第17話 情緒どうなってるんですか?

 ある日の午後である。



「ぴーぴーやっとことっと、さっさっさー」



 謎の鼻歌を歌いながら廊下を歩いていたリリィは、医療部への扉をガチャリと開ける。



「お疲れっす。頼まれてたモン出来たから持って来んんんんんん!?」



 驚きの声。扉の先は、見慣れた医療部ではなかった。



「何だ!? 何だこの部屋!? 医療部……だよな!?」



 動揺する彼の後ろで、扉が光の粒となって消える。



「と、扉消えた!? マジか。マジか!?」



 部屋の反対側に扉が出現し、視線を向ける。聞こえてきたのは、2人分の話し声だ。



「だろ? だから、あれからルスキニア教官をどうやったら倒せるかずっと考えてんだよ……」


「無理よ……返り討ちに遭うに決まってるわ」



 扉を開けたのは、ルキオラとウルラだった。



「お前らぁぁぁぁぁ! 何っなんだこの部屋はぁぁぁぁ!?」



 2人の姿を確認するやいなや詰め寄ってきたリリィに、ウルラはビクリと身をすくめる。



「キャッ! お、おばけ!?」



 隣で車椅子を押していたルキオラが、驚いた面持ちでリリィを見る。



「アニキ!  何でここに!?」


「ルキオラぁぁぁぁ! 説明しろぉ!」



 その剣幕に(うるさっ……)と耳を塞ぎたくなったルキオラだが、部屋の中の光景を前にも見たことがあることに気づく。



「あ……ここ、特殊任務の部屋じゃないっすか」


「特殊任務ぅ?」


「前ルスキニア教官とかと閉じ込められて――」



 ルキオラがそう言った瞬間、2人が入ってきた扉が溶けるように姿を消した。



「ルキオラ! ドアが消えたわ!」



 もはや説明が面倒になった彼は、「そういう部屋なんだよ」と状況を受け流す。



「そうか。任務ならいい」



 ウルラの驚きを完全にスルーしたリリィは、それまでのパニックが嘘のように冷静さを取り戻し、腕組みをして頷いた。



(いいんだ……)



 毎度毎度、この乱気流のようなテンションについていくのはなかなか骨が折れる。ルキオラは心の中でため息をつく。



「あれ!? ステラ!? ステラはどこ?」



 そんな折、いつもの相棒の姿を見失ったウルラがオロオロとあたりを見回し始めた。


 使い魔がいなくなった時は主が魔力探知で探し出せるはずだが、それすら忘れるほど焦っているようだ。



「ああ、そういや急に教室の方に向かって走ってったな。忘れ物でもしたんじゃね?」


「そんなぁ……」


「すぐ終わるから大丈夫だよ」



 しょんぼりと肩を落とす彼女に何と声をかけたらいいか分からず、ルキオラはそれだけ返す。



「んで? この任務は何作りゃいいんだ? 材料はあるんだろうな?」


「材料とかいらないっすから。とりあえず座りましょ」



 ルキオラは、部屋の真ん中にあるテーブルセットに2人を案内した。


 テーブルを囲むように置かれている茶色いソファと無骨なスツール。ルキオラはリリィにソファをすすめようとしたが、リリィは迷いなくスツールを選んだ。ウルラがテーブルに車椅子を寄せるのを見届けたルキオラは、躊躇いながらソファへと腰を下ろす。


 3人が着席すると、テーブルの真ん中に魔法紋が浮かび上がった。



「あ、何か出てきたわ」



 光を放つ魔法紋の中から現れたのは、3人分のホットミルクのマグ、様々な種類のチョコレートが大量に乗った大皿だ。



「見たことない紋だ。誰の魔法だ?」



 腕組みをしたリリィは、その赤とも緑ともつかない濁った色の光を放つ魔法紋をしげしげと観察する。



「さあ……なんかこっから出てきたもん食ったり飲んだりしながら話せって、こないだは言われました」


「え? 任務って、そういうのもあるの?」


「……あるらしい。よく分かんねえけど。」



 ボリボリと頭をかいたルキオラの語尾を食うように、リリィが「おお!」と声を上げる。


 2人がそちらを見ると、彼は大皿の上のチョコレートを掴み取って口に入れているところであった。



「これ、美味いぞ! お前らも食え!」


(ほんっとマイペースだな……)



