ゴブリンの矜持

みかん畑

ゴブリンの矜持

 ガキン


 新人冒険者の振るう剣が地面を打つ。


「グギギ(おい、こら、どこを狙っているんだ)」


 俺は剣士の未熟な剣戟を敢えて既のところで躱していく。剣士のなまくら刀は俺が幾度か躱した後、木に打ち付けられてそのまま抜けなくなった。


「グギギガ(おい、そんなんではこの先のコボルト相手じゃ瞬殺されるぞ)」


 俺は突き刺さる剣を抜き取り剣士に襲いかかる…フリをして剣をそいつの足元に落っことす。


 新人冒険者はしめたとばかりに剣を拾って距離を取る。よし、いいぞ。その距離はいい距離だ。この先でも役に立つだろう。覚えておけよ。よし、では今度はこちらからいくぞ。


 剣の基本は「受け」だ。これを怠る奴は才能があっても直ぐに命を落とす。才ある者こそ、まずは受けを学ばねばならない。それを教えるのも俺の役割。さあ、存分に感じろ、死の恐怖を。そして心に叩き込め、受けの重要さを。


 ふむ、仲間共々逃げていったか。逃げも立派な戦術の一つ。あのパーティーは細くとも長く続くやもしれん。おや、早くも次の者が来たか、今度は剣士一人。余程腕に自信があると見える。では、その鼻っ柱、根本から叩き折らせてもらおうか。


 ほう、良く躱す。この剣士、なかなか良い目を持っている。この目を持っているだけでもいずれ騎士にはなれるだろう。だが、この才能、騎士止まりにしてしまっては勿体ない。この良い目に加えて、受け、受け流し、そこからの切り返しまでをものにすれば騎士団長にもなり得るやもしれん。ふふ、久しぶりにゴブリン魂が燃える。さあ、戦いの基本、叩き込め。今から俺はオーク級になろうぞ。


 まずはこれはどうかな? 俺の飛び蹴りからの爪撃の連続技だ。俺は有望株を見つけれはこれで深手を負わせて逃げ帰らせる。鼻っ柱を折ってやって少しでも死なない冒険者に育ってもらうためだ。


 ガキン


 剣士の剣を3本の爪で受ける。


 ほう、体を撚ることで蹴りの威力を流し、こちらの体勢が崩れたところに剣戟か。うむ、なかなか良かったぞ。ではこれはどうかな? 背後への回り込みと死角の足元への爪撃。ほう、これも跳んで躱すか。いい勘だ。ではこうだ。


 上手く上に避けたところにすかさず俺も地を蹴って付いていく。ほほう、既に体勢を整えているか。平衡感覚も良いとは。これはこれは。そういうことなら話は変わる。これからはオーガ級でいくぞ。


 ふむ、漸く退いたか。引き際も見事。これ程のやり合いはあの小僧以来だったな。あの小僧は今では剣聖と謳われているようだが、慢心せず貪欲に技術を磨いていると聞いた。それなら俺もやり合った甲斐があると言うものだ。



 お、次が来たか。ほう、シーフにタンクに魔法師か。シーフで撹乱、タンクで受け続け時間を稼いで高等魔法の準備ができ次第殲滅する流れだな。この形体は如何に魔法師が攻撃を受けずに済むかが鍵となる。シーフとタンクに掛かっているぞ。お前たちにできるかな?


 俺はシーフが動き出す前に先手を取る。おいおい、そうやすやすと先手を取られて大丈夫か。撹乱したいなら必ず先手を取れ。ほら、仕切り直しだ。5秒後に動くぞ。先に動けよ。


 よし、それでいい。シーフなら必ずそれをやれ。常に先手を取れば時間は自然に稼げる。よし、次はタンクだ。取り敢えずシーフは置いていくぞ。タンクの弱点は動きが遅い事。ならば最小限の動きで敵の魔法師への動線を切れ。それを繰り返して相手の狙いを己に向けよ。相手が苛立てばもうタンクの仕事は終わったようなもんだ。ほら、動線が空いたぞ。


 俺は魔法師に切迫する。いつ見ても新人魔法師の驚く顔とは飽きんものだ。自分が攻撃されるとはこれっぽっちも思っていない。ほらシーフ、タンクが出来なきゃお前が動線を切るんだ。ちょこまか動いて相手の気を散らせる。その隙にタンクが入るんだ。ああ、遅い遅い。もう、最初からだ。ほら俺が一旦退いてやるからその間に話し合っとけよ。


 はあ、あのパーティーは時間が掛かりそうだ。それぞれの役割すら理解できていないとは。



 おや、また来たな。ん? あれは…何だ。あれは冒険者…か? ぬぐ、何だこの禍々しい気配は。これは…いや、まさか。しかし、この気配は間違いない。グググ、この俺が武者震いだと。そうか、コイツは敵か。この世界の敵。全てを憎み、全ての破壊を望む。コイツの心の中には何もない。コイツはこの世界の全てを死滅させるまで止まらないだろう。コイツは駄目だ、ここで俺がやる。こい、邪悪の権化よ。


