た時と比べてレベルが7上がり、全てのステータスが向上している。

 ただ、


(HUMだけ、下がってるな……)


 これは人間性……つまり、今の時点でどれだけ人間であるかを示す値なので、だんだんと人間を辞めているということなのだろう。まぁ、絶対零度の中で普通に生きているくらいなので、もっと数字が低くてもおかしくないのだが。


 なんて思いながら帰宅したナツキは、マットの上にアカリを寝かせる。

 だが、アカリはぴくりとも動かない。


「目を覚まさないわね」

「大丈夫なのか? 死んだりとか……」


 ナツキたちはその周りに円陣を組むようにして座っていた。


「だ、大丈夫よ。異能は『死』をきっかけに何してくるか分からないもの。だから、殺さないように威力は調整したわ……多分」


 ちょっと自信なさげにそう言うホノカ。


「こっ、呼吸はしてますし……生きてはいるとは思いますけど……」

「傷をやしたりする異能っていないのか?」


 治癒ポーションを飲ませたとはいえ、身体の傷がどこまで治っているのか分からない。だったら異能の医者にお願いした方が良いと思ってナツキはそう言ったのだが、


「……いるわ。白魔術師って呼ばれてる。ナツキも聞いたことあるでしょ?」

「名前くらいなら」

「彼らは人の傷を癒やしたり、人間関係を良い方向に持っていったりする……異能の医者ね。私たちのような影に潜んで相手を撃ったり斬ったりする黒魔術師たちの反対だから、白魔術師って呼ばれてるの」


 へー。白魔術師って服が白いから白魔術師なのかと思ってた。


「でも、ナツキ。彼らは頼れないわ」

「な、なんで?」

白魔術師かれら一般人ノルマが客だからよ。だって考えても見て、一般人ノルマなら傷を治しても何も言われないけど、異能だったら敵対する異能に襲われるかも知れないのよ? 一々そんな命の危機を背負ってまで傷を治してくれる白魔術師なんていないわ」


 ホノカから言われたド正論にナツキは黙り込む。


「それに、気を失っただけならしばらくして目を覚ますかも知れない。もう少し、様子を見ましょう」


 とは言ったものの、明日は月曜日。


 また学校が始まってしまうし、何よりナツキはバイトがある。

 本来のシフトがあった場所に無理を言って休みを貰っているから、しばらくバイトは休めない。なので、ナツキは明日に備えて早く寝ないといけないのだ。


 そんな話を2人にしたら、


「……ナツキって異能なのにバイトでお金稼いでるの?」

「は、八瀬はちのせさん。一般人ノルマだった時ならいざ知らず……いまの八瀬はちのせさんは異能ですよ? 異能を使ってお金稼ぎをしましょうよ」

「でも、それって良いのか? 異能狩りハンターとか……」


 ナツキがそう言うと、ホノカは首を横に振った。


異能狩りハンターが来るのは一般人ノルマに危害を加えた異能だけよ。ナツキが世のため人のために動いた結果で手に入れたお金なら、異能狩りハンターも動かないわ。そこまで暇じゃないし」


