【外伝】Antinomy―五芒星の彼方―

赤蜻蛉

――――――零―――――― 


 小さい頃から、ふつうの人には見えないモノが見えた。


 世間一般に、霊とか物の怪とか言われるものだ。

そういう人ならざる者を総じて、術士僕らあやかしと呼んでいる。


 はどこにでもいた。

ちょっとした物陰。庭の茂み。時には人に紛れて。

まるで風景の一部のように、日常の中に溶け込んでいた。

は時に、人に害を為すことがある。

そういうを祓い、人々を悩ませる怪異を解決する―――それが、僕の仕事だ。



 僕の祖先は誰もが知る、有名な陰陽師だ。


 安倍晴明あべのせいめい

名前くらいは聞いたことあるだろう。呪術全盛の平安時代に、国からもその実力を認められて、”最強”の名を欲しいままにした希代の陰陽師。

 母親が狐の妖怪だとか、呪力で人を殺せたとか―――

真偽はともかく、伝説的な逸話いつわが多いのは、それだけ傑出した人物だったってことだろう。

 光栄なことに、僕はその安倍清明の直系らしい。



 晴明のように、一族の中でも頭一つ抜けた、崇高な人物に。


 そんな願いを込めて、僕に「清崇せいしゅう」と名付けた父親は、僕が9歳の時に死んだ。32歳という若さだった。


 ―――だ。

安倍家の当主はここ何代か、不自然に短命だった。5代遡さかのぼっても、35の年を越えて生きた者がいない。

歴代の当主が受けた遅効性の呪いなのか、長年 あやかしと関わってきた蓄積なのか―――原因は、ずっと分からないままだ。


『私の代で呪いを解いてやりたかったが……すまんな』


いつも必要最低限のことしか言わない寡黙かもくな父が、亡くなる数日前、心底申し訳なさそうにそう言った。


 父の葬儀には、分家の土御門つちみかど家にはじまり、賀茂かも家、勧修寺かじゅじ家など、名だたる術士の家系が参列した。

形ばかりの挨拶と、思ってもいない同情の言葉を聞き飽きてきた頃。

 顔にアザのある、僕より少し年下くらいの子どもが目に入った。

仏頂面ぶっちょうづらのその子は、蘆屋あしや家の1人息子らしかった。

訳も分からず連れてこられて、いい迷惑だって顔をしていた。

――ええなぁ、同じ陰陽師の家系でも、宗家そうけじゃないとこは。背負しょってるもんがなさそうで。


 そんなことを思ったっけ。



 そうして僕は、安倍家の当主になった。呪われた、この地位に就いた。


 死ぬこと自体は怖くない。明日死ぬかもしれないのは、みんな一緒だ。

ただ、自分じゃないに命運を握られてることに腹が立つ。

安倍家の当主になったら長く生きられない?

なんだよそれ。じゃあ当主になる以外に道がない僕は?

 理不尽もいいとこだ。


 幸か不幸か僕には、あの清明に匹敵する―――いや、下手したらそれ以上のがあるらしい。

 清明が使役していた式神、十二天将じゅうにてんしょう。18の歳で八体まで調伏できたのは、歴代でも僕1人だ。呪力の量、質、センス、ポテンシャル―――周りに劣るものは何一つ無かった。


 だから僕は、恵まれたこのを最大限に使って抗うことに決めた。

この身にかかったを解くためなら、何だってする。


 ――そう、何だってね。



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