第15話 新しい機能

 『シール』の中で他の魔法も試してみたが、どれもこれも人を優しく捕まえるなんて代物は1つとして生み出せず、少ない魔力で効率的に大勢の人を殺すという魔法しか構築できていなかった。


「もっと優しい魔法を、作んないと……」

「そ、それは無理だと思います」

「無理?」

「は、はい。だって魔法って基本的に兵器ですから」


 ユズハから補足で説明されたが、彼女からもホノカと同じことを言われた。

 魔法とは武器であり、兵器なのだと。


「さ、殺伐としすぎだろ……。異能の世界……」

「そ、そういうものなんです。異能と戦争の歴史は、切っても切り離せないですから」


 優しくそういうユズハもナツキの魔法の威力に驚いていたのとは裏腹に、魔法がだと言うのは知っていたのか、優しくナツキの背中を撫でて慰めた。


「でも、八瀬はちのせさんの才能もあると思いますよ? やっぱり、初めて使った魔法ではなりませんから」


 ユズハはそう言って、『シール』の中で真っ二つに裂けた自動車を指差した。


「才能かぁ。まさか俺に魔法の才能があるとはなぁ……」

「す、すごいことですよ! 八瀬はちのせさんも異能の世界に入ったんですから、あった方が良い才能じゃないですか!」

「俺も自分にどんな才能があるのかって色々探したけど、まさか魔法の才能があるなんて思わなかったよ」

八瀬はちのせさんの家系は、もしかしたら有名な魔術師の家系なのかもしれないですね」

「え? マジ? 俺にも隠された力があるってこと!?」

八瀬はちのせさんの場合は『クエスト』がそうだと思いますよ?」


 ボケとも本気ともつかない言葉に対して本気マジで返してきたユズハに、ナツキは思わず納得してしまう。


 言われてみれば、これクエストが隠された力じゃん。


「どうされます? もう少し練習しますか?」

「いや、もう夜になるから帰るよ」

「そ、そうですか。じ、じゃあ……私も帰ります……」


 露骨ろこつに残念そうな表情を浮かべて落ち込むユズハ。その横でナツキは『シール』を解除すると、感謝の言葉を告げた。


「今日はありがとな、ユズハ」

「い、いえ! 八瀬はちのせさんの力になれたなら何よりです! も、もし困ったことがあったらいつでも呼んでください! あ、あの魔女ウィッチよりは役に立つと思います! 日本人ですし!」

「いや、ホノカもクォーターだから……。ま、仲良くな?」

八瀬はちのせさんがそういうなら!」


 基本的にナツキの言うことにはイエスマンのユズハは、前髪に隠れた目をきらきらと輝かせながら犬のように頷いた。もししっぽがあったら、めっちゃ振っていただろう。


「じゃ、じゃあ私は帰ります! また日曜日に!」

「うん。またメッセージ送るから」

「ひ、ひゃい!」


 ユズハは顔を真赤にしながら『シール』の中に消えていく。

 その奥では、昼間に断ち切ったはずの腕が元通りになった巨人きーちゃんが、ばいばいと言わんばかりに手を振っていた。


「……不思議だ」


 召喚されたものは、例え死のうが消されようが一旦召喚を解除して、もう一度召喚すれば、途中で追った傷は全て修復するのだとユズハが教えてくれた。しかし、こうして見るとあの巨人が何人もいるように思えてくる。


 それが、彼女の『異能』なんだろう。


「ま、俺も帰るか」


 とりあえず、明日も『クエスト』を達成してスキルとかを増やしたいなぁ……と思っていると、頭の中に声が響いた。


『クエストが更新されました』と。


 この更新されるタイミングが時間経過なのか、それともクエストの達成状況なのかは一切不明だが、とりあえずナツキはディスプレイを開いた。


 ――――――――――――――――――

 クエスト

 ・人を斬ろう!

 報酬:【剣術Lv3】スキルの入手


 ・100回背筋をしよう!

 報酬:【身体強化Lv3】スキルの入手


 ・100kmランニングしよう!

 報酬:【持久力強化Lv3】スキルの入手


 ・【無属性魔法】を使って火を起こそう!

 報酬:【炎属性魔法Lv1】スキルの入手


 ・状態異常にかかろう!

 報酬:【精神力強化Lv2】スキルの入手


 ・500mlの炭酸飲料を一気飲みしよう!

 報酬:『治癒ポーションLv1』×3の入手


 ・1Lの水を一気飲みしよう!

 報酬:『MP回復ポーションLv1』×3の入手


 ・四つの属性魔法を入手しよう!

 報酬:『駆け出し魔法使いなりきりセット』の入手


 ・【無属性魔法】を使って敵の異能者を倒そう!

 報酬:【無属性魔法Lv2】スキルの入手


 ・緊急クエストを3回達成しよう!

 報酬:『ループ』機能の追加

(2/3)


 ――――――――――――――――――


 いや、一番上ッ!!

 

 ナツキの目にまず入ったのは『人を斬ろう!』のクエストである。さらっとした文体でとんでもないクエストを出すんじゃないよ。


「いや、でも今までの簡単さから考えてこれも簡単なのかもな……」


 ナツキはそう言いながら視線を下に落としていく。


 どうせあれだろ?

 自分の指とか斬ったら達成するやつだろ??


 頭の中でクエストの達成方法を考えつつ見ていると、ナツキは思わず感嘆の声をあげた。


「おおッ!?」


 ――――――――――――――――――


 ・500mlの炭酸飲料を一気飲みしよう!

 報酬:『治癒ポーションLv1』×3の入手


 ――――――――――――――――――



 ナツキの目にこのクエストが飛び込んできたからだ。


「ポ、ポーションってあれだよな? ゲームとかに出てくるあれ……」


 飲んだらHPが回復するあれか……?