 なんて言われると少し安心。


「でも、『クエスト』でできる金稼ぎかぁ……」


 少し考えてみるが何も出てこない。


 ということは、可能性は無限大だなぁ……と、ナツキが考えていると、


 パチリ、とアカリが目を開けた。


「あれ? どこ、ここ……」


 森の中で倒れたのに、目が覚めたら知らない他人の家にいるのだ。

 彼女は困惑しながらも起き上がろうとして「……っ」と、小さく悲痛な声を上げると、倒れるようにして横になった。


「まだ寝ていた方が良いよ。倒れたばっかりだし」

「……お兄ちゃん」


 アカリはナツキを見ると、安心したようにほっと息を吐き出した。


「おっ、お兄ちゃん!? この方は八瀬はちのせさんの妹だったんですか!!?」


 そして、呼び方で勘違いしたユズハが急に立ち上がるので落ち着かせて、アカリに状況を説明した。


「アカリが気絶したから、俺の家に連れてきたんだ」

「……そう、だったんだ。ありがとね、お兄ちゃん」

「良いよ」


 アカリは布団の端をきゅっと掴むと、天井を見上げた。

 その目には何も映っておらず、ただ空虚な隙間があるだけ。


 彼女はまだ負けた、ということをまだ飲み込めてないのだろう。


 そんなアカリを心配そうに見るナツキと、呆れた様子で見ているホノカとユズハ。


 彼と彼女たちの間にへだたるのは、どうしようもない異能としての月日だった。


「ナツキ。あんまり異能に肩入れしないようにね」


 そして、何も言わないアカリを心配そうに見ているナツキに……ホノカがそう言う。


「でも、この子は……」

「その子も立派な異能なのよ、ナツキ」


 ナツキはそれでも、『この子はまだ中学生なんだ』と言いたかったが……不毛な言い争いうになる未来しか見えなかったので、ぐっとその言葉を飲み込んだ。


 彼がしたいのは、そんな言い争いじゃない。


「アンタも、起きたんだったら帰る。ここにいたら、ナツキに迷惑がかかるだけよ」


 ナツキが言わないから自分から嫌われ役を買って出てくれたのだろうか。

 ホノカがアカリにそう言うと、彼女はガタガタと震え始めた。


「……い、嫌。帰りたくない。帰りたくないよぉ…………」


 そして信じられないほどに怯えた声でそういうものだから……ナツキも、ユズハも、びっくりしてしまう。顔色1つも変えなかったのは、ホノカだけだ。


「お、おい。どうした。大丈夫か?」

「おっ、お願い。お兄ちゃん。何でもするから。何でもするから……あかりを、ここに住ませて……っ!」

「す、住むのは良いけど、理由を聞かせてくれ」

「……あ、あかりの家は『チーム』にバレてる。負けたのが、バレたら……あかりは、殺されるの……!」


 そうだ。

 確かに彼女はそんなことを戦っている時に言っていた。


「あかりの異能に、『死』をきっかけに反撃する能力がないの……。それは『チーム』も知ってる。だ、だから……殺されちゃう。も、もう……あかりは、お兄ちゃんしか、頼る人が……いなくて……」


 昼間に見せた自信満々の彼女とは全然違う、弱々しい彼女に……ナツキは、心が引き裂かれる思いがした。


「……わかった。俺が、守る」


 心の底から絞り出されたようなアカリの声に、ナツキは頷いた。

 うなずかざるを……得なかった。


 しかし、すぐにそれに反対の声があがった。


「駄目よ、ナツキ。この子は家に帰すべきだわ」

「で、でもホノカ。この子を家に帰したら、この子は死ぬかも知れないんだぞ!?」

「ちゃんと聞いて、ナツキ。異能の中には……探知魔法ダウジング、人の居場所を探す魔法を持ってる異能がいるの。それが、この子の言う『チーム』にいない保証はあるの?」

「……それは」

「もしいたら、この家は簡単に特定される。さっき、見つからないように『アンスールA』の逆さ文字を書いたけど、それだって気休めみたいなものよ。上位の異能にはすぐバレる。そしたら、この子をかくまったってことで、私たちも危ないの」


 ホノカの言っていることは正論だ。

 正論だから、ナツキは聞かざるを得なかった。


断片ページは互いにかれ合う。この子の持ってた断片ページと、私の持っていた断片ページをあわせて、私たちは23枚の断片ページを持ってるわ。これは全体の21%ちょっと……私たちは世界でも有数の断片保有者ホルダーになってるのよ。ただでさえ、この断片ページを隠すので精一杯なのに、この子にまで上位の偽装魔法は使えない」