 ルキオラが心の中で舌打ちした時、軽やかなベルの音が響き渡って、白い壁に文字が投射された。



【自己紹介してください

必須事項:フルネーム、趣味、好きな人】



「ルベルムだ。趣味は……ダッッッツ!」



 話の途中で急に大声を上げたリリィが、スツールから転げ落ちる。



「だ、大丈夫すか!?」


「なんだよこれ! 電気か? ケツが痛てぇ!」



 尻をさすりながら体を起こしたリリィに、ブブーとブザーの音が降り注いだ。



【ペナルティです】

【必須事項:フルネーム】



「ペナルティとかあるの!?」



 驚いたようなウルラを尻目に、リリィはスツールに這い上がる。



「くっそぉ……んだよほんとに……。フルネーム……ル、ルベルムだよ! ルベルムがフルネーム……ダーッッツ!」



 しかしその尻は無慈悲にも電流に貫かれ、彼は再び床に倒れ込んでしまった。



「やめろっつの!」



 うつ伏せで尻だけを突き上げた間抜けな姿がなんともおかしく、ウルラは吹き出しそうなのを咳払いで誤魔化す。



(この人……ちょっと面白いかも……)


「アニキ、ちゃんとやった方がいいんじゃ……」


「そうですよ。名前を言うだけですよ」



 心配そうなルキオラに乗っかって、何とか名前を言うようにけしかける。


 この間アルデアの道具入れを直してもらう約束をした時、リリィがやけに自分の名前を嫌がっているようだったのをウルラは覚えていた。


 あれほど嫌がっていた名前を自ら口にしなければならない状況で、この人はどんな反応をするのか。好奇心半分、いたずら心半分である。



「うるせぇ! くそっ……名前、リリィ・ルベルム……だよ!」



『リリィ』のところは、ほとんど聞き取れなかった。もう一度言わせようとウルラが口を開きかけた時――



【ピンポーン】

 明るいチャイムの音が響く。



「よかった……! アニキ、正解ですよ!」



 ルキオラは少し嬉しそうだ。



「頑張りましたね!」



 ウルラも一応、フォローした。リリィの羞恥を抉れず、少しがっかりしないでもなかったが……。



「なんでお前らに励まされてんだよ……。」



 2度も電流を流されているにも関わらずまたスツールに腰掛けたリリィが悪態をつく。



「まだ『趣味』と『好きな人』があるんで。頑張ってください」



 その悪態も本気の怒りからではないと理解しているルキオラは、大皿のチョコレートに手を伸ばしながらエールを送った。



「リリィさん、ファイト!」



 一方ウルラは、リリィを完全にからかい対象として見ることにしたらしい。ルキオラが目を見開いて自分を見ていることなど気にも留めず、その口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいた。



「リリィって呼ぶな!! アニキもしくはルベルム様と呼べ!」



 そう叫んでホットミルクを一気飲みしようとしたリリィは、「あっちぃ!」とミルクを吹き出した。口の周りが真っ白になった彼にウルラがハンカチを差し出し、ルキオラがタルシアから取り出したタオルで服にかかったミルクを拭いてやり、一体どちらが子供なのか分からない有様だ。


 ミルクの処理が一通り済んだところで、リリィは話し出した。



「趣味はえーっと、機械の修理とかだな」



 得意げな顔なのに、襟元から下がミルクで濡れている。



「よくゴミ置き場からガラクタ拾ってんのは趣味じゃないんすか?」


「バカタレお前。拾ったもんを直して使ってんだよ!」



 ふーふーとホットミルクを冷ますルキオラに、彼は不機嫌そうな視線を向ける。



「物を大事にするんですね」



 ハート型のチョコレートをつまんだウルラが、アルミの包装紙を丁寧に広げながら言う。



「別に。腕試しみてえなもんだよ。どこがどんな風に壊れてて、どう直すのがいいか。そーゆーの知っとくのはモノ作りに必須だろ」



 さも当然かのように言ったその姿に、ルキオラは(かっけーなぁ……)と心の中でひとりごちる。



「日々勉強ってことですね。さすが技術部長です」



 ウルラがチョコレートの甘さにうっとりしながら言うと、ギラリと目を光らせたリリィは鼻息を荒くした。



「だろ! さすがなんだよ俺様は。ダーッハッハ!」


(かっけーけど、このすぐ調子乗るとこがなぁ……)