 ぐふっ、何だこの膂力は。これではトロール級ではないか。この小さな体のどこにこんな力が。仕方がない。それなら、俺もなろう。トロールキング級に。


 俺の体は2倍に膨れ上がる。跳ね上がった筋力に追いつけず骨が軋む。俺はそれに構わず側の大木を引き抜く。アイツの体との質量差。如何に力が強くても莫大な質量の暴力には吹き飛ぶしかない。では、いくぞ。


 な、何だと。避けるだと。それではトロール級の力にフェンリル級のスピードということではないか。まさか、こんな怪物だったとは。これでは必ず俺がやらねばなるまい。では俺の方もなろうぞ。最速を誇るドラゴン、ピクシードラゴンに。


 俺の背に激しく輝く金色の羽根。その羽根が動き出すと俺の体は光の線と化す。瞬きも間に合わぬ内に目の前に迫る邪悪なる者。目は闇に沈み、表情は無い。が、破壊の喜悦に染まるその心が冷気が如く伝わってくる。


 俺の熱の籠もった拳がその無表情にめり込む。骨が悲鳴を上げるのを耐え抜いて振り抜かれた拳は対象に数え切れないほどの大木をへし折らせ、さらに地平線の彼方に吹き飛ばす。


 息を軽く2回吐き出したところで地平線で膨らむ気配。俺が構え終えると同時に伝わる衝撃。俺が大木に背を打ち付けるほどの衝撃波。喉を逆流する生温かい液体。緑の血を吐き捨て俺は下腹に力を込める。湧き上がる力。すぐに来る次の衝撃のために幾重にも重ねる光の壁。それを残り2枚まで突き破り衝撃波は消え去る。


 邪悪な魔力の塊が近づいてくる。くそ、魔力までがリッチ級とは。コヤツには穴がないようだ。何なのだこの存在は。なぜこのような存在が地上に生まれたのだ。それほど今の世には歪があるということなのか。まさか、俺が冒険者を生かしすぎたのか。それが世界の理に反することだったのか。いや、それを考えるのは後だ。今は俺の全力をもってコイツを消し去るのみ。いくぞ。


 俺の気配が膨れ上がる。ゴブリンは魔法を使えない。それは天性の資質。それは俺も例外ではない。だが、俺は魔法に代わるものを持つ。冒険者が使う『闘氣』というものだ。これは魔力と同質。魔力に対抗する生命エネルギー。闘氣を極めた者を人は闘将と呼ぶ。俺は今、その闘将を超える闘鬼になろうぞ。


 うおおおおおお。


 俺の体が揺らぐ。体から発する氣が空気を震わせる。さあ、来い。俺はゴブリン。全ての新たなるものの前に立ちはだかる者。俺がお前の前に立ちはだかってやる。そしてお前を消し去る。


 次々と襲ってくる衝撃波。俺はそれらを地平線の彼方に弾き飛ばす。数秒遅れて響く轟音が続く。ふむ、これ以上は大地がもたない。こちらから行かせてもらうぞ。


 俺は大地を蹴る。大地を深く抉り取り、俺の足は邪悪なる者へ向かう。見えた。無表情のままに嬉々とした喜びが伝わってくる。胸くそ悪い喜びだ。俺の接近に数え切れないほどの魔法障壁が展開される。そしてそれを貫通して向かってくる氷の刃。下からは土の剣山が俺を襲う。上空には炎が渦巻く竜巻。3段同時攻撃。あちらも俺を消し去る気満々だ。俺は闘氣を高め右の拳に集約していく。白銀に輝く右拳を汚れた魔力で騒がしい前面に向かって突き抜く。


 拳から放たれた白光は盛り上がる土の剣山を砕き、氷の刃を蒸気と化し、炎の濁流を絡め取りながら対象に抜かう。無数の障壁が砕け散る音。空間が捻じ曲がり音が途中できえる。最後の障壁が砕け散るとそのまま邪悪なる者を次元の狭間に捻り込む。光は邪悪な気配と共にその存在そのものを消し去った。



 俺はゴブリン。

 新たなる者に最初に立ちはだかる者。

 高慢をへし折る者。

 次へと導く者。

 世界の理を求める者。


 それがゴブリンの矜持。



 世界に静けさが戻る。少しずつ戻ってくる大自然の気配。息を潜めていたものたちが続々と姿を現す。


 俺は一息つくと、先の新人パーティーを探す。お、いたな。どうやら木の陰に隠れていたようだ。よし、では先の続きをやるとしよう。それぞれの役割、わかってるな?








 


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ゴブリンの矜持 みかん畑 @mikanbatake

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