「…………でも」


 ホノカの言葉に、ナツキは続ける。

 だが、ホノカはそれをさえぎるように冷たく言った。


「ナツキが優しいのは分かるわ。でも、早くこの世界に、ナツキ。自分の失敗ミスは……自分でリカバリーするのが異能なの」


 それにユズハは何も言わない。

 困っているような表情を浮かべているものの、基本的にホノカの言っていることに同意している様子だ。


 ……殺伐と、しすぎだろ。


 だが、その言葉は飲み込まざるを得ない。

 何しろナツキは異能になったばかりの初心者ニュービー。ホノカやユズハと違って、異能としての歴は短いのだから。


 そう、だから彼女たちが「正しい」と言えば……それは正しいのだ。

 少なくとも、異能の世界においては。


「俺は……」


 だが――それは異能の世界


「俺は怯えて、助けを求める中学生の子を見捨てるような……男には、なりたくない」

「だから、ナツキ。それは……」


 ふっ、とその瞬間に……電気が消えた。


「……ッ!? 『灯ってK』」


 ホノカが空中に文字を描くと、その文字を中心に光が灯る。

 ルーン文字だ。


 それが、停電になったナツキの部屋をぼんやりと……照らした。


「ホノカ、これは……!?」

ッ!」


 ナツキの問いかけに、彼女はぎゅっと手を握りしめる。


「バレるのが速すぎるッ! きっと、後を付けられたんだわッ!」


 その話は、つい最近聞いたことがあった。

 異能同士が戦い終わったあと、互いに疲弊したタイミングをつくことによって相手を狩る卑怯者の話を。


屍肉漁りスカベンジャーッ!?」

「ナツキ、その子を早く……ッ!」


 ナツキの声とホノカの声が重なった瞬間、周囲にいた3人がかき消えるようにして……見えなくなった。いや、見えなくなったわけではない。


 


 つまり、それは――。


「『シール』かッ!」

「思ったよりも慌てないな。戦い慣れしてんのか?」


 ホノカがいなくなったことで、暗闇に包まれた部屋の奥底から声が聞こえてくる。だが、ナツキは【身体強化Lv3】によって瞬きする間に、暗所に目が慣れる。


 今いるのは先ほどと同じ場所。

 だが、アカリが寝ていたマットの上には温もりが1つとして無い。


 それもそのはず。


 ここは、異次元空間シールなのだから。


「お前、断片保有者ホルダーか?」

「お前は屍肉漁りスカベンジャーだな?」


 暗闇の声に問い返すが、答えは返ってこない。


 低い男の声だ。

 闇に乗じてこちらに仕掛けてくる気だろうか。


 ナツキは【精神力強化Lv2】で動揺しにくくなった頭でそう判断すると……『影刀:残穢』を取り出して握りしめる。


「へぇ。『収納インベントリ』持ちか。面倒な相手だ」


 声の主はどこからかナツキの様子を見ているのか、短刀を構えるナツキにそんな軽口を叩いた。


「……俺の家に入ってきたことは許してやる。だから、今すぐ正体を表したらどうだ?」


 ナツキはそう言うが、何も答えは返ってこず、


「……ッ!」


 【剣術Lv2】スキルの直感を信じて、真後ろに向かって刀を振るうと――刀が何かに直撃ッ!


 ギギンッ!

 と、硬く金属同士の激突したような音と共に暗闇に火花を散らす。


 だが、ナツキがぶつかったのは金属ではない。


 爪だ。

 硬く、鋭く、刃のような爪である。


 ナツキはその瞬間に敵の姿を見た。

 黒ずくめに身を包み、闇夜で目立たないようにしているが……その大きな耳と、大きく裂けた口は、まるで狼のよう。人が狼の毛皮を被っているのだろうか。


 ……いや、違う。


 彼は狼だ。狼そのものだ!


人狼ワーウルフっ!」

「なんだ。知ってんのか」


 見れば窓から月光が射し込んでいる。


 ナツキはホノカから彼らの存在を聞いたことがあった。


 だが、まさか本当に実在するとはッ!


「俺の仲間がお前らを1人1人襲ってる。てなわけで、ボウズ、さっさと断片ページを渡せ。それなら痛い目にあうだけで許してやるよ」

「……あのな」


 ナツキが、彼に似合わぬ低い声でそう唸る。


「俺はさっき言ったぞ」


 『シール』からの脱出方法は2つ。


 1つはホノカのように、自らの『シール』で上書きすること。

 だが、今のナツキにはそのやり方が分からない。


 そして、もう1つ。


「俺を『シール』から出せ。そうすれば、痛い目に合わずに……帰してやるよ」


 『シール』の術者を倒すことで、『シール』の中からは解放される。


 ナツキは獰猛どうもうに宣告すると、刀を構えた。

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