 子供2人を相手に威張り散らすその姿に、やはりルキオラはため息をつくしかなかった。



「あとは『好きな人』ですね。リリィさんの好きな人って、誰なんですか?」



 ウルラが話題を変える。突如として現れた『好きな人』というワードに、ルキオラはミルクを吹き出しかけた。



「バ……! お前、そ、そんなこと……」


「うーん、技術部の奴らはもれなく好きだな。あとは……ああ、初代の人らもわりと好きだ」



 ルキオラの焦りなど何のその。腕を組んで考えながら話し出したリリィは、やはり当然、という顔をしている。



「え、ああ、好きって……そういう……」



 焦ってしまった自分が恥ずかしくなり、ルキオラはチョコレートを5つほど口に押し込んだ。



「初代の人って、誰ですか?」


「誰って、初代は初代だろ」



 ウルラの質問に答える気があるのか、ないのか。適当な返事をしたリリィは、全然冷める気配のないミルクにチョコレートを放り込む。



「あーあと教育部長も好きだな。素材くれるし。」



 スプーンでくるくるとミルクがかき混ぜられ、白かった表面が茶色になっていく。



「お前らも好きだぜ。ルキオラはわんコロみてえだし、お前は人形すげえし、あとあの子、あの子も……」



 ミルクをかき混ぜていた手が止まり、語尾が震える。



「ほんっと……何でなんだろうなぁ……」



 スプーンを噛み締め、涙を流し始めたリリィを、ルキオラとウルラは呆然と見ていた。



「リリィさん、どうしたんすか。落ち着いてください……!」



 ウルラにつられてアニキ呼びをすっかり忘れているルキオラに、リリィは潤んだ目を向ける。



「どさくさに紛れてリリィって呼ぶなよォ!」



 ウルラから借りたハンカチで顔を思い切り拭きあげ、ついでに鼻をかむ。ウルラの心底嫌そうな顔を無視したリリィは2人に向かって雑に言い放つ。



「俺は喋ったぞ! お前らも喋れ!」



 よく分からない空気の中でふられた話題に、2人は顔を見合わせる。



「お前先いけよ」


「え? うん……ウルラ・ノクチュア。趣味は絵を描いたり、粘土で何か作ったりすること。好きな人は……」



 そこまで言って、ウルラはルキオラに耳打ちする。



「好きな人って……リリィさんが言ったみたいな意味でいいの?」


「ち、近い! いいんじゃねえの! それで!」



 自分のとは違う、何か分からないがとてつもなくいい香りが鼻をつき、ルキオラは反射的に身を逸らす。



「好きな人は、ルクスのみんなと、教官たちと、ディオネア先生と、フロースさんです」



 ウルラの話を聞いたリリィは、今度はルキオラのタオルで鼻をかみながら言う。



「え、ディオネアも好きなのか? あのクソ真面目くんが? マジかやってんなぁ……。」



 遠慮のない言い方に、ウルラからムッとした気配が立ち上る。チョコレートを口に含んだところだったルキオラは、慌ててホットミルクで流し込む。



「リリィさん! やめましょ……」



 だが、遅かった。ウルラのつり上がった目が、マグを持ったリリィをギッと睨みつけていた。



「あ、ごめん……つい……」


「ディオネア先生は、ちゃんと話を聞いてくれる優しい先生です!」



 静かになった部屋に、ウルラの鈴を転がすような声が響く。



「きっちりし過ぎててアレ?と思うこともあるし、基本的に間が悪いところはあるけど、わたしは尊敬してます!」



 いつもの自信なさげな調子ではない。ウルラの言葉には心からの実感が伴っているのが、ルキオラには手に取るように分かった。しかし――



「それ……ほんとに尊敬か……?」


「ディスりにしか聞こえねぇんだけど……」



 異口同音であった。ふん、と拗ねたウルラに、リリィがおずおずと声をかける。



