第12話 異能の血筋

八瀬はちのせさんの異能は何なんですか?」


 ユズハを説得し『シール』から外に出た3人は屋上でお弁当を食べていた。学校が山の上にあるので屋上は街を一望できる良い場所なのだが、風が強いのだけがネックだ。


 誰にも見つからない場所で食べたいとホノカが言うので色々と探し回った結果、ここで食べることになった。屋上といえば生徒で溢れそうな気もするのだが、こんな場所は2回、3回と使えば誰だって飽きる。


 だからか、屋上にはナツキたち以外誰もいなかった。


「俺の異能?」

「は、はい。家庭教師をするにも、八瀬はちのせさんがどんな異能なのか知っておかないとですから」


 そういえばまだホノカにも言ったことが無かったな……。


 なんてことを思いながら、ナツキは告げた。


「俺の異能は『クエスト』だよ」

「「くえすと?」」


 2人の声が重なる。

 どうやらホノカも知らないみたいだ。


『新しい異能』と言っていたから、ちょっとは知ってると思ったんだけど。


「どんな異能なの?」


 興味ありげにホノカが覗き込んでくる。さっき、ナツキがユズハから貰ったお弁当を取り出した時は露骨に不機嫌だったのに……。


(どんなって言われてもな)


 『クエスト』の説明をするのはかなり難しいが、俺ならできると思ったナツキは『クエスト』について2人にざっくり説明。


 途中までは「うんうん」とうなずき続けていた2人も、今日の【風属性魔法】と【雷属性魔法】の入手方法を説明したあたりで、ぽかんとした表情を浮かべていた。


「なにそれ……。そんなことで新しい魔法が使えるようになるの?」

「ちょ、ちょっと、その魔法を見せてもらえませんか……?」


 ナツキは周囲に人がいないことを確認して、手元に小さい雷の球を出現させる。


 バチバチッ! と、音を立てて雷の球が世界を捻じ曲げて、ナツキの手元で踊った。


 ついでにステータスを起動して、消費MPを確認。5だ。


「これって『紫電の小球トニトラ・インフィルマ』……? 術式詠唱スペルキャストも無しに出来るものなの……??」

「は、八瀬はちのせさん。これって、どこかで練習しましたか?」

「いや、練習なんてしてないけど」


 昨日の【無属性魔法】と同じ要領でやってみたら、出来た。


「……『クエスト』は制約系の異能だと思ったけど、ちょっと釣り合ってないわよ。これは」

「か、雷の魔法は高度な魔法です。それを練習なしに使うなんて八瀬はちのせさんは天才です! す、凄いです!」

「え、そう?」


 褒められるとすぐに調子にのるナツキはユズハの言葉で、とても気分を良くした。

 一方のホノカもどう言葉を選べば良いのか困っているような表情を浮かべながら……ナツキに告げる。


「……流石にこれは天才なんて言葉で片付くようなものじゃないわよ。ナツキ、あなたの家系って異能の家系だったの?」

「いや、普通の家系のはずだけど……」


 ホノカに言われて答えるも、ナツキは少し自信が無い。


 確かに自分の記憶にある両親は異能こんなものなど使っていなかったが、今朝ホノカから聞いた話――人口の2%が異能――という話を聞かされると、自信を持って2人が異能ではなかったと言えないのだ。


 もしかしたら、未自覚なだけで2人とも異能だったのかも……なんて思ってしまう始末。


「親が異能だったらなんかあるのか?」


 ナツキの質問に、ホノカとユズハは二人そろって頷いた。


「そ、そうです。全然違います」

「特に私たちみたいな異能はね」


 古い異能って言いたくないから奥ゆかしいって言い換えたのかな?

 ホノカ、めちゃくちゃ日本語上手だな。


「ナツキ、魔女ウィッチ召喚士サモンはね……して魔法を使えるようになるの。そして、もし生まれた子が異能だったら、親がその子に魔法を教えたりするんだけど……中には血縁関係者だけに教える、その家特有の魔術とかがあるの。秘伝魔術レキピオとか、固有魔術オリジナルとか呼ばれてるわ」

「ホノカも持ってるのか?」

「まぁね」


 ちょっとだけ自信ありげに答えるホノカ。


「魔法使いとしての歴史が長い家ほど、そういうのを持ってるわ。それに、そういう家は政略結婚ならぬ魔法結婚をするから、異能の血がより強くより濃くなってくの」

「魔法結婚?」

「魔力……ナツキがMPって呼んでるやつは、基本的に総量が決まってるの。だから、魔力が多い人と子供を作ればその子も魔力を沢山もって生まれる可能性が高いのよ」

「そんなことが」


 美人とイケメンの子供はイケメンみたいなあれだろうか?


 ……あれ?

 でも、俺はレベルアップとかクエストの効果でMP増えてるけど??


 数字だけが増えていないことを確かめるために授業中に魔法を使ってみたのだが、レベルが上る前に比べて使える魔法の回数が格段に増えていた。


(……これって言わない方が良いのかな)


 なぜだか分からないが、ナツキは言ってはいけないことのような気がして黙り込んだ。


「私に日本の血が流れてるのは、その魔法結婚のおかげなのよ」


 なるほど。

 だからホノカはクォーターなのか。


 思わぬところで彼女の出自を知ってしまった。


「親が異能を持ってると、子供は異能を持って生まれてくる可能性が高くなるの。しかも、異能の家系だった場合は、魔法結婚を繰り返して異能の血を濃くしている。そういう家の子は……凄い才能を生まれて持ってくるのよ」

「なんか……遺伝子組み換えの野菜みたいだ」


 今日ちょうど授業でやった話をすると、ホノカはこくりと頷いた。


「当たらずとも、遠からずってところね」


 なんか殺伐としてんな、異能の世界の結婚は……。


「ま、分からないんだったらナツキの親の話は置いておいておきましょう。話を戻すわ、ナツキ」

「うん? 『クエスト』だろ?」

「そう。その『クエスト』をクリアして強くなれるなら次の日曜日までに、たくさんクリアしておかないと……」

「……うん。分かってる」


 日曜日。

 それは、あの少女との再戦を約束した日だ。


「に、日曜日に何かあるんですか……?」

「決闘よ」

「だ、駄目です! は、八瀬はちのせさんが危ないです!」

「そう、だから強くならないといけないの」

「わ、私も決闘に参加します!」

「駄目。向こうには、私とナツキだけで戦うって話をしてるから」

「……そ、そうですか」


 ユズハはホノカのNOにあっさりと引いた。

 なんかこういう所で異能たちは律儀だ。


(……約束を破ったら、死ぬとか?)


 ちょっと、ありえそうな可能性にナツキは一人で震えた。


「その代わり、ユズハには露払いアンブレラをお願いするわ」

「わ、分かりました! 八瀬はちのせさんのお役に立てるように……がんばります!」


 そして、仲が悪いはずのホノカのお願いをあっさり受け入れるユズハ。


 どういうこと?


「なぁ、露払いアンブレラってなんなんだ?」

「……ん。ナツキはまだ知らないわよね。『異能』は基本的に魔力を消費して戦うのだけど、戦いが終わった後は勝った方も負けた方も、魔力が減ってるの」

「うん」

「その時を狙って襲ってくる異能がいるのよ。私たちは屍肉漁りスカベンジャーって呼んでるわ」

「なんでそんなタイミングで」

「異能は使から」


 その言葉で、ナツキは辟易へきえきとした。


 殺伐としすぎだろ、異能たち。


「で、それを制するのが露払いアンブレラ。戦いが終わって魔力を消費した異能の代わりに屍肉漁りスカベンジャーを倒すのよ。大体、人が弱ってるところを狙ってくる異能なんて弱い異能ばかりだから、ユズハなら信頼できるわ」

「……なるほど」


 戦い終わった後のことまで考えないといけない世界にナツキはげんなりしていたが、ふと思い返した。


「あれ? でも、昨日ホノカが戦ってた時に露払いアンブレラはいたのか?」

「……いなかったわ」


 ホノカはそういって顔を逸らす。

 もしかして聞いちゃいけないことを聞いてしまったのかも知れない。


「あ、安心してください! 八瀬はちのせさん! ちゃ、ちゃんと八瀬はちのせさんのことを守りますからね!」

「ありがとう。頼むよ、ユズハ」

「ひゃい!」


 顔を真赤にして若干噛みながら返答するユズハ。


「そういえば、俺はユズハのことを名前で呼んでるのにユズハは俺のことを名前では呼んでくれないの?」

「おっ」

「お?」

「恐れ多くて無理です!」


 そんな馬鹿な。


「そ、それに急に名前を呼んだらふしだらな女だって思われます!」

 

 ふしだらって何……?

 初めて聞いたんだけど。


 ただ、文脈的にいい意味で使っては無さそうだ。


「別にそんなこと思わないけどな」

「ほ、本当ですか?」


 ちょっとだけ期待の色を瞳に浮かべて、ユズハが前髪の裏からナツキを覗くが……。


「あら? あなた達、ここを使う許可は取ってるのかしら」


 唐突に屋上に響いた声で、それは中断された。

 ナツキが屋上への入り口を向くと、そこにはスラリとした長身の女の人。


 大和撫子、という言葉を切り抜いて擬人化させたらそういう姿になるだろうか。すらりと長い黒髮に、黒真珠のように透き通った黒い瞳。凛とした出で立ちは、自信と気品にあふれていた。


 ナツキは制服に記された印を見ると、3年生だった。


「え、ここって許可いるんですか?」


 最初に口を開いたのはナツキ。

 屋上を使うのに許可がいるなんて聞いたことがなかったのだ。


「ええ、そうよ。……あら、あなた達は1年生? それなら知らなくても仕方ないわね」


 そういって、ちょっと呆れたように微笑む姿も様になる。

 美人とは役得だなぁ……なんて考えるナツキ。


「きょ、許可がいるなら先輩も、入っちゃだめなんじゃないです?」


 おっかなびっくりユズハがそう言うと、彼女は「あら?」と意外そうな顔を浮かべて自己紹介をしてくれた。


「私は生徒会長の天津アマツノゾミよ。屋上から人の声がするから見てほしいって頼まれたの」


 そう言われてしまえば、引かざるを得ない。

 ということで、ナツキたちは食べかけの弁当をしまって教室に戻った。


 帰る途中、ノゾミが品定めでもするかのように上から下までナツキのことを見ていたので、彼は『俺も生徒会長に知られるくらいビッグになったのかなぁ』なんてズレたことを考えていた。

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