脳は嘘をつかない

じゃがりこ

目覚め

 夢と現実、何を基準で今を現実と判別できよう。自分が夢だと感じることができるならば、それは恐らく現実だろう。

 月の光も届かない暗闇、僕は目を覚ました。錆び付いて消えかかっている街灯が照らす、高架下にもかかわらず屋根がついている自転車置き場。なんの意味があるのだろう。飛んで火に入る夏の虫、社会の害虫もまた、ここに集まってしまうようだ。

 僕はクズだ。全てを投げ出して逃げてしまった。自分が何を大切にしていたか、なんのために生きていたのか、その意義すら忘れてしまった。

 こんなところで寝たのは、いや、そもそも外で夜を明かしたのは生まれて初めてだ。僕はなぜこんなところにいるのだろう。思い出せない。自分がどうやってここまできたのか、ここが何処なのか。

 「お前もこっちの人間か?」自転車置き場の物陰から声がした。誰かいるらしい。辺りを見回す。どうやら僕に喋りかけているようだ。一体なんのことを言っているのだ、こっちの人間?人間にこっちもそっちもあるもんか「は、はぁ」おざなりに返事をすると声をかけてきたその塊はゆっくりと体を起こした。よく見るとシワの深い老人がこっちを見ている。一体何をしたらあそこまで顔面シワだらけになってしまうのだろう。ボロボロになった服を重ね着し、白い髭を伸ばしっぱなしにしているその姿は、いかにもなホームレスという感じだ。一瞬関わるのを避けようか迷ったが、よく考えれば僕も今はホームレスではないか。あたらしい場所を探すのも面倒なので暇つぶしに相手でもしてやろう。「こっちの人間とは?」「見りゃわかるだろう社会のゴミさ、ゴミ」別になんの捻りもなかったようだ。社会のゴミか、そう言うからにはやはり彼はホームレスで間違いないのだろう。僕はどうなんだろうか、先ほどまで家がなければホームレスだと思っていたが、彼に向かって、はい。僕はホームレスです。などと言ってもいいものだろうか。「社会のゴミですか、そうなのかも知れませんね」当たり障りのないように返しておく。「なんだそのよくわからん答えは、家がなけりゃホームレス、仕事もなければ社会のゴミ、簡単じゃないか、何でもかんでもわからんわからん、だから最近の若者は…」始まってしまった、僕はまさか今からこの社会のゴミに説教をされるのか?自分の不甲斐なさに笑えてくる。「あー、まあやめておこう。こんなホームレスに言われても何も感じないだろうしな、その反応の感じ、あんたさては元々ちゃんとやってたんだろう」この格好のどこを見てそう思えるのだろうか、「実はここに来るまでのことをあまり覚えていなくて」「なんだい、記憶喪失ってやつかい?面白いやつにあったもんだ」どうやら面白かったらしい。しかし人の不幸を笑うのは快く無い。「おい、きおくなし」まさか僕のことを言っているのか?「きおくなし、お前だよ」どうやら僕は『きおくなし』になったようだ。「なんでしょうか」「どうせお前することもないんだろう。ちょっとついてこい」断れなさそうだ、見た目とは裏腹にこの老人はスタスタと歩いて行った。「モタモタするな」慌てて後を追いかける。

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