「他人のそういう事情に口出すほど野暮じゃねえけどよ……なんつーか、やっぱ年齢差っつーもんは、一応気にした方がいいと思うぜ……」



 あまりに的外れである。



「ち、違いますから! 」



 顔を真っ赤にしたウルラは、思わずテーブルを叩く。3人分のミルクの表面が大きく波打った。



(リリィさんがそういう感じで始めたから乗っかっただけなのに……!)



 羞恥と苛立ちがぐるぐると駆け回り、どうしようもなくなったウルラはルキオラに指を突きつける。



「ほら次! ルキオラ! 喋って」


「オレ!? いや……オレは別に……」



 及び腰のルキオラに、リリィが尻をさすりながら脅しをかける。



「言わねえと電撃だろ? 喋っちまえよ」


「えー、そんな好きとかないっすよ」



 その煮えきらなさに痺れを切らしたウルラが、ミルクをひと口飲んで言った。



「じゃあ名前言ってくから好きか嫌いかで答えて」


「は?」


「ミルヴァス教官」



 突然始まった好き嫌いゲームに戸惑いながら、ルキオラは考える。



「まあ……そこそこ好き……だな」


「ルスキニア教官」


「普通に好き……かも」


「リリィさん」


「ちょっと待て! 本人前にそれやんのナシだろ!」



 ルキオラの隣で小さなカップに入っていたチョコレートを食べていたリリィが顔を上げる。



「つまり、嫌いってことか!?」


「いや……違います、えと……」



 何とかフォローしようとするルキオラだが、リリィの被害妄想はどんどん膨れ上がっていった。



「そうかぁ……可愛い子分と思ってたのは俺だけだったのか……」



 しょんぼりと肩を落としたリリィに、ルキオラは慌ててフォローを入れる。



「す、好きですから! 嫌いとかじゃないですから!」


「ならよし!」



 リリィの情緒はやはり乱気流だ。



「次は師長さん」


「あの人はもう好きとか嫌いとかの枠じゃねえよ」



 赤くなった顔をさますようにブンブンと頭を振ったルキオラは、ホットミルクのマグをぐいっと傾ける。



「てか、まだやんのかよ。もういいだろ……」


「いや、むしろ続けろ。大人としてそういうのは普通に気になる」



 ウルラの独壇場に乱入してきたのは、リリィだ。



「続きは俺が聞く。お前も答えろ」


「わたしもですか!?」



 謎のノリで始まった突然の巻き込まれに、ウルラは目をパチクリさせる。リリィは少し何か考えると、2人に向かって人差し指を立てて言った。



「まずは、ラルスさん」


「結構好きっすかね……」


「まあ、割と……」


「フロース」


「ま、まあまあ……好きっす」


「優しいから好きです」


「ミリカ」


「あの人は……ノリがよく分かんないっす」


「最近は……好きです」


「じゃあ次は……」


「まだやんすか? もうよくないですか?」



 ルキオラの声は、やはり無視される。



「補佐官はどうだ?」


「あの人は怖いっす……」


「そう? 優しいからわたしは好き」


「じゃあー……教育部長!」


「苦手っす……何考えてっか分かんないし……」


「わたしは……全部がよく分からないです……」


「調査部隊長」


「好きっす。尊敬してます」


「こ、怖いです……」


「調査部副隊長」


「無理無理無理! あの人はほんと無理っす!」


「わたしも同じ……です」


「だよな! やっぱそうだよな! 」



 2人の反応を見たリリィは、意気揚々とテーブルに身を乗り出した。



「俺もあの人だけは好きになれねえんだよ……。良かったぁ……お前らもそう思ってたか……。何かホッとしたぜ……」



 テーブルに伏し、気が抜けたように言うリリィを、ウルラは不思議そうに見ていた。



(そんなこと言っちゃっていいのかしら……大人なのに……)



