第7話 異能バトルに巻き込まれました 2

「殺したくない?」


 ナツキの言葉を噛み砕くように、アカリは繰り返した。


「あはっ! 呆れた。『シール』も知らないお兄ちゃんが大きくでたね」


 アカリはそう言うと、まっすぐ指をナツキに向けた。


「MP切れの魔女を守りながら私に勝てるの? お兄ちゃん」


 そういって不敵に笑う。

 その顔はいつでもナツキなんて殺せると言いたげだ。


「MPが足りないのは君もだろ?」


 ナツキはアカリを見ながら、鎌をかける。


 民家を破壊するような巨大な氷に、空を飛ぶ人間を追尾して爆発する氷。

 そして、極めつけは音速にも近しい氷の弾丸。


 そんなものをバンバン撃っていたのだ。

 きっと、彼女のMPはかなり減っている。


「引いてくれ。俺は君を殺したくない」

「お姉ちゃんが持ってる〈さかづき〉の断片ページ。それをもらったら引いてあげる」


 そう言うと、アカリは再び先ほどの氷の弾丸を生み出した。


「だ、誰がアンタなんかに……っ!」


 ナツキの後ろでホノカが吠えた。


断片ページってなんだ……?)


 と、思ったがナツキは分からないことは分かったふりをして流すのが大の得意。涼しい顔で、黙り込むと――『鎌鼬カマイタチ』を使って、アカリが作ったばかりの氷の弾丸を断ち斬った。


 バキッ!


 と、氷が真っ二つになる切断音にアカリの眉が……わずかに上がる。

 そして、息を吐いた。


「……ふうん。素人しろーと同然のお兄ちゃんかと思ったけど……やけに気合入ってるし、あかりもちょっと面倒になってきちゃった。だから、今日は引くね」

「ぺ、断片ページを置いていきなさいよ!」

「なに言ってるの? あかりの方が強いから、引くんだよ。日曜日までに万全にしておくから、また奪い合おうね。お姉ちゃん」


 アカリがそう言うと、彼女の側に空間の裂け目が生まれた。

 その裂け目の奥には、ナツキが見ている住宅街と住宅街がある。


 だがその先に見える街には灯りが灯っており、ナツキたちがいる場所とは違う……元の世界だということが見ただけで理解できた。


「ばいばい、お兄ちゃん」


 そして、わずかに世界が歪むと……ぱっと、ナツキとホノカは灯りの灯っている住宅街の中にはじき出された。


 刹那、頭の中に声が響く。


『敵の異能を倒そう! をクリアしました』

『レベルが上がりました』

『報酬「影刀:残穢」を入手しました』

『ここで出現させますか? Yes/No』


 ナツキは一旦『No』を選択し、周囲を見る。

 そこには、星空のように灯りが灯った住宅街。


「……戻ってきた、か?」

「あ、あの……ナツキ、さん……」


 大きな帽子を被り、黒いローブから輝くような銀髪を流してホノカが口を開いた。

 しかし、先ほどのホノカとアカリのやり取りを見ていたナツキからすれば、その口調が遠慮の塊のように感じられ、彼女に気を使わせているようでバツが悪い。


「良いよ、敬語なんて無くて。さっきみたいにフランクに喋ってよ」


 だが、それにホノカは目を丸くした。

 そして、わたわたと慌てながら早口でまくしたてた。


「い、良いの? 引かない? わ、私、口が悪いのがコンプレックスで……」

「良いよ。そんなこと、気にしないから」


 口が悪い女の子ってなんか可愛いくない?


「じゃあ、遠慮なく……。助けてくれてありがと。ナツキ」

「どういたしまして」


 困っている人を見捨てるよりも、助けられる人の方が立派なんだ。いつの日も人に恥じない行動を心がけているナツキとしては、大満足。自己肯定感+50ってところか?