 いや、もうあれしかないよな……。


 本格的に未知のアイテムが『クエスト』に出てきたというとこでナツキのテンションも上がる。

 

「現実で飲んだらどうなるんだろ。傷が治るのかな?」


 興味がつきないが、手に入ってない状況では何もわからないので、とりあえず帰りの自販機で炭酸飲料を買って試してみようと心にとどめて、帰路につく。


「とりあえず、出来ることを増やしておかないとなぁ」


 そんなことを考えながら、ちゃんと灯りのついている住宅街を帰っていると、ぶん、と音を立ててナツキの視界一杯にディスプレイが広がった。


 ――――――――――――――――――

『緊急クエスト』


 ・自動車に轢かれる前に青年を救出しよう!

 報酬:【心眼】スキルの入手


【00:06:59:31】


 ――――――――――――――――――


 7分か、ちょっとしかないな……。


「じゃ、なくて!」


 そんなことを言ってる場合じゃない。

 誰かがかれそうになっているのだ。


 轢かれる前に助け出さなければ。


「……クソ! 【鑑定】!」


 しかし、一方で誰が轢かれるのかが分からない。


(この時間は帰宅中の学生とか、社会人でいっぱいなんだ……ッ!)


 だが誰を助ければ良いのかが分からない経験はこれが初めてじゃない。

 ナツキはすぐに【鑑定】スキルを使うと、視界に表示された矢印に従うようにして、道を駆けた。


「そういえば前に夜よりも夕方のほうが危ないって話を聞いたことがあるな……」


 ナツキは前にネットでそんな記事を読んだのだ。

 太陽が沈みゆく夕方は人の目が暗闇に慣れる過渡期であり、そのために最も事故が起こりやすいのだと。


「急げ急げ!」


 助けられる人間がいるのだ。

 助けなければ。


 ナツキは小走りになりながら、交差点に差し掛かったのは残り1分を切ってからだった。【鑑定】スキルが指差しているのは、ただ1人。交差点のにいた彼はよく知った顔で。


「……せ、先生ッ!?」


 車に轢かれそうになっているのは、ナツキに剣道を教えてくれたあの教師だったのだ。


 交差点の信号は未だに赤。

 だが、残り時間的に彼が轢かれるのは、あの信号が切り替わるよりも先……ッ!


 何かないか方法が……。


「……あ」


 ナツキは一旦、人混みを離れると路地裏に隠れて『シール』を展開。


「よし、これなら……!」


 誰もいなくなった交差点を駆け抜けて、反対側で同じように人目のつかない場所から現実世界に戻ってくると、久しぶりに教師に話しかけた。


「先生!」

「……ん? おお、八瀬はちのせか。久しぶりだな」


 その瞬間、歩行者用の信号が青へと切り替わる。

 だが、そこに信号を見ていなかったのか横断歩道に乗用車が突っ込んで――走り抜けた。


「先生はいま帰りですか?」

「まぁ、そんなところだ。八瀬はちのせも帰りか。どうだ? 剣道部のこと考えてくれたか?」

「ええ、まぁ……ははは……」


 『スキル』だけではなく、レベルアップによるステータスの向上のおかげで完全に人離れしてしまったナツキが剣道部に入ってしまうと、真面目にやっている生徒たちに申し訳ない。


 なので、ナツキは話をにごした。

 だが、教師は続ける。


「いやぁ、八瀬はちのせは良い剣士になるよ。あの竹刀を折ったときの振り降ろしはレファームの『壱の太刀』みたいでさ」


 きっと、この先生は剣道が好きなのだろう。

 ナツキの剣をめる教師はとても楽しそうだった。


 でも、レファームも『壱の太刀』もさっぱり分からん。

 アメリカの剣術とかかな?


八瀬はちのせは剣道をやったことないんだろ? だったら、向いてると思うんだよな、剣道。絶対剣士としての素質があると思うんだ。これからは絶対に剣道をやっておいた方が良い時代になるしな」

推薦すいせんとかで有利になったりするんです?」


 ナツキがそういうと、彼は露骨に「しまった」という表情を見せた。


「そりゃ、八瀬はちのせ。剣道できるようになるとモテるからな」

「マジですか?」

「冗談だ。って、もうこんな時間か。俺は待ち合わせがあるから行くよ」


 なんだよ冗談かよ。

 とは言っても、ナツキは大学に行くために恋愛そういうのは封印すると決めている。


 互いに別れの挨拶あいさつをすませると、剣道の教師は人混みへと消えていった。


「……ふぅ」


 ナツキは深くため息を着く。


 人を助けるってのは良いことだ。

 しかもそれが顔見知りなら、余計に良いことをした気になれる。


 人知れず事故をふせいだナツキは頭の中に響くファンファーレを聞いて、『ループ』機能が追加されたことを知った。


「……『ループ』ってなんなんだ?」


 不思議に思いながらもナツキは『ループ』機能に【鑑定】スキルを発動。

 すると、視界一杯に半透明のディスプレイが広がった。


 ――――――――――――――――――

 ・『ループ』

 緊急クエストを達成できなかった場合、クエスト開始10秒前地点へと時間を巻き戻す


 ――――――――――――――――――


(……およ?)


 これはもしかして、とんでもない機能が追加されたんじゃないだろうか。

 ってかさらっと時間を巻き戻すって書いてあるけど、異能とか魔法ってそんな簡単に時間を巻き戻せるもんなの?


「……帰って2人に聞こ」


 『異能』素人では、何を考えたって分からないことだらけ。

 そして、分からないことがあったらスルーするのが常の彼だが、自分に関することは聞ける時に聞いておこうと思って、家へと帰った。

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