11-A 海原秀雄にわからないことはない

 クイズ王決定戦当日。

 夢見丘商店街に海原秀雄とその友人山岡の姿があった。


 アーケード街の一角に特設ブースが作られ、そこにマイクを持った司会者と参加者が並んでいる。参加者は百人強。優勝商品の「ファイナリーファンタジア13」のゲームソフトがそこまで魅力的なのか、それともただ単に参加賞の商品券欲しさだろうか。


「こんなに人数がいて優勝できるかな……」

 あまりの参加者の多さに山岡が少し自信なさげにそう言うと、周囲をキョロキョロと眺める。こういうときはなぜか他の参加者の方が自分よりも頭がいいのだろうと思ってしまうものだ。


 しかし、秀雄は違った。

「大丈夫、僕の天才的頭脳にかかれば優勝は間違いなしだよ」

 周囲に流されず、自分の力を信じていればいい。秀雄は塾で行われる数々の模試(と蝶介との筋トレ)でそれを学んだのだった。相手やその場の雰囲気に飲まれてしまうのは、自分の力を信じ切れていないから。自信をつけるほどの練習を積んでいないから。そう言い放つ秀雄を見て、山岡は落ち着きを取り戻した。



「さあ時間となりましたので、これから夢見丘商店街クイズ王決定戦を始めます!」



 がマイクを片手に大きな声で話を始めた。特設ブースの外には多くの観客もいて、クイズ大会を盛り上げるのに一役買っている。


「最初は予選ということで、◯×クイズで参加者を三名にまで絞り込みます! ルールは分かりますよね。時間内に◯か×、どちらかの場所へご移動ください!」


 ブースに大きく◯と×が書かれた札が掲げられ、その二つの場所を仕切るように係の人がロープを持ってしゃがんでいる。今現在、秀雄と山岡は◯の場所にいた。



「それでは第1問! 商店街の店舗数は全部で186である。◯か×か? 繰り返します。商店街の店舗数は全部で186である。◯か×か?」



 ――はぁ? クイズってそういうやつなのか? 山岡の頭の中は混乱した。クイズ王決定戦という題名だから本格的なクイズ対決とばかり思っていたのだ。だから友人で超天才の海原秀雄を誘ったというのに。これは……単なる商店街のことをどれだけ知っているかクイズじゃないか!


「……×だね」

 ぽつりと秀雄が呟くと、彼は今いるところと反対側の×の札がある場所へと移動した。慌てて山岡もそれにならう。


「え、なんでわかるんだい?」と山岡が尋ねる。

「僕は天才だよ? わからないことなんてないのさ……なんてね。クイズ大会のチラシを見てごらんよ」そう言って秀雄は山岡の胸ポケットを指差した。

 

 そこには先日から山岡が持っていたチラシが収まっている。それを山岡が広げて読んでみると、「商店街全186店舗が協賛!」と小さな文字で書いてあった。


「すごい! 海原くんこんなところまでチェック済みだとは……あれ、でもそうしたら正解は◯じゃないのかい?」

 チラシを手にしていてそれに気づいた参加者は次々と◯の方へと移動していく。×にいるのは秀雄と山岡、他数名ぐらいだった。


「さあ、そろそろ時間ですよ! よろしいですか。3、2、1……そこまで!」

 司会者の声に合わせて、◯×の境目にいた係の人がロープを上に持ち上げる。


「もう移動はだめですよ!」と司会者が注意を加える。チラシを目にしながら自信たっぷりの◯グループ。そして、間違いがわかりガックリと肩を落としている山岡となぜか自信たっぷりの秀雄がいる×グループ。


「それでは正解発表です! 正解は……」

 会場に鳴り響くドラムロールの音。そして両手を合わせて拝むように祈っている山岡。司会のお姉さんが口を開く。


「×です!」

 なにぃ! チラシに書いてあるじゃないか! おかしいだろ! とざわめく○グループの参加者たち。すると、司会のお姉さんは堂々とした態度で話し始めた。


「答えについて解説いたします。まず、このチラシは事前に印刷されたものですから、全186店舗が協賛、というのは商店街の店舗数です。これはみなさんわかりますよね」

 そうだそうだ、だから答えは◯だろうが! という声が聞こえてくる。それを秀雄はうんうんとうなづきながら聞いている。


「大事なのはそのあとです。昨日のニュース『こんばんは夢見丘』をご覧になりましたか? この商店街で長年市民から愛されてきた『夢見丘豆腐店』が昨日で閉店したという話題でした。つまり、商店街の店舗数はというわけです」いつの間にか全員がしんと静まり返り、お姉さんの話を聞いている。


「そして今の問題。『』店舗数とちゃんと言っていたではありませんか。つまり、昨日のニュースでこの商店街の現状を、夢見丘豆腐店の件を把握できていたかどうか、それを問うていたわけです! 問題の意図を汲み取れず、ただチラシの数字に踊らされた人たちに文句を言う資格などないと思いますが、いかがでしょうか」


 ◯グループで文句を言っていた人たちは何も言い返せなかった。第一問でそこまで難易度の高い問題が……と山岡は驚いていたが、隣にいる秀雄はその通り! と腕組みをしてそれが当たり前じゃないかという表情をしていた。


 ――司会のお姉さんのちょっと挑発的な物言いはいかがなものかと思うけど、まあ間違ったことは言っていないからね……それにしてもあの人、どこかで会ったことがあるような気がするんだけど……気のせいかな。

 そんなことを思った秀雄だった。


「では、残念でしたが◯の方々はここでおしまいです。最後に参加賞を差し上げますから、観客として残っていてくださいね」

 こんな感じで◯×クイズは続いていったが、山岡と秀夫の二人は危なげなく正解を重ねていった。



 ☆★☆



「さあ、いよいよ決勝戦も大詰め! 現在山岡くん1ポイント。海原くん1ポイント、栗田さん1ポイントでまさかの同点となっています! 最後この問題を正解した方が優勝です! よろしいですか!」


 なんとなんと、最後の最後まで二人は残ってしまった。現在、特設ブースに残っているのは三人。簡易テーブルに三つ、おもちゃの早押しボタンが置かれていて、それぞれのボタンの前に山岡、秀雄、そして栗田という女の子が立っていた。栗田さんは話の都合上、それほど重要なキャラではない(むしろネタキャラ)ので、詳細については記載しない。きっとほぼ全員が同じ姿をイメージするはずだからである。


 残念ながら予選敗退となってしまった者たちも、最終決戦の後に参加賞が配布されるということでほぼ全員が観客として残っている。司会の声に会場は大興奮に包まれていた。


「では、最後は読みの問題です! 夢見丘書店で大人気の漫画の、とあるセリフです。『不運と踊っちまったんだよ』この漢字の読みをお答えください!」


 司会のお姉さんが「不運と踊っちまったんだよ」と書かれたフリップを掲げて三人に見せる。「不運」と「踊」この文字の読みを答えろ、ということらしい。



 ――なんだこの問題は! 最終問題にして商店街と関係のない問題をぶっ込んできたぞ! 

 会場の全員が心の中でそうツッコンだ。



 ピンポン! 栗田が一番に押して答える。「ふうんとおどっちまったんだよ!」

「残念! そんなド直球ではございません! 栗田さんお手つき!」


 ピンポン! 次に山岡が答える。彼が正解すれば実力で優勝を勝ち取ることになるが……果たして。「アンラッキーとおどっちまったんだよ!」

「残念! でも方向性は合っています! 山岡くんお手つき! さあ、残るは海原くんだけですが、どうでしょう。不正解ならもう一問です!」


 ピンポン! 秀雄がメガネをキラリと光らせてゆっくりと口を開いた。

「ハードラックとダンスっちまったんだよ!」



「……」



 会場がしんとなり、司会者の次の言葉を待つ。



「正解! 正解です! 優勝は海原くん!」


 ワアアアアアッ! 一気に会場は破れんばかりの拍手に包まれた。特設ブースの後ろからパンッ! と紙吹雪も舞った。司会のお姉さんが海原に近づく。そして、両肩に手を置いて、観客がいる方に向かって言った。



「優勝おめでとうございます! 優勝した海原くんには……素敵なドリームイーターになる権利をプレゼントです!」 

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