 なんて『クエスト』に例えて自分を褒めていると、


「……な、ナツキも〈さかづき〉を求めてるの?」


 ホノカが誰にも聞かれないように声量を落として、そう聞いてきた。

 

「あっ、そうだ。それ何なの?」

「……えっ?」


 だが、そんなものなど1つも知らないナツキがそう尋ねた。


「……ナツキは〈さかづき〉を知らないの?」

「うん。全く」

「そ、そうなの? じゃあ、なんで私を助けたの……?」

「殺されそうだったから」

「……殺されそうだったからって」


 意味がわからない……と、言いたげにホノカは顔をしかめた。


「だ、だって……。ナツキも『異能』なんでしょ? なんで、見かえりも求めないで……。……え、もしかして私の……体?」

「い、いやいや。ちょっと待ってくれ。見返りを求めないと、人を助けちゃいけないのか?」


 困ってる人を助けて、その人から感謝される。

 いや、感謝をされなくても良い。誰かを助けるってのは、それだけで良いことをした気になれる。そして、良い気になれるというのは良いものだ。


「……変なの」


 ぽつりとそう言ったホノカは微笑んでいて、言葉とは裏腹に彼女が自分のことを悪く思っていないということをナツキは感じ取った。


「〈さかづき〉は……あまり、大きな声で出来ない話なの。どこか人がいない場所で出来ない?」

「この近くだと……俺の家が近いけど、来る?」

「良いの? お邪魔するわ」


 ナツキはホノカが頷いたあとで、自分の家に女の子が来るのが初めてだということに思い当たった。


 ……あれ? 家って掃除してるっけ??

 い、いや大丈夫だ。バイトで忙しくて、コンビニ弁当のゴミがちょっと散らかってるだけで……。


「どうしたの? 行かないの?」

「……なんでもない。ただ、ちょっと片付ける時間が欲しい」

「気にしないわよ。そんなの」

「俺が気にするんだ」


 ナツキがそう言うと、ぱっとホノカの顔が真っ赤になる。


「ちょっと! 女の子の前で何の話をしてるのよ!」

「な、何の話?」

「わ、私に言わせようとしないで!」


 なんか勘違いされてない……?


 なんてやり取りをしながら、2人はナツキの家に向かった。普段は帰宅中のサラリーマンや、部活帰りの学生たちが沢山通る道なのだが……奇妙なことに、今日は誰1人としてすれ違わない。