 チョコレートのアルミ包装を指で小さな球にしながら、ルキオラが言う。



「だってあの人いっつも怒ってるじゃないっすか……」


「あれは怒ってんじゃなくて素なんだよ。あの人はな、シンプルに性格が悪い」


「リリィさん……悪口っすよ……」


「悪口も言わなきゃやってらんねえっつの。ガス抜きだガス抜き。覚えとけ」



 やたら偉そうに言ったリリィに、2人は(子供か!)と心の中でツッコミを入れた。

 その時、軽やかなベルの音が響いて壁に新しいお題が投射される。



【最近作ったものは?】



「え!? まだ実働部方面聞いてねえんだけど!?」



 不満の声を漏らしたリリィに、ルキオラは呆れたようにつぶやく。



「もういいじゃないっすか……」


「くっそー、今度聞かせろよ?」



 悔しそうなリリィを(なんでそんな気になるのよ……)と心の中で刺したウルラは、気を取り直して問いかける。




「リリィさんは何を作ったんですか?」


「俺は常に何か作ってっからなぁ……。一番最近のは……何だ?」


「オレに聞かないでくださいよ……」



 もはや彼は面倒くさいと思っているのを隠すことすら面倒になっていた。



「ああ、そういやこないだ一緒に作ったイス、どうなんだよ?」



 そんな彼の内面を知る由もないリリィは、この部屋に来てから一番穏やかな表情を浮かべて問うた。



「あれすか? 使ってますよ。ペンキも塗っていい感じっす。」


「ペンキって、画材屋さんで買ってたやつ?」


「ああ。ただの木じゃなんかつまんねえと思ってさ。」


「んだよ洒落っ気だしやがってこのぉ……」



 満面の笑みで頭を撫で繰り回されたルキオラは、恥ずかしそうながらも満更でもない様子であった。



「何すか! いいじゃないっすか!」



 彼の普段教室で見ているのとは違う一面を知り、ウルラは少しだけ寂しい思いがした。



「ルキオラ、リリィさんとよく何か作ってるの?」


「まあな。色々教わってて……」



 彼の言葉尻を食うようにリリィが声を上げる。



「こいつは俺様の弟子だからな! 技術部志望って言うから、今のうちから仕込んでんだよ!」


「そうなんですか!? 知らなかったんだけど……」


「言ってないからな」


「もう、言ってよ!」



 どうしてこの子はそういう大事なことに限って言わないのか――ウルラの寂しさはもはや苛立ちに転じ始めていた。



 頬を膨らませるウルラに、今度はリリィが問いかける。



「お前は粘土細工やるんだったな。なんか作ったのか?」


「大したものは……アクセサリーとか、お人形とか……」


「人形!? あの使い魔もじゃあお前が作ったのか!?」


「ステラは……違います。小さい頃に買ってもらったもので……」



 彼女の話を聞いたリリィは、テーブルに頬杖をつく。



「んだよ……。え、てか人形師ならよ、アイツみてえな人形作りまくって軍勢にしちまえばいいじゃねえか。何で一体だけなんだ?」



「そういうやり方があるっていうのは聞きましたけど、使い捨てみたいなのは可哀想で……」


「可哀想も何も、道具みてえなもんだろ?」



 そう言ってチョコレートを口に入れたリリィに、ウルラは食って掛かる。



「道具じゃありません! 少なくとも、ステラは家族です……」


「家族ねえ……感情移入し過ぎなんじゃねえの? 使い魔だろ?」


「使い魔でも家族なんです!」



 段々とヒートアップしていく2人のやり取りを見ていたルキオラは、手をバタバタと動かして仲裁を図る。



「ストップストップ! ここでケンカしても仕方ないだろ!」


「ケンカじゃねえよ。俺は事実しか言ってねえ」



 ぐいっとミルクを飲み干し、息をついたリリィをウルラは恨めし気に睨みつけていた。



(この人……嫌いかも)


