第9話 不思議はあなたのすぐ側に

 翌朝。


 クエストを見て、まずはおはよう代わりの腹筋100回。


「……よし、こんなもんか」


 ぱんぱんになった腹筋にそっと手を添えながら、ナツキは【身体強化Lv2】を入手した。


「【Lv2】か……。どれくらい強くなったんだろ」


 ナツキはそういうと、『強化』と口に出した。

 刹那、ミシッ! と、全身の筋肉が引き絞られる音が体内から響くと、昨日と同じように机を持ち上げた。


「え? 全然重たくないけど??」


 思わず持ち上げられていないのかと思い不安になって手を離してみると、音を立てて机が床に落ちた。もう一度、ナツキは机を持ち上げてみる。やはり、なんの抵抗感も無く持ち上げることができた。


「……まじか!」


 ナツキは興奮気味に、今度は本棚に手を伸ばして強化したまま持ち上げる。通常状態では持ち上げるどころか、本棚を浮かすので精一杯の重さだが……。


「嘘だろ……!?」


 何の抵抗感も無く、本棚を持ち上げることが出来た。


「こ、こんなに効果が強くなるもんなのか!? スキルのレベルアップってすげー!!!」


 なんて小学生みたいにはしゃぎながら、他の物も持ち上げてみるが全く重たくない。本棚なんて重量で言えば、40kgから50kgだ。それをこんなに軽々と持ち上げられるとは!


 ナツキは楽しくなって、部屋の模様替えを行った。

 【持久力強化】と【身体強化】のおかげで、全く苦労することなく5分たらずでナツキは部屋の模様替えを終えた。


「朝から掃除すると気分が良いな!」


 模様替えは掃除ではないのだが、ナツキはそう言うとシャワーを浴びることにした。

 入手したついでに『ステータス』を確認。


 ――――――――――――――――――

 八瀬はちのせ 那月なつき

 Lv:5

 HP :30 MP :50

 STR:17 VIT:16

 AGI:09  INT:10

 LUC:56 HUM:95


【アクティブスキル】

『鑑定』

『結界操作』

『投擲Lv1』

『身体強化Lv2』

『無属性魔法Lv1』


【パッシブスキル】

『剣術Lv2』

『精神力強化Lv1』


 ――――――――――――――――――


「うぇッ!? レベルがあがってる!」


 そういえば昨日、アカリと名乗った少女が消えたあとに『レベルが上がった』という声を聞いた覚えがあったが、まさかレベルが2から一気に5にまであがってるとは……。


「お、INT賢さがあがってる。やったぜ」


 正確にはINTは『賢さ』ではなく『魔法攻撃力』なのだが、【鑑定】スキルを使っていないナツキは、そんなことなど知らずに喜んだ。知らぬが仏というやつである。


「……ん? HUM人間性が下がってる……?」


 99だった数字が、95になっている。

 だが、そんなに大きな差ではないか。と、ナツキは納得して、今度はステータスではなくスキルに対して【鑑定】スキルを使って情報収集。


 なんとなんとだが、スキルのレベルアップは人間のレベルアップとは別物なのだということが分かった。


 どうやらスキルは1つレベルが上がるだけで、性能が段違いになるという。


 例えるなら、人のレベルアップがスマホのバージョンアップだとしたら、スキルのレベルアップはスマホとガラケーくらいは違うのだと。


「なのに、こんなに簡単にレベルアップして良いのか……?」


 腹筋だけで、そんなに性能をあげても良いのかと思いながら、制服に着替えると、カバンを持って出発。

 駅まで今日も今日とてランニングだ。


「重り買わないとな」


 クエストの中に、『20kgの荷物を持って、10km走る』というのがある。

 報酬は『インベントリ』機能の解放。


 どんなものなのか具体的には分からないが、昨日ホノカが見せてくれた巻物スクロールみたいに、荷物をどこかに仕舞えるんじゃないかとナツキは推測していた。


 もしそうなら魔導書とか杖を持ち運ぶのが便利になる。

 あと、まだ出現させてない『アイテム』の『影刀:残穢』も、あんな感じで持ち歩けば銃刀法違反で捕まることもないだろう。どんな刀か知らないが、刀とついているのだから……警察にバレると面倒なことになるに決まってる。


 それに学校に行く時のカバンも仕舞えるかも……なんて思いながら電車に乗ると、ちょうど扉の付近にホノカが立っていた。


「おはよう、ナツキ。よく眠れた?」

「ああ、よく寝れたよ。ホノカ」


 普通の挨拶かと思っていたが、ホノカはそっとナツキの耳に口を近づけた。


「……適性あるわね。初日は体が追いつかなくて悪夢にさいなまれたりとか、眠れなかったりするのに」


 なんて言ってきた。


 まじか、俺適性あんのか。

 隠された俺の才能ってやつか……?


 と、ナツキが調子に乗っていると……じぃっと、こちらを見つめるホノカと目があった。


「どした?」

「う、ううん。なんでも無いわ」


 ホノカはそう言って視線をそらした。

 一体全体何なんだ。


 そうこうしている内に、駅についたので電車から降りると……わっと、同じ学校に向かう生徒たちが降りてくる。それに揉みくちゃにされながら、改札を抜けると急に多くの視線に晒された。


「……ん?」


 今日はやけにみんなが俺の方を見てくるな……。

 ついにみんなが俺の魅力に気がついたか……?


 なんてことを本気で思っていると、向けられている視線の大半が冷たいものばかりで……ふと、ナツキは気がついた。


 あ、これ俺に向けてじゃないじゃん……と。


 そう、視線のほとんどはホノカに向けてである。

 そして、それに並んでいるナツキに向けられているのは『え、あいつ誰?』みたいな顔だ。


 おい! 俺のこと知っとけよ!!


 と、ナツキは悪態つくが……ナツキはまだ1年生。

 同じ学年ならともかく、他の学年の生徒が知らないのも致し方ない。


「なんかみんなこっち見てない?」

「見られてるな」


 だが、その視線に気がついたのはナツキだけじゃないようで、ホノカも顔をしかめてそう聞いてきた。


「……あまり気分が良いものじゃないわね」

「急ぐか?」

「ううん。それはナツキに悪いもの」


 ホノカはそういうと、ナツキの横に並んだ。


「それにしても、不思議な学校ね」

「……何が?」


 俺たちの学校は山の上にある。

 なので、駅から降りて少し山を登らなければ行けないのが……面倒なところだ。


 だが、変わったところなんてない。


 と、ナツキは思っているが、ホノカが一々顔を近づけていうものだから、周りからの視線が痛いのなんのって。


「異能の割合って人口の2%くらいなの」

「結構いるな」

「でも、この学校……15%くらいは異能よ」

「んな馬鹿な」

「でも、みんな未覚醒だわ」

「……ん」


 それなら普通の人と変わらないから別に良いんじゃない……?

 と、思ってしまうナツキ。


「……あのさ、ホノカ」

「なに?」

「そういうのって分かるもんなのか?」


 そういうの、とは周りが異能かどうなのかというアレだ。


「んー。人によるわね。私は直感で気がつくけど」

「勘がいいってやつか」

「そうね。第六感シックスセンスが発達しているのも、異能に多いの」


 俺には分からないけどなぁ……。

 伸びしろってことか?


「ナツキはわからないの?」

「ああ」

「ふふっ。ナツキでもできないことがあるのね」

「まぁな」

「大丈夫、私が代わりにやってあげるから」


 ナツキがそういうと、やけに嬉しそうになるホノカ。


「あ、ナツキくん。おはよー!!」


 そんなこんなで話していると、後ろからひどく中性的な声をかけられた。


「おう、アキ。おはよう」


 ショートカットで、茶髪。見る人がみればチャラく見えるんだろうが、彼の幼さゆえか、どちらかと言うと、それは可愛さに入る。男用の制服がぎりぎりあっておらず、ブカブカで胸元には1つのお守り。それが、彼のトレードマークだ。


「ナツキ、この人誰?」

「俺の友達だよ。アキっていうんだ」


 そういうと、アキは大きく目を見開いた。


「あっ! あなたが転校生さん!? すっごい噂になってるよね。はじめまして、僕はアキ。ナツキくんの友達だよ。よろしくね」

「よ、よろしく……」


 アキはくったくのない笑顔でそういうと、2人を追い越すように小走りで駆けた。


「ごめん! 先輩に呼ばれてるんだ! 先に行くね!」


 すぐにそういうと、アキは山の上に向かって走っていった。

 元気なやつだなぁ。


「せ、先輩に呼ばれてるって……もしかして、あれが日本の体育会系なの!?」


 そう思っていると、ホノカがキラキラした目でこっちを見てきた。


「な、なんでそんな嬉しそうなの?」

「だって、アニメで見てたのと同じだわ!」

「……残念だけど、アキは体育会系じゃないよ」

「え、そうなの? じゃあ、なんでこんな朝早くから先輩のところに?」

「あいつ、先輩が大好きだから」

「せ、先輩って!?」

「同じ部活の女の先輩だよ」

「……わぁ」


 ナツキがそういうと、ホノカは顔を真赤にした。


 ……こういうところは凄い女の子らしいんだよな。


 昨日、誰も知られない世界でどっかんどっかん家を爆破していた魔女ウィッチとは思えない。


「す、好きって……恋愛的な意味で?」

「ああ」


 アキと一緒にいると、部活の先輩の話しかしないから丸わかりだ。

 今どきあれほど分かりやすいやつもいない。


「……す、凄いわね」

「え、なんで?」

「だ、だって誰かのことを好きになるのよ? それって凄いじゃない」

「そう……なのかな」


 中学生のときも、高校生になってからも、誰々が好きという話はよく耳にする。恋バナといえば、同級生と話すときの鉄板ネタかも知れない。だから、彼女の言う『凄い』というのが分からなかった。


 そんなホノカだが、しばらく黙っていると……いつも以上の小声で、


「な、ナツキは好きな人……いるの?」


 そう聞いてきた。


「いや、いないけど」

「なんでよ」


 なので正直に答えたら、ホノカが少しだけ不機嫌になった。

 望み通りの答えが返せなかったから、物足りなかったのかも知れない。


「……それと、ナツキ。気がついてる?」

「何が?」

「彼、異能よ」

「……んな馬鹿な」


 アキは今どき珍しいくらい純粋な少年だ。

 話していてとても気持ち良いやつだし、昨日ホノカが言っていたような『自分勝手』でもない。


 それに、今まで異能っぽい様子なんて1つも見せていないのだ。


「未自覚なのよ。自分の体質に気がついてないのかも」

「体質?」

「彼、『集霊体質トレイン』だわ」

「と……なにそれ?」

「モンスターとか、あやかしとかを集めちゃうのよ」

「モンスター?」


 え、あのエナジードリンクのこと?


「モンスターって言ったらモンスターよ。狼男ワーウルフとか、吸血鬼ヴァンパイアとか」

「……はい?」


 え、なに?

 何の話??


「なんで意外そうな顔しているの? もしかして今まで会ったことがないの?」

「ない」

「幸運ね」


 そうやって真剣に言うホノカは嘘をついているようには見えない。


「……もしかして、実在するの?」

「するわよ。むしろ、知名度で言えば異能よりも上じゃないの? ナツキも流石に知ってるでしょ」


 そう言われてしまえば何も言えないが、彼がそれらを見たのはアニメとか漫画だけだ。


創作フィクションじゃなくて?」

「実話をモデルにした、創作フィクションよ」

「…………」

「ちなみにだけど、彼らも〈さかづき〉を求めてるわ」

「……戦うかも?」

「私は、2回ほどね」

「………………」


 ナツキは閉口。


 世の中、不思議でいっぱいだ。

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