「今日は人が少ないな」


 なんて、ナツキが言うと、


「『アンスールA』の逆ルーンを使ったから……人避けの効果が出てるのよ」


 と、ホノカが返した。


「あんすーる?」

「ルーン文字よ。ナツキも『異能』なら聞いたことあるでしょ?」

「い、いや。全然……」

「そっか。ナツキは魔力のことをMPって呼んでたから、新しい異能なのね」

「新しい異能?」


 ルーンやら、異能やら、新しい情報だらけでさっぱり分からん。

 誰か分かりやすく説明してくれ。


 なんてことを考えていたら、目の前にディスプレイが表示された。


 ――――――――――――――――――

 ・ルーン文字

 北欧で使われている魔術。文字に意味を込め、魔力と共に使う。

 術者の魔力量と技量に大きく威力と精度が依存する。


 ――――――――――――――――――


 ……はぇ。

 そんなのあるんだ……。


 もはや、魔術や魔法というものに違和感を覚えなくなってきたナツキ。

 これは果たして慣れなのか、それともパッシブスキルの『精神力強化Lv1』のおかげなのか……。


「新しい異能ってのは、私たちのような……魔女ウィッチとか、召喚士サモンとかと違って、ここ最近に増えてきた異能なの。2015年あたりから急速に増えだしたわ」

「じゃあ、本当に新しいんだな」


 魔女ウィッチ、というときにややホノカが言いよどんだ。

 何か、言いたくないことがあったのだろうか。


 それにしても、2015年から増え始めるなんて……。

 本当に最近じゃんか。


「ナツキはいつから異能になったの?」

「……今日」

「今日ッ!?」


 大きい声を出して、ホノカが驚く。


「今日から異能に目覚めて、あの子を退しりぞけたの……。とんでもないわね……」

「あの子、強いのか?」

「悔しいけどね」


 ホノカが唇を噛みながらそう言った。

 どうやら思うところがあるらしい。


 なんて話をしている内にナツキの家についたので、彼は一旦自宅に入って中を見渡す。

 ここ最近はバイトばかりで家にいなかったからか、そこまで散らかってはいなかった。というか、ほとんど家にいないからかナツキの家にはどこか生活感がない。


「……これなら大丈夫か」


 ナツキは1人でそう漏らすと、ホノカを呼んだ。


「お邪魔します」


 そう言って彼女は綺麗に靴を脱いで揃えてあがる。外国育ちの彼女なら靴を脱ぐという習慣に戸惑とまどうかと思ったが、スムーズに日本語が喋れてる時点で、彼女はかなりの日本オタクなのかも知れない。


「どうしたの?」

「……育ちがいいなって」

「北欧でも靴は脱ぐのよ」


 若干答えになってるのか分からないが、ナツキはそう言われて納得。

 向こうでも普段から脱いでいたのなら、日本に来たって違和感はないはずだ。


「ねぇ、ナツキ。この部屋って誰かに監視されてたりとか……しないよね?」

「しない……はずだけど」


 女の子の部屋ならいざしらず、1人暮らしの男の部屋なんて誰が監視するんだろうか。

 いやでも男のケツをごりごりに痴漢してくる男がいるんだし、可能性は0じゃない……?


「なら早速、話すわ」


 ホノカはナツキが案内した机に腰掛けると、そういった。

 彼も彼女の向かい側に座って、赤い瞳を覗き込む。


 彼女は言葉を探るように、視線をわずかに動かすと……ゆっくりと、口を開く。


「〈さかづき〉はね……。どんな願いも叶える、器なのよ」

願いも?」


 ナツキは聞き間違いかと思ってそう尋ねたのだが、ホノカは深く頷いた。


「そうよ。もちろんナツキも聖杯伝説くらい聞いたことがあると思うけど」

「もちろん聞いたことがないぞ」

「……16世紀くらいに流行った物語よ。『聖杯』っていう万病を癒やす器を探すために騎士が旅に出る話」

「そんなのあるんだ」

「あれのモデルになったのが、〈さかづき〉よ」


 ホノカが小さくそう言うと、彼女はローブの中から巻物を取り出した。

 〈さかづき〉のイラストでも載ってるのかな……なんて、思っていると、彼女が巻物を開いた瞬間、14枚の紙切れが飛び出した。


「……おん?」

「これは『収納インベントリ』の機能を持った巻物スクロール。私以外に取り出せないようになってるの。そして、これが〈さかづき〉の断片ページ


 ホノカから手渡された断片ページに触れてみて、


「うわっ!?」


 それがドクンと脈打ったものだから、気持ち悪くて手を離してしまった。


 ……生きてる!?


「これが全部で108個あるの。それを集めて、くっつけたらどんな願いも7つまで叶えてくれる〈さかづき〉が……手に入るの」

「……それ、本当の話なのか?」

「もちろん。記録に残ってる限りだと、2000年前に最古の記録が。最新だと300年前に〈さかづき〉が生まれた記録があるわ」


 本当かなぁ……?


 未だ、半信半疑のナツキを置いて、ホノカは巻物スクロール断片ページを戻して、それをしまい込んだ。そして、意を決したようにナツキを見る。


「それで、ナツキにお願いがあるの」

「お願い? 急だね」

「……そうね。私もそう思うし、出会ってばっかりのナツキにこんなことを頼むのも……変な話だとは思ってる。でも、ナツキならって……思ったから」


 少しだけ早口になりながらも、銀髪を揺らしてホノカがそういう。


「……俺に、出来ることなら」


 その言葉に答えるように、


「私と一緒に、〈さかづき〉の断片ページを集めて欲しいの」


 ホノカはそう言った。






 ――――――――――――――――――

八瀬はちのせ 那月なつき

Lv:5

HP :30 MP :50

STR:17 VIT:16

AGI:09  INT:10

LUC:56 HUM:95


【アクティブスキル】

『鑑定』

『結界操作』

『投擲Lv1』

『身体強化Lv1』

『無属性魔法Lv1』


【パッシブスキル】

『剣術Lv2』

『精神力強化Lv1』


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