「そういやお前画材屋で絵の具買ってたな。人形の塗装に使うのか?」



 冷えた空気を何とか回そうと、ルキオラは話題をふる。



「そうね。でも、なかなか納得いく子が作れなくて……途中まで作って中途半端になってる子が多いの……」


「ハンパになんのはイマジネーションが足りねえんだよ。何となくじゃ良いもんは作れねえからな」



 またしても人の言葉に割って入ったリリィが、ポケットに手を突っ込みながら言う。



「そ、そんなこと……!」


「こんな風に作りたいとか、形にしたいもんをよく観察してみろ。目の前に置いて色んな角度から。それが一番上手くいく。これ経験則な」



 その言葉に何か反発したくて言葉を探したウルラだったが、腹立たしいことに反せる言葉が何も思い浮かばなかった。



「そう……ですか」



 悔しさに唇を噛んだ彼女に、リリィはニッと人のよさそうな笑みを浮かべる。



「ちなみに作りかけで余してる人形があんならもらってやってもいいぜ。雑用専門のカラクリ小間使いのガワとして……」


「最っ低!!」



 ウルラの怒りのボルテージが再び急上昇したのを感じ取ったルキオラは、リリィの口に大きめのチョコレートを押し込む。



「リリィさん! ちょっと黙ってください!」



 突然のことに「もがっ!」と目を白黒させていたリリィだったが、チョコレートが口の中で溶けだすにつれ「んー、うま……んま……」と日向の猫のように目を細めた。


 ウルラはルキオラの腕を引っ張り、小声で耳打ちする。



「ルキオラ! 何なのこの人! さっきから失礼なことばっかり!」


「いや別に悪気がある訳じゃ……」


「悪気がないなら余計タチ悪いわ! 」


「ご、ごめん……」



 咄嗟に口をついて出た言葉に、(何でオレが謝ってんだ……?)と納得いかない思いだった。しかし、リリィのマイペースが人を怒らせるというのを身をもって理解している分、それ以上何を言えばいいのかルキオラには分からなかった。


 彼が頭をかいたとき、ロマンチックなオルゴールのメロディーが流れ出して壁に文字が投射される。



【たくさん話してくれてありがとう。また来てね】



 突然の終了宣言に、ルキオラは素直に助かったと思った。



「あ、終わりましたね。リリィさん、終わったんで! 帰りましょ!」



 いそいそと席を立った彼の肩を掴み、ソファに座らせたリリィは懐から紙袋を取り出す。



「まだ全部食ってねえだろ。おら、袋入れてやっから持って帰れ。」



 大皿の上にあったチョコレートがあっという間に姿を消し、きれいに袋詰めされたそれが手渡される。



「あ、ありがとうございます……」



 リリィはウルラにも紙袋を差し出し、またあのニカッとした笑みを浮かべる。



「お前の話、面白かった。今度またゆっくり聞かしてくれよ。モノ作り同士仲良くしようぜ」


「ありがとう……ございます……」



 小さな紙袋を見つめて、ウルラは呟くように言う。正直複雑な思いが消えたわけではない。しかし、ものづくりへの姿勢やこういう世話焼きな面を見て、悪い人じゃないのかもしれないという気持ちもまた芽生えつつあった。


 最後に数粒残ったチョコレートを一気に口に入れたリリィは、ウルラに親指を立てて言った。



「まあ? お前がどうしてもってんなら第2の弟子として育ててやることも考えないでもないぜ? なりたきゃいつでも言ってこいよ」



 その顔に無性に腹が立ったウルラは「いりませんから!」と言葉を投げ、荒々しく車椅子を操作して出口へと向かった。



「あ、おい待てよ!」



 彼女を追いかけるルキオラ。部屋に一人残ったリリィは、大皿の上に3人分のマグを重ね、包み紙のごみをその中にまとめ始める。


 ウルラが座っていたところにあった包み紙が小さな鳥の形に折られているのを発見した彼は、ふっと笑って鼻歌を歌い出した。



「ぴーぴーやっとことっと、さっさっさー」



 扉が閉まる。誰もいなくなった部屋に、リリィの謎の歌だけが遠く響